5枚 仕事は?
〈登場人物〉
石田 玲汰 高3
石田 優太 24歳
夜の6時50分。
石田家のキッチンには栄養管理士とその弟が立っている。
「じゃあ、まずは水を沸かします。水張頼める?玲汰」
「はいよ」
俺がコンロ下の棚から鍋を取り出し、水道の水を入れる。
その間、兄優太は冷蔵庫を漁っている。
そして、俺がコンロに鍋を置き火をつけると、隣の調理台に具材を並べる優兄。
俺が見える限りの具材を紹介すると……
・うどん
・豚バラ(薄切り)
・ネギ
が形のある具材。液体のものは
・油
・酒
・みりん
・めんつゆ
といった所だろうか。
なんとなくだが、優兄の作る予定のものが分かった気がする。
優兄は昔からの癖で、作る前に使うものは全て目に見えるようにしている。
具材は全て調理台に乗せて慣れない場所での料理は使う調理器具でさえ並べている。
「――よしッ!じゃあ、作り始めるぞ」
「はーい」
(ここからは料理のレシピだと思って読んで頂ければと思います)
「まず、豚バラを4センチぐらいに切る。
そしたら、フライパンに油を少し多めにひく。
そこに、豚バラを投入!赤いところがなくなったら、キッチンペーパーで余分な油をふき取る」
そう言って、菜箸にキッチンペーパーを挟んで油をふき取る優兄。
「そしたら、酒、みりん、油、水をフライパンに入れてふたをする。
少し肉にこの味を染み込ませる。その間にネギを斜め切りにする。
この時、切り方によって味とか触感が変わるから、ここは玲汰に任せるよ」
そう言って、俺に包丁とまな板を置いてある場所を空けた。
「ここで、玲汰に問題です。ジャジャン!
厚いネギだと噛み応えがあります。じゃあ、薄いネギはどんな感じでしょうか?」
「ほんとにさぁ~語彙力どうにかしなよ。昔からだけど……」
「あはは~まま、今はそこは置いておきまして」
俺は少し考える、というか考えるまでもないが、すぐに答えてしまうと優兄は……
〈なんで、そんなに簡単そうにこたいちゃうの~〉
とへそを曲げてしまうからだ。そして、少し考えたふりをすると、
「シャキシャキと噛みやすく味が染み込みやすくなる……とか?」
「おぉ~!大正解だよ!」
そう言って見つめてくる優兄。
正解にしても、不正解にしても、早く答えても。優兄は正直面倒くさい。
――まぁもう慣れっこだけど。
俺が、ネギを薄めに切り、フライパンの蓋を開けてネギを入れる。
「あとは、弱火で6分ぐらい煮たら、つゆの完成!」
「じゃあ、うどんも皿に盛りつけはじめるか~」
俺が水道の下にざるを置き、水を出した状態で鍋の中のうどんを出す。
その様子をじーーっと見つめてくる優兄。
俺がうどんを全て移した後、優兄に問いかける。
「何見てんの?」
「え?あぁ。何でもない」
「――」
俺が最近習得した『笑顔の圧力』を掛けると優兄はゆっくりと口を開いた。
「いや……お前も片目での生活に慣れてきたんだなって思って」
暗いトーンで言ってくる優兄。
俺は答え方に迷いながらも言葉を掛ける。
「――そりゃあ、9年近くたてば慣れるよ」
「――」
「別に今さら不自由なんて感じないよ。だから、優兄も気にしないで……」
俺の左目は小3の頃、車に衝突されてできた後遺症だ。
まぁ、正確にいえば車に衝突……はされてない。
俺は飛んできたガラス片で目を傷つけたのがきっかけだ。
車に当たったのは、仏壇にいる母親だ。
――なに過去の事思い返してんだ。思い出すのはお盆の時だけって決めただろ。
そう自分に言い聞かせた後、俺はタイマーが鳴っていることに気づいた。
コンロに目を向けると優兄がもう火を止めていた。
「悪かったな、変な話吹っ掛けた。ほら、うまそうな出来になったぞ!」
そう言って蓋を開けて中身を確認する優兄。
俺は後ろの棚から深皿を取り出しその中にお玉で汁を入れる。
優兄はそれをリビングの机へと運ぶ。
「ほら。明るい話題にでもしようぜ」
「じゃあ、電球の話題にでもする?」
俺が冗談交じりに言うと、優兄は笑っていた。
「で、最近はどう?仕事の方は」
「んー」
俺が箸を優兄に渡してから聞くと、優兄は腕を組んで何かを考えている。
「――俺の担当してる高校あるじゃん」
「あぁ、えっと……第2武壮野高校だっけ?
ウチの高校の姉妹校だったよね。そこが何?」
俺がうどんをすすっていると、優兄は重たい口を開いた。
「そこの高校がしばらく弁当持参になるんだって。だから、今仕事ないのよ~」
「は?」
落ち着いたトーンでありながら、ぶっ飛んだ言葉が聞こえてきた。
驚いた俺は、すすっていたうどんをかみちぎって、驚きを声にして表す。
「いやぁーだから、しばらく実家であるここに居ようかなって思っててさぁ~。いい?」
「あ。あ、うん。別に優兄がいるのはイイんだけど……その間仕事どうすんの?」
――なーんか嫌な予感するんだよなぁー
その予想は見事的中。
優兄は笑顔で、
「来週から、お前の高校。武壮野高校で、学食作らせてもらうわー」
「あぁ……やっぱり……」
ウチの高校は学食と言いながら、アレルギー持ちの人以外はほぼ全員が学食を食べている。
少し思考を巡らせて、考えた俺は思わず言葉を口にする。
「うわぁ~」
「うわぁーって何だよ!別にいいじゃん」
俺は別に優兄の事が嫌いではない。
逆によく面倒を見てもらっていてありがたいほどだ。
だが、同じ高校で先生と生徒として学校生活を送るのとでは、話が違う。
そうやって自分の中で主張しながら……
「別に嫌とは言ってないよ!ただ……うわぁ~」
「はぁ。まあいいや。じゃ、俺もう風呂入っちゃったから、おやすみね~」
そう言って、俺の食器もちゃっかり洗い終えてしまうと、自分の部屋へと消えていった。
優兄。
絶対素敵な旦那さんになるやつだろ。あれ。
まぁ、いいか。
一応、優兄が帰ってきたことだけ父さんに伝えておくとしよう。
そう思い、付箋に、
『優兄が帰ってきた。しばらくいるみたい』
そう書き残すと、リビングの机の上にある夕飯の皿の上に置いた。
玲汰の嫌そうな感じ…新鮮☆
石田家の過去とは…
今回も読んで頂きありがとうございます(*- -)(*_ _)ペコリ