第29話 消えない痛み
ハウエン国から帰国後、何日も私は部屋から出ることができなかった。
食事を取る気にもなれず食堂にも行けないので、心配したユイさんが部屋まで食事を運んでくれる。
でも私は、それもほとんど口をつけることができなかった。
すっかり憔悴してる私を心配して、ユイさんは時間の許す限り私のそばにいてくれた。
無理に励まさず、ただ黙ってそばにずっといてくれる。
それが本当にありがたかった。
落ち込むこと、無理に前向きにならなくていいこと、それを肯定してくれる姿勢が今の私には心の支えだった。
とは言いつつも、ユイさんが勤務してる時間も限られているわけで、夕方になれば帰らなくてはならない。
私を1人部屋に残すことが心配だと言って、ユイさんは何度も予定時間を越えて部屋にいてくれようとしたけど、私はユイさんに帰ってもらっていた。
ユイさんにはユイさんの家庭があり、生活があるからだ。
ユイさんがいない夜は、すごく長かった。
私の部屋には、小さめのテレビが設置されていた。
ちなみにテレビはシオガ語では「受像機」と言うらしい。
日本にいた時はほとんどテレビを見ていなかったけれど、ここにはスマホもインターネットもないので、自然と夜はテレビを見るようになっていた。
シオガ国のテレビ放送は日本とほとんど変わらず、ニュースや音楽番組、恋愛ドラマなどが放送されていた。
日本とは少し流行や番組の作りは違うけど、私は結構楽しんで見ていた。
でも今テレビは、祷雨の特番一色だった。
スタジオに有識者らしい人やコメンテーターらしき人がいて、それぞれが熱く喋っている。
祷雨は前回行われたのが130年前であり、前回の記録は文書かその場の光景を描いた絵のみだったらしい。
誰も目にしたことがない神事が実際行われたこと、そしてその映像があっという間に世界中の人に共有されたのは、多分前代未聞だったんだと思う。
もう絶滅したんじゃないか?と言う人もいるくらい、人の意識から存在が薄れていた龍が現れ、巫女の言葉に従って雨雲を呼び、最後は雷に打たれて消えていく。
その映像が何度も繰り返し流れていた。
プライバシーを配慮してか、私の顔や名前は出ていなかったけれど、「祷雨の巫女は国の危機を救った救世主」と盛んに繰り返され、私はたまらずテレビを消した。
幸い世間の関心や熱狂は直接私には届いてなかったけれど、自分の知らないところで話がどんどん大きくなっていくのがたまらなく怖かった。
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一週間後、ようやく私は食堂までは行けるようになった。
私のやつれた姿を見て高坂さんは驚き、さすがの斎藤さんも少し目を見開いていた。
私が席に着くと高坂さんが「大丈夫か?」と声をかけてくれた。
私が弱々しく頷くと、「少し痩せたみたいだな…」とぽそっと呟き、その後からはっと慌てて言葉を続けた。
「こういうのセクハラになるよな。ごめん」
私は首を横に振った。
こういう高坂さんのそそっかしいところは、今はありがたかった。
その後無言で食事を食べ終わり、最後のお茶を飲んでいたとき、斎藤さんがいつもの口調で切り出した。
「早川さん、かなり心労がたまってるようですね。あくまで負担にならなければ、龍合地へ行ってみられませんか?」
え?と私が顔を上げると、斎藤さんは少し穏やかな顔つきをして言った。
「ずっとここにいると気が滅入りませんか?街に出ることはできませんけど、龍合地へ行って龍に会えば気が紛れません?もちろん早川さんの気持ちが第一ですけど。でも龍たちも早川さんに会いたいんじゃないですかね」
龍合地へ行く…
もうメイリンがいない、あの龍合地へ。
高坂さんも心配そうにこちらを見てくる。
もうずっと部屋に閉じ籠っていてもテレビを見る気にもなれないし、私は気分を変えたくなった。
「分かりました。龍に会いに行きます」
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翌日、久しぶりに車に乗り込み龍合地へ向かった。
ハウエン国へ行く前からだから、もう2週間近く龍合地へ行ってなかったことになる。
私たちが龍合地へ着くと、4頭の龍が今までと同じようにのんびりと日向ぼっこしていた。
メイリンがいなくなった4頭で…
龍たちに近付き首や頭を撫でてやると、龍たちは嬉しそうにリラックスして見せた。
残った龍のライタンも甘えたい性格だけど、少しシャイなところがあり、あまりベタベタは来ない。
サンライは人と触れあうより寝ていたいマイペースタイプ。
龍たちの今までの変わらない様子に、ホッとしつつも涙が止まらなかった。
この子達からメイリンを奪ったのは私だという気持ちが消えなかったから。
そんな私の顔をライタンが舐めてくれた。
龍たちはいつも優しい。
それに癒されていく自分がいた。
火曜金曜19時更新予定
メイリンを失った痛みを癒してくれる龍たち。
ユイさんの寄り添いも大きいですね。




