第24話 選んだ先に待つもの
「我が国はもう限界なんです」
突然現れたハウエン国のサーカップ国王は土下座し、悲痛な声を上げた。
慌てて私も膝をつき、サーカップ国王の目線まで頭を下げる。
「頭をお上げください。お話をお聞かせ願えませんか?」
32年生きてきて、こんなにも年上で、それも一国の王に頭を下げられるなんて、想像もしなかった。
どう振る舞えばいいのか分からなかったけど、精一杯向き合わなければならないと思った。
顔を上げこちらを見たサーカップ国王は、肌は渇ききり目の下にクマもできて、かなり憔悴してるように見えた。
それがハウエン国の現状を表してるようだった。
「巫女様、本当に突然申し訳ありません。我が国は元々肥沃で温暖な国でした。でも10年以上前から干ばつが深刻化し、もう3年以上1滴も雨が降っていません。田畑ももう荒れ果ててしまっているし、子供も高齢者も生きているのがギリギリです。このままでは我が国は…」
サーカップ国王は言葉につまり、また深々と頭を下げる。
そのサーカップ国王の、わずかに震えてる後頭部を見つめていた。
私は…
私は、どうしたらいいのか。
「…分かりました」
静かに呟いたつもりだったけど、その声は思いのほか部屋中に響いた。
「………祷雨を行います」
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私の言葉にバッと顔を上げたサーカップ国王は、疲れきった顔からようやく目に光が宿ったみたいだった。
少し泣いているようにも見える。
「ありがとうございます!」
「…でも、大丈夫なんでしょうか。祷雨は洪水を起こす危険性もあるそうですが」
「今は、その起こるか分からない災害より1滴の水が必要なんです。雨さえ降れば、国民は生きていけます」
ありがとうございます、とまた深々とサーカップ国王は頭を下げた。
どこか冷静になった私は、このサーカップ国王は国民に愛されてる国王なんだろうなと思った。
国民のためとはいえ、ただの民間人に頭を下げられる国のトップなんて、どれだけいるだろう。
それを見ていたウラジオ国王がサーカップ国王の肩を抱き、立ち上がらせた。
「ご存じのとおり、祷雨の成功率は高くありません。でもシオガは全力で貴国を助けます。一緒に頑張りましょう」
サーカップ国王は小さく「はい…」と呟いた。
そのまま二人の国王と、お着きの人たちは静かに退室していった。
残された私たちに、リョウガさんが静かに言った。
「アユミさん、本当に祷雨を行いますか?」
私はグッと歯を食いしばったあと、はい、と答えた。
「私はハウエン国を助けます」
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私の言葉を受け、祷雨までの具体的なスケジュールが組まれていった。
まずは、メイリンに祷雨の龍として巫女である私と契約を交わすこと。
ハウエン国は飛行機で8時間はかかる距離にあるそうだが、メイリンには自力でハウエンまで飛んでいってもらう。
龍はそんなに早く長く飛べないらしいので、祷雨実行日の5日前にはメイリンにハウエンへ移動を開始してもらうことになった。
会議の最後に、リョウガさんが穏やかに付け加えた。
「祷雨による局地的な洪水の危険性は、現地の治水技術でほぼ問題ないと、我が国の気象学者の大家、カレイ博士も仰ってます。アユミさんは祷雨を成功させることだけ考えてくだされば、問題ないです」
大体のこれからの動きが決まり、会議が解散になって会議室を出ると、通路でセイランさんと目があった。
セイランさんはいつになく険しい顔をして、私を睨んでくる。
まるで「あなたは本当にそれでいいの?」と問いかけてくるような目だった。
その視線に、私は居たたまれなくなって顔を背けた。
私だってメイリンを死なせたくない。
でも斎藤さんの言うとおり、人間の生活は他の生き物の命を犠牲にして成り立っている。
何が正解かは分からない。
でも私は、あんなに苦しんでいるハウエンの人たちを、そしてサーカップ国王を切り捨てることなんてできなかった。
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宿泊舎へ足取りも重く帰っていく。
すると無言で隣を歩いていた高坂さんが、静かに口を開いた。
「俺は、早川さんの判断を支持する」
ゆっくり顔を上げて高坂さんを見ると、高坂さんはいつもの人懐こい笑顔を見せた。
いや、いつもよりは少し元気がなさそうにも見えたけど。
「ハウエンの人たちの命、メイリンの命、どっちが尊いかなんて誰にも分からない。でも早川さんは覚悟をもって決めたんだろ?どっちが正しいかなんて誰にも分かんないよ。でも、自分で決めて引き受けたなら、それはすごく強いことだと思う」
高坂さんの言葉は温かかった。
でも私の心は、重く沈んだままだった。
火曜金曜19時更新予定
祷雨を行うことを決意したアユミ
大きな代償、起こるかもしれないリスク、いろんなことが絡み合います。
祷雨計画、ついに本格始動します。




