第1話 ハローワークで異世界求人!?
祷雨の儀式が始まる。
巨大な龍が空を裂き、黒い雨雲が沸き立つ。
空気は震え、地はうねる。
――そんな光景を前に、私はふと思う。
……数ヵ月前、ハローワークでこの求人を見たときは、ここまで来るとは思ってなかった……
『異世界で働きませんか?』
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異世界で働きませんか?
契約期間は半年
報酬は500万円
仕事内容は主に龍の世話と儀式の補佐
ハローワークで仕事を探していたところ、目に入ってきたのはこんな文言だった。
異世界?龍の世話?何これ…
明らかに怪しい冗談かと思ったけど、ここはハローワーク。
モニターに映るのはフォーマットに従った求人票。
雇用主は日本でも名だたる大企業が明記されている。
何が書かれてるのか一瞬飲み込めず、呆気に取られながら私はモニターを見つめた。
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「お姉ちゃん。私、結婚決まったよ」
ある日、妹のヒロミから届いたLINE。
ある程度予測していたとはいえ、一瞬頭がフリーズした。
ヒロミには、付き合って3年になる彼氏がいた。
なかなかプロポーズしてくれないとぼやいていたけれど、この間の誕生日におしゃれなレストランで「結婚してください」と言われたのだと言う。
「よかったね。20代のうちに結婚したいって言ってたもんね」
そう返すと、ヒロミは嬉しそうに返事を返してきた。
「かなりプレッシャーかけたからね。29歳の誕生日で何も言ってこなかったら別れるって匂わせたから、焦ったみたいよ」
ヒロミは実の妹ながらしっかり者で、自分の意見をはっきり持っている。
3つ下だけど、いつも現実的で私とは大違いだ。
「お姉ちゃん、再来月でダメな日ある?今度、家族で顔合わせの食事会を開きたいと思ってるから、是非出席してほしいんだけど」
「今のところ週末なら大丈夫だよ。日取り決まったら教えてね。改めておめでとう!」
最後にスタンプを添えて、会話は終わった。
スマホを置いたあと、私は一気に脱力感とむなしさに襲われた。
ヒロミが結婚かあ…
ついに妹にまで結婚を抜かされた。
最近は友達の結婚出産報告が重なっている。
そうやって周りは、どんどん女性の幸せをつかんでいっていた。
なのに私は、置いてきぼりを食らってる感がどうしてもぬぐえない。
もちろん結婚が幸せの全てではないし、おひとり様を楽しんでいる人もいる。
でも…の考えが頭のなかで堂々巡りだ。
実家の両親は特になんとも言わないけど、ヒロミが結婚が決まったことで私にたいして何を思ってるんだろう。
余計に気を遣わせるのではないか、と思うと気が重くなる。
このままずっと1人なのかな…
その不安がどうしても抜けなかった。
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「え、人員整理?」
お昼休みに洗面所で化粧直しをしてると、隣の部署の女性たちがヒソヒソ話しているのが聞こえてきた。
思わず耳をそばだてる。
「ほら、この間の新規事業、採算が取れなくて撤退になったでしょう?あれで大幅に赤字が出て、財務的にかなり厳しくなったみたい。多分部署の整理とか、早期退職を募る可能性もあるって」
「やばいじゃん…そういうのって、事務とか総務が真っ先に対象になるんじゃないの?確かにここのところ、見通しが暗い話は聞いてたけどさ」
あまりじっくり聞いていても不審に思われるので、私は化粧直しもそこそこに切り上げてその場を離れた。
確かに経営不振の話は、私の耳にも入っていた。
この間のボーナスは大幅に減額されたし、会社全体もどんよりとした雰囲気が漂っている。
今、私がいる営業二部は大きな部署ではないのに、先月は2人も自己都合で辞めた。
結婚できる宛もないなか仕事は頑張りたいと思ってたけれど、この会社にしがみついたとしても未来は暗いかもしれない。
会社が早期退職者を募り始めたのを機に、私は仕事を辞めることにした。
そしてハローワークで仕事を探し始めた私が目にした求人票が、冒頭のものだったというわけだ。
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正直、就活はかなり苦戦していた。
世の中人手不足だとは言うけれど、私が希望する事務や総務は倍率が高く、書類選考でことごとく落とされる。
ハローワークの窓口の人に確認してもらうと、募集枠一人に何人も希望者が殺到してるのが現状のようだった。
正社員で条件がいいところとなると、さらに状況は厳しくなる。
やっぱり企業は若い人の方がほしいのかもしれない、思いきって異業種に飛び込むか…
そう考え、検索項目から事務をはずした結果、異世界の文字が飛び込んできたのだ。
一瞬固まったあと我に返り、思わず周りをキョロキョロ見渡す。
ここは何度も来ているハローワーク。
窓口に座ってる人も、係の人もいつもの人だ。
私は今確かに、現実にいるはず。
でもこの求人気になる…
思わず、私はこの求人票を印刷していた。
相談窓口にドキドキしながら求人票を渡すと、係員の人は顔色を変えず淡々と事務処理を始めた。
「紹介状を発行しますね。それを添付して、こちらの送付先に履歴書と職務経歴書を郵送してください。事前連絡は不要とのことなので」
今まで、何度もやり取りされた手続き。
あまりにも普通で、私はいつも通りの就活と変わらない気がしてきた。
でも今、私が応募しようとしている就職先は、異世界なのだ。
現実味は全然ないけど、これが私の何かの大きな一歩になるかもしれない。
何となくそう感じた。
8話まで毎日投稿します。
応募した企業から連絡があり、面談を受けることになった主人公は?
続きは明日19時投稿です。




