プロローグ
私は森宮柚葉、24歳。
受験戦争に打ち勝ち、国内有数のトップ大学に入学し、修士課程では生命科学の研究に励み、現在、この人生最大の山場を迎えている。
「よろしくお願いしますっ!」
威厳ある5人のスーツ男たちを前に、わたしの声は震えていた。ここは大手食品会社の最終面接の場。東京のど真ん中にある巨大ビルの最上階。緊張しない訳がない。
「お座りください」
中央の面接官が物を見定めるような、ねっとりとした目線でそう言った。
ぐっしょりと冷たい背汗が熱を奪ってゆく。
「失礼しますっ」
私はずっとこの会社に就職したかった。憧れている叔父が定年までこの会社の専務をしていたからだ。そのためならば、高校時代の1日12時間の勉強だって耐えられたし、エピソードを作りにフィリピンまで行ってボランティアをした。そして今、その叔父に一歩近づこうとしている。さあ、あと一歩、柚葉よ踏み出せ!
「単刀直入に申し上げます。あなたはもうここまで来られたので能力的にはあまり心配しておりません。ただ一つだけ、質問させていただきます。この質問にはいと答えて頂ければ、あなたに内定を出しますが、いいえと答えるならば弊社との縁はなかったということになります。よろしいですか?」
「え、あっ、はい」
予想外の展開だ。でもその質問に「はい」と答えるだけで私は夢を掴める。心拍数がまた一段と上がった。異様な高揚感に身が流されぬように、心の杭を強く握りしめる。まだ安堵してはいけない。緊張感を持つこと。落ち着いて「はい」と答えるんだ。
「あなた、体を売れますか?」
「ふへぇ!?」
変な声が出た。頭が混乱している。え、なんで?ふらふらと揺らめく視界の中で、目の前にいる5人の面接官の顔を見る。幻覚か、現実か。目が眩むような威厳の光はもう消えていて、そこには虫唾が走るような目線や黒く汚れた空気感が部屋に満ちていた。さっきとは違う汗が首筋を伝う。微かにしか出ない息が漏れていく。ダメだ、流されるな。弱った腕で杭を握る。
「それは...取引先の企業の方々などに、という意味ですか?」
「いいえ、我々にです」
杭から手が離れた。激流が私の身を襲い、その波にこの体は流されてゆく。いくつかの脳神経が切れゆく音がした。心拍数はもうこれ以上上がらない。長年大切にしてきた唯一の光の糸がこの蠢く、黒い空気感に染められ、そして切られた。奈落に落ちゆく私の口から、悲鳴に近い叫びが出た。
「ふざけんなぁぁぁぁぁ!」
勢いよく立ち上がり、右手に拳を作る。中央のじじいに向かって、地面を蹴り出す。何もかもがスローモーションに見えた。もう視界は揺れていない。右腕を大きく振りかぶる。ああ、地獄に落ちてゆく。腕は止まらない。
そして拳の関節に鈍い感触がした瞬間、私の意識は途絶えた。
はじめまして!初投稿です。
ぜひ楽しんでいただけたら幸いです。
よろしくお願いします。