女王姉妹の最期
一夏が熱心に語る島の伝説と女王姉妹の悲しい物語に注目です。
「そしてなぜそんな目に見えたり見えなかったりする不思議な島が存在するのか、その歴史を話します。と言っても立証されていない神話のような伝説話になってしまうのですが...。
遥か昔、ウィノーナという名の女性がある小さな島の女王として妹のアデルファと6人の側近と共に国を統括していました。島民を尊重し、平和と平等を守る国づくりに励んでいました。当時その島民の9割は女性で、側近6人も皆女性でした。そんなある日、一隻の海賊船が島へ上陸しました。女王率いる島の男性陣は防衛のために戦う姿勢をとり、女性陣も結束して互いの安全を守ろうとしました。
船長のヴォーガは島の男達にこう言いました。“我々にこの島を鎮圧する目的はない。もっと大きな国家として繁栄させるべく協力しに来たのだ。我らと共に一夫多妻制の国家を作って子孫を増やし、勢力を広げよう。この島は女が頭だから小さいままなのだ。国家というのは女王ではなく、王が統治するべきものだ。権力は誇りだ。誇りを持て“。そう言うと、船で乗せて来た女達を自分達の支配下に置き従わせる姿を日々見せつけました。
冷戦が続く中、”この状況をなんとかしなければ“と、ベルログという名の男が1人、複数の女性達が集まる所へ向かいこう言いました。“海賊を油断させ抑圧する作戦を立てたから協力してくれないか。この島にいる男の数と武力では海賊には勝てない。女性陣も力を貸してくれ”。女達はすんなりとベルログについて行きました。彼の柔らかく甘い物言い、そして凛々しい顔立ちは女衆の間で評判だったため、疑う者はいなかったのです。そして海賊軍の元へ女を差し出し、身の回りの世話をさせ始めました。ベルログはヴォーガから称賛を受け、酒や褒美をたくさん受け取りました。ベルログを信頼する女達は島を守る為、その作戦が決行されるまで必死に海賊やベルログを敬う演技を続けました。その光景を見た他の男達は、ベルログと全く同じ手口で女衆を誘い、また海賊に差し出しました。海賊はその男衆にもたっぷりと褒美を与えました。女達は同様の手口で次々と海賊の元へ集められてされていきました。
しかし不信感を持ち出した1人の女が”いつまで遊女のような演技をすればいいのか、作戦はいつになったら決行されるのか“と、ベルログを強く問い詰めました。すると突然ベルログは島の誰もが見たことのない剣幕で怒り出し、抗議した女を狂ったかのように殴り続けました。女は変わり果てた姿で動かなくなり、それを目の当たりにした他の女衆は恐怖に震えて沈黙のまま海賊と男衆に従うようになりました。
そんな風潮が広まり、挙句の果てには自ら海賊側に媚び、慰め役を申し出る女衆も出てきました。やがて自らの身体を預けることで男性の権力に便乗した女性達は、その力を自分達独自の権力であるかのように錯覚し、抵抗を続ける女性達を罵り始めました。
島の悲惨な状況を見兼ねた女王は和解を試みました。財産や各自の領域を決めて平等に島を共有しようと何度も懇願していました。しかし権力と快楽に狂った男衆は誰も女王の言葉に耳を貸しません。
男性陣の中で最後に残ったソクラテスは抵抗こそしないものの他の女を襲うことはしませんでした。彼は島でも評判の愛妻家でした。しかし毎夜酒に酔った海賊や男衆は、妻の目の前である慰め役の女を持ち帰るように囃し立て、遂にソクラテスはその女を連れて何処かへ消えてしまいました。ソクラテスの妻は夫の裏切りに絶望し、女王に泣きつき最期には自らの命を断ちました。他にも数多くの女達が望みを失い死んでいきました。
アデルファと6人の側近は懸命に島を守ろうと諦めませんでした。残った女衆を励ましたり、海賊軍に寝返った女性陣を説得して引き戻そうとする甲斐もなく、状況は悪化する一方でした。
平和だった島をめちゃくちゃにされ、アデルファは毎晩人知れず涙を流しました。その悲しみは怒りと化し、ある日海賊船まで乗り込み男達にこう言い放ちました。“暴力で権力を振り翳す恥知らずの野蛮人。所詮は女無しに己の見栄と欲を満たせない、劣等な化け物め。天罰に当たれ”。それを聞いて逆上した男達はアデルファを捕え、残酷に拷問してやると脅しながら“我々への侮辱発言を撤回し謝罪すれば慰め役の中の女王にしてやる”と突きつけ、笑い罵りました。アデルファは“貴様らに媚びるくらいならこの命と引き換えてでもこの島ごと海の底に葬ってやる“と叫び返しました。海賊はアデルファに死刑を宣告し、女王を呼び出しました。女王は必死に頭を下げ、妹の命乞いをしましたがもう手遅れでした。
アデルファは“心配しないでウィノーナ、きっとまた会えるからね、愛してる”という言葉を最期に残し、ヴォーガの手によって姉の目の前で処刑されました。
それから時間が経ち、女王も側近達6人も自分達の意のままにならないと悟った男達は7人を捕え、縛りつけました。そして先ず側近を1人ずつ見せしめのように処刑し、遂に女王だけが残りました。
ベルログは女王に向かって”最期に残す言葉はあるか“と尋ねました。愛する妹も島民も財産も全て奪われ守るものを失った女王は、男達に向かって静かにこう言いました。”この島はもう沈む。これは全てお前達が選んだことだ、自ら破滅の道を辿る愚か者”。
すると突然、空が灰色に変わり、雷が空を走り、雨風が激しく吹き始めました。島を囲む海は荒れ、激しい波が島を飲み込もうと襲いかかってきました。男達は縄で縛っていた女王を置いて逃げ惑いましたが、もう手遅れです。島は徐々に崩れ、男達は海に放り込まれたり倒れてくる大木に潰されて次々と無惨に死んでいきました。逃げ延びていた住民も徐々に崩れる島と共に沈み、溺れ死にました。
そんな中、妻を見捨てたソクラテスは逃げもせずその場に座り込み、崩れる島の土と共に消えていきました。
縛られたまま最後に1人残った女王は、”私はこの魂が来世まで続くことを諦める。その引き換えとして最期まで懸命に生きた女性達の魂をこの海の上に甦らせて欲しい”そう願いながら1人海の底へ沈んでいきました。この時女王は最愛の妹アデルファの姿が天に浮かんで見えていたという説もあります。
年月が経ち、いつからか同じ場所に大きな島が浮かんでいました。この島こそ亡き女王の強い願いで甦ったとされる現在のウィニフレッド島で、男女比率も当時と同じでした。しかしその島は広大な面積だったので、代表者が1人で統治するのは困難でした。そこで国を6つに分割し、女王が1人ずつ就任しました。その6ヵ国の女王達は互いに協力して島を繁栄させました。その女王達こそウィノーナの側近6人の生まれ変わりだと伝えられ、そのまま今日私達が住むウィニフレッド国内6州の中心都市の名前にされています。
女王の強い願いは島や側近を甦らせただけではありませんでした。ウィニフレッド島は同じ海を共有しながらも、他の大陸の人間が決して見つけられない島として復活していたのです。海賊船も貿易船も漁船も、この島は発見できません。また、島で犯罪を犯した者がいた場合は追放され、島の記憶を失い海を彷徨いました。こうして襲撃者のいない平和な国家としてウィニフレッド島は発展を遂げて現在に至るのです。
…..長くなりましたが、これがウィニフレッド島が招待状無しに入国できず、よそ者は記憶を消される理由です。....?冬香さん泣いてるんですか?」
歴史や神話を学ぶのが好きな私は一夏の語りに聞き入り、感情移入して涙した。悲劇的な伝説だけどそんな女王が実在したなら私も忠誠を誓うだろう。
「だって、女王姉妹がそんな風に別れて悲しい...6人の家来は生まれ変わったのに姉妹はもう会えなくなって。」
一夏はきょとんとした顔で私のことを見つめていた。
「ちなみに最初に女を殴り殺したベルログって、始めから裏切るつもりで女性達を海賊の所へ連れて行ったのかな?それとも作戦のつもりで演技しているうちに心が変わってしまったの?」
「それは伝説の中でもはっきりしていないんです。本来は優しかった男でも権力に目が眩むと悪魔のようになる、という説と、元々偽善者の仮面を被っていた悪党だったという説に分かれています。」
「絶対後者だと思う!人間の本性が出るのって追い詰められた時と権力を手に入れた時だもん!自分より弱い女性に対してどう振る舞うかがその島の男達の本性だよ!」
私は熱くなった。
「ウィニフレッドの国民もその意見は分かれてしまうところです。私と幸香さんが住む州ではほとんどの人が冬香さんと同じ主張をしていますが。」
未知の国だけど、その州の住民とは仲良くなれそう。
「しかもその島が女王の力で崩れて沈むとき、ベルログとヴォーガ船長がどうなったかは不明だそうです。早々に波にのまれて死んだとか、実はどこかで生き延びたとか...。海賊達も実は人間ではなく島の住民を自滅させるために現れた悪魔だという仮説もありますから。」
ウィニフレッド島の歴史は分かった。そんな国家があれば理想だし、先ずその島へ観光してみたい。しかし帰国後に記憶が消えてしまう点に加え、日本に2度と戻れないとなるとかなり真剣に考えなければならない。
「市民権を取ったら連合国しか出入りができないって言ってたけど、どこなら行き来ができるの?」
「似たような歴史の元で誕生した大きな島々があと6つあり、各島同士で共通の貨幣を作り連合を組んでいます。どの島も同様に国内で州がいくつかに分かれている上に文化や法律も全然違うので、どの島の国内旅行も海外旅行気分です。現地に着いてから“世界地図”と検索すると7つの島と州が全て確認できますよ。」
「そう聞くと全く閉鎖的ではなさそうだね。むしろ連合国7つがあるというよりは7大陸が別の世界にあるような感じなのかな。」
「その通りなんです!壮大な規模なので生涯かけても7つの島と州を巡れる人はほとんどいません。7大陸の人類だって世界一周旅行せずに人生終わる人がほとんどですし。因みに、ウィニフレッド島は治安と平等の面において7つの島の中で1番言われています。他の島は大地震や火山噴火などの自然災害で崩壊してから復興していますが、ウィニフレッド島は唯一女王の愛で島ごと沈んだ後に復活した伝説がありますから。」
一夏は少し得意気に言った。そう言われると、ウィニフレッド島を観光しながら他の島の歴史も調べてみたくなる。
物語が進行するにつれ、女王姉妹やヴォーガ、ベルログの秘話が明らかになっていきます。ご期待ください。