事件
「ローランド様、我が公爵家主催のワインパーティー、年末の舞踏会、サウザリー公爵家一族の新年会、エルジャーノン王室の新年ご挨拶と忙しい季節になりました。新しいお召し物も出来上がっておりますから確認をお願いします。とくに舞踏会はブリジット王女様のエスコートを致しますのでご注文いただいたお召し物のお色もご確認くださいませ」
十二月は忙しい、貴族達はこぞってパーティを開き来年に向けてお互いの情報を交換したり、社交界デビューされる貴族があればお祝いや、エスコートなど貴族同士の品定めが激しさを増す。若いローランド公爵は特定の相手がいないのでどのパーティでも女性貴族が群がる。エスコートの依頼やデートの申し込みも多くクリフ執事は頭を悩ませていた。
「年末のの舞踏会は王女様、その前にあるヒース子爵令嬢のデビューでのエスコートとエリナ公爵令嬢の誕生会が同じ日とは。。エリナ公爵令嬢のパーティは夕方からですから掛け持ちは出来そうですね。。」
クリフはローランドがご令嬢達の憧れの的であることが嬉しかった。この美しく優しい公爵様がどのご令嬢を選ぶのか全く予想もつかないが、こうしてお出かけになるたびにローランド公爵が誰と恋に落ちるのかとワクワクしている。
ローランドは服を確認して使用人達にこの服にはこの靴を等指示をし、それぞれ相手をする令嬢にプレゼントを用意しエスコートしている時間だけは楽しんでもらえるよう配慮していた。その配慮が令嬢達の熾烈な戦いを繰り広げる火種になる事をローランド公爵はしらない。
十二月中旬、ローランド公爵家で毎年開催されるワインパーティーが開催された。
公爵領で採れたワインは質も良く貴族達に好まれていたのもあり毎年多くの貴族を呼んで行う華やかなパーティーだ。
アイリスはその日は外に出ることを控えようと思っていた。特に出るなとも言われなかったが、万が一を考えて大人しく別邸で本を読んでいた。
この日の使用人やメイドは忙しく、ジャネットも本宅でお手伝いをしなければならなかったのでアイリスは一人きりでのんびりとすごしていた。夕方になりガラガラと馬車が出入りする音が聞こえてきた。カーテンの隙間から覗くと見たことのないような美しいドレスをきた令嬢達がローランド公爵に出迎えられて屋敷に入っていった。
その日のローランド公爵は真っ白な装い、前髪はバックにセットされており美しい顔立ちがより引き立てられていた。まるで童話の中の王子のように見えた。私はそんなローランド公爵を見て胸が高まった。だが、同時に自分の立場を思い出し違う世界の出来事だと言い聞かせて、あまり考えないようにしようと読みかけの本をまた開いた。
「キャー」
誰かの悲鳴が聞こえた。私は悲鳴が気になり部屋を飛び出して外を確認したが誰もいない。
空耳なのかしら?そう思い屋敷に入ろうとした時
「だ、だれか!お助けください」という声が聞こえた。
外は雪がヒラヒラと舞っていたが只事ではない助けを呼ぶ声に私は何も羽織らず急いで声が聞こえる方に走っていった。
大きな体の男性が、ドレスを着た女性を担いで公爵庭園南にある睡蓮池方面に向かって走っている。アイリスはその男を追いかけて走った。途中弟子のベンが庭木の手入れをしていたので「ベン今すぐに騎士を呼んできて!」と伝えて男を追いかけていった。
男は凍った睡蓮池近くの休憩出来る建物に女性を連れ込んだ。「おやめください、誰か助けて」泣きながら懇願する女性の声が聞こえてきた。
アイリスは建物近くに置いてあるスコップを持って「やめなさい!」と叫んだ。男はアイリスの方を振り返り、「使用人、命が惜しかったらここを去れ」と冷たく言い放った。アイリスは涙を流し助けを求める女性を放っておける訳がなかった。絶対に助けたい。
「もうすぐここに騎士が来ます。今すぐお嬢様を離しなさい!これは警告です!!」と言い放った。
頭に血が上った男は女性を離しアイリスの方に向かってきた。その瞬間女性に向かって「早く逃げて!!」と叫びアリスは男と向かい合った。武器はスコップのみ。勝てる自信はない。男は笑っている。
「使用のくせにそのスコップで俺を倒すのか?」アイリスは答えた「倒せるか倒せないかやってみないとわからない。だけどあなたのような貴族の男は野放しにしたくないから死ぬ気で戦うわ!」そう言ってアイリスは男を睨みつけた。
男はアイリスに向かって拳を上げた。アイリスはスコップを男の顔面に投げつけた。まさか唯一の武器を投げるとは思っていなかったのだろう見事に命中した。男は顔から血を流し怒りで震えていた。
これはまずいかも、、私の本能が言った。逃げようとした時、何故か先程の令嬢がヨタヨタと歩いてきた。
怒りで震える男の横を意識朦朧とした様子で歩いてきたのだ。
これはまずい、男が女性に気が付いて女性の腕を掴もうとした。私は走って女性を後方に突き飛ばし男から遠ざけた。
しかし男は突然現れたアイリスの腕を掴み捻り上げ凍った蓮池に投げ込んだ。蓮池の氷はまだ数センチの厚さだったのでアイリスそのまま池に落ちていった。
「何をしている!」誰かの声が聞こえた。私はあの女性が無事であるよう願いながら水の冷たさと腕の痛みに意識をなくした。
クリフは公爵邸のエントランスで急用ができて早くお帰りになるお客様をお見送りし、中に戻ろうとした時だった。
突然血相をかえた庭師のベンが震えながら飛び込んできて「騎士を騎士様をお願いします!!」と叫んだ。
「何があったのだ」クリフはお客様の手前冷静に聞いた。「ご令嬢が拐われ師匠が追いかけて!!」庭師は動揺を隠せず震えながら言った。
「師匠?アイリス様か?!」クリフは青ざめすぐに騎士を呼び睡蓮池に行くよう指示をした。
ローランド公爵はヒース子爵と話をしていたがただ事ではない顔をして会場に戻ってきたクリフが気になって声をかけた。「ローランド様、何でもございません。どうぞパーティーをお楽しみください」クリフは笑顔でローランドの質問に返したが震える手をローランドは見逃さなかった。
「正直に答えなさい」ローランドは不吉な予感がしてクリフに詰め寄った。クリフは観念し今起きている事をローランドに伝えた。「ここを頼む」ローランドがすぐさま走ってパーティー会場を出ていった。クリフはヘンリー副団長を呼びローランドを追いかけさせた。本当はクリフもローランドを追いかけたかったがパーティーのホストとしての役割を続けた。
ローランドが睡蓮池に到着したと同時にアイリスが睡蓮池に投げ込まれた。ローランドは躊躇なく池に飛び込み意識を失って沈んでゆくアイリスをつかみ抱き上げた。幸い水は飲んでいなかった。
「ローランド様!男は捕まえました!ご令嬢は無事です!」騎士はローランドに報告しながら自分のマントをローランドにかけてアイリスを運ぼうとした。
ローランドは「ご苦労だった」と騎士を労いそのままアイリスを抱き抱え急いで別邸に向かった。この雪がちらつく中全身ずぶ濡れになってもローランドは寒くなかった。アイリスが池に投げられる姿を思い出して体が熱くなった。
ローランドの腕の中のアイリスは震えていた。ねじ上げられた腕は見る見るうちに腫れ上がってきた。ローランドはアイリスを抱きしめて別邸へ急いだ。別邸入り口に不安そうな顔をしたジャネットが待っていた。
ローランドとアイリスの姿を見つけると「ローランド様、お嬢様!」と涙を浮かべて走ってきた。ローランドは「すぐに部屋に案内してくれ、アイリスを着替えさせて医者にみせる」とジャネットに指示をしアイリスをベットの上にそっと寝かせた。ジャネットはすぐにアイリス着替えさせた。別の部屋で着替えたローランドが医者と一緒に入ってきた。
ローランドは椅子に座って診察を黙って見ていた。「腕を捻じ上げられたせいで腕の骨が折れてしまっています。数日は高熱と腕の腫れが引かないと思いますので熱冷ましと痛み止の薬草を朝晩飲ませて下さい。恐らく治るまで時間がかかるでしょうからお大事になさってくださいませ」医者はローランドに説明し退席した。
ローランドは黙ってアイリス見つめている。ジャネットは躊躇したがそっと部屋を出た。