出会い
サウザリー公爵家にアイリスが来て三ヶ月が経った。
私はこの三ヶ月で収集した情報を整理した。
サウザリー公爵家には三百年に一度の周期で異世界から女性が現れる。
その女性は異世界の乙女と呼ばれその時代のサウザリー公爵と関わらなければ次の三百年まではサウザリー公爵家の地位名誉財産は約束され当主の幸せが保証される。
けれど万が一関わってしまった場合公爵家の地位名誉財産は地に落ち当主は不幸になるという言い伝えがあるそうだ。
その為、公爵家には異世界の乙女のための屋敷がある。
要するに異世界の乙女は幸せと不幸をもたらす人間で、関わらなければ害はなく後三百年間の幸せが保障されるので関わらないように別宅を用意してもてなしておけば良い。と言うことらしい。
「アイリス様お食事の用意が出来ました」メイドのジャネットが声をかけた。
「ありがとう」と返事をしてテラスに向かった。ここに来た当初はお互いに慣れなくてギクシャクしていたけれど、今は少し距離が近づいた気がする。
そんな事を思いながらジャネットの紅茶を淹れる手をみてホッとした。彼女の手が震えていない!私は少し嬉しくなった。
「トントン」ドアをノックする音が聞こえた。執事のクリフだ。
「どうぞ」と声をかける。「おはようございますアイリスお嬢様。素晴らしい朝ですね」毎朝クリフは私の元にやってくる。はじめは律儀な人だと思っていたがそうではなく今日一日の私の行動を聞きにくるのだ。
「今日はお庭を散歩して少し草花のお手入れをしたいのですが……」毎日私の行動予定を伝える理由がある。
「左様でございますか、本日十一時よりローランド様が出かけますのでお散歩はそれ以降、もしくは公爵邸西側でもよろしいでしょうか?今の季節は紅葉が見頃です。特に西側はとても綺麗です」
……要するにローランド公爵との接点をも避けるためだ。「ええ、嬉しいです。落ち葉拾いも楽しめそうですね」ニッコリと微笑んで返事をした。「ではアイリス様、良い一日を!」クリフは本宅に戻っていった。
「アイリス様今日はどのドレスをお召しになりますか?」ジャネットはドレッサーの中から数点ドレスを選んで見せてくれた。
落ち葉を拾いたいのと別宅のお庭を手入れしたいから、、「その左端の深緑のものをお願い」丈が短めでレースが少ないドレスの中で紅葉に映える色を選んだ。
三ヶ月前は下着で現れたくせに今はドレスを着るんだ!と思われていないか心配したが、皆当たらず障らずのスタンスなので心配は無用だった。異世界の乙女は異世界の乙女でしかなく私とは別にこの世界は動いているのだ。
「一人で歩きたいからジャネットは休憩していて」
散歩についてこようとしたジャネットに声をかけ一人で散歩に出かけた。いつも私に付きっきりだったので休ませてあげたかった。
……たしかローランド公爵は十一時に出かけると言っていたから、、今は九時、大丈夫ね。。
別宅を出て本宅のアプローチを横切り庭園の西側を目指して歩く。
この庭園はとても大きいが樹々がきちんと手入れされている。
ここの庭師は優秀ね!
さらに歩いて西側に行くと紅葉した樹木園がある。ここは紅葉樹が集められていて黄色から真紅の美しい葉が風に揺れている。「はぁ、、美しいこの紅葉は自然の宝石だわ」樹木園の小道をゆっくり歩いていると脇に一際大きな楓の木があった。
とても大きい楓だ。近くに行って眺めているとこの楓だけ手入れされていない事に気がついた。
枝が折り重なっているのだ。楓の木は枝が密集すると病気になってしまう。
急いで葉を調べてみると葉に黒い点々模様があった。すす病になる手前、恐らくカイガラ虫がいる。
すす病になると木は枯れてしまう。すす病の原因はカイガラ虫だ。
樹医の経験で判断するとカイガラ虫はまだ幼虫のはず。すぐに通気の悪い枝を切り払いカイガラ虫を退治しなければこの立派な楓は死んでしまう。カイガラ虫の幼虫は殺虫剤があれば簡単だがこの世界には無さそう。うーん、あ、牛乳でいける!
よし、枝を剪定しよう、刃物に弱いから手で折るのが最適ね。
私は腕まくりをして手が届くところの枝を折り始めた。
……「ここで何をしているのだ!」突然の声に振り向くと金色の髪に青い瞳の美しい男が私の手元に剣を突きつけてきた。
……ローランド公爵の朝は早い。
朝の五時には起床し執務室に向かい仕事をする。朝食は執務室で仕事をしながらとるため簡単な軽食だけだ。
彼が十歳の時に両親の乗る馬車が落石を受けて亡くなった。それ以降幼いながらローランドはサウザリー公爵としての責務を全うするために時間を惜しんで公爵家の為に勉強をし、領民が穏やかに暮らせるよう努力する立派な公爵だ。
突如両親を亡くした幼いローランドを一族が団結し支えサウザリー公爵家はどの公爵家よりも強固な絆が出来た。
「ローランド様お食事の用意が出来ました」
執事のクリフが声をかけてきた。「ありがとう」ローランドは机に置かれた朝食を食べながら今日のスケジュールを聞いた。
「本日十一時に邸宅を出発しベーラント邸にて侯爵様達との会合、十五時よりバリル伯爵との貿易の件で契約、十七時から王宮にて感謝祭がございます。全ての準備は整っておりますのでご安心ください」
クリフは本当に素晴らしい執事だ。彼の準備はいつも完璧で心から信頼できる。
「ありがとう」笑顔で答え「まだ仕事があるのだろう?もう下がって良いぞ」と彼を解放してあげた。
クリフは例の乙女が来てから仕事がニ倍になった。サウザリー公爵は乙女と関わってはいけない。ローランドが乙女に出会うことのないよう完璧にお互いのスケジュール管理し動いているのだ。
異世界の乙女がここにきて三ヶ月。一度も見たことがない。例の言い伝えでは関わると不幸になるといわれているが、三百年に一度現れる乙女と関わろうが関わるまいが運命は自分で切り開くものだと考えている。
誰かにその責任を背負わせることは望んでいないし成功も失敗も自ら作り出した結果だと信じている。
噂によると乙女はかなり変わり者だという。どう変わっているのか確かめたくてもクリフをはじめ使用人達も私を乙女に絶対に近づけようとはしないからわからない。
噂では得体の知れない格好で現れ、夜な夜な一人で大笑いしているらしい。やはり近づかないことが良いだろう。
「今日は感謝祭か、、もう秋なのだな」そう呟いてふと思い出した。
幼い頃父と母と三人で色とりどりの落ち葉を拾った思い出の楓。両親が亡くなってから幸せだった思い出を壊したくなくて当時の姿のまま残している楓は今見頃だろう。。
予定の十一時まではまだまだ時間がある。あの楓を見に行こう。ローランドは執務室を後にした。
私は突然剣を突きつけられて驚いたが咄嗟に「これは剣で切ってはダメですよ。枝が枯れてしまいますから手で折ってください」と答えた。恐らく剣で枝を切った方が早いと思って剣を出したのだろう。向けられた剣を払い除け枝に手を伸ばした。
「私の話をきいているのか?一体お前は何をしているんだ!」
少し怒った口調と共に腕を掴まれた。私はいきなり腕を掴まれムッとした。
「見てわからないの?枝を折っているのです。この楓は全く手入れされていないから病気なんですよ。」腹が立って相手の目をじっと見つめた。「この楓が病気?なぜわかるのだ」金髪の男はそう言って腕を離してくれた。
楓の葉を一枚手に取り「この楓の葉に付いている黒い斑点はカイガラ虫の幼虫によるものです。この楓は一切手入れされていないから葉が茂りすぎて虫が発生しました。おそらくこの虫はまだ幼虫だから今対処すればこの木は助かります。」
「その為に重なりすぎた枝を払っているのです。ところで、あなたが剣を出したのは枝を切るためじゃなかったんですね。。」説明しながらさっきのことを思い出した。
なんて人だろう。いきなり剣を突きつけてくるなんて。その男は黙って私をじっと見てきた。少し目にかかるくらいの前髪、髪の隙間から見える瞳は強く美しくスッとした鼻に意志の強そうな口元。
女の私が見てもため息が出るほど麗しい男性だ。見られている事が恥ずかしくなった。。
「、、お前はどこの誰だ?名はなんと申す?」男はため息をついて呟くように聞いてきた。
え?公爵邸で私を知らない人間がいるんだ!しかも言葉遣いも独特で、思わぬ質問に目を大きく開いてしまった。
「そんな驚く質問であったか?」男も驚いて聞いてきた。驚く顔も美しい。。この世界にきて初めて誰だ?と聞かれた。「私は……」と答え始めた時に大きな声が聞こえてきた。
「ローランド様いますぐお離ください!!!!」執事のクリフが鬼のような形相で走ってきた。ローランド様?まさか。。。私は目の前の美しい男をあらためて見て確信した。
「ローランド サウザリ公爵……」思わず呟いてしまったと同時にクリフに突き飛ばされてしまった。
「ローランド様今すぐに邸宅にお戻り下さい。アイリス様には関わってはなりません!!」二人を近づけない為に、突き飛ばしたアイリスと、突然の事に驚ているローランドとの間にクリフは立った。
アイリスはクリフに突き飛ばされて先程折った楓の枝の中にドサっと倒れ込んだ。その様子を見たローランドは「大丈夫か!?」とクリフを押し退けて彼女の元へ駆け寄って行った。
「いたたたた」
何が起こったのか頭が回っていないながらも私はこの状況は非常にまずいと悟った。パッと立ち上がり小枝と葉っぱがついたドレスを手で払いながら「あははは、」と作り笑いをし「で、ではごきげんよう」と言って立ち去ろうとした。
「待ちなさい」ローランドがアイリスに向かって言った。
「なりませんローランド様、関わってはならないのです」とクリフは強い口調でローランドに言った。
私はこの状況でどうしていいのかわからず動けないでいた。
「クリフ下がれ。」ローランドはクリフに向かって言った。「なりません、ローランド様お願いでございます。邸宅にお戻りください!」どちらも譲らない。
今の隙にこっそりと去ろう、、私はゆっくりと向きを変え歩き始めた。
「アイリス待つのだ!」ローランドが言った。私は驚いた、ローランドが私の名前を知っていることに。。。
「ローランド様なりません!失礼します!!」クリフがローランドの腕を引っ張った。「クリフ手を離せ、これは命令だ」ローランドは低く強い口調でクリフに言い、アイリスを追いかけた。
「異世界の乙女アイリス嬢、話がしたい」
私は困ってしまった。一番会ってはいけない人に会ってしまった。「ローランド様、どうかお許しください。」私はどうして良いのかわからず下を向いて呟くように言った。
「先程の話を聞きたいのだ。あの楓は私の大切な思い出の木で手を入れたくない。元気に見えるが本当に病気なのか?」ローランドは寂しげな表情を浮かべていた。アイリスはすぐにこの場を離れようと思っていたが、ローランドの寂しげな憂ある表情に負けた。
「ローランド様、先ほどの楓を断りもなく触ったこと、、申し訳ありません。けれどあのままにしておけばあの木は枯れてしまうと思い手を入れてしまいました。。ローランド様があの楓を大切になさっていることを知らなかったのでお詫びのしようもありません。。けれど、大切だからこそ手を入れるお考えはございませんか?」私は真っ直ぐローランドの目を見て真剣に話した。
「この楓が健やかに生きている事がこの木を大切にしている事ではありませんか?ローランド様がこの楓を大切にする理由は存じ上げませんが、何かを大切にする仕方は何通りもあります。私の話を理解してお許しくだされば私が命をかけて来年も再来年も見事な紅葉を楽しんでいただけるようにいたします。御検討いただければ幸いです」
言いたいことだけ言ったので私はスッキリした。ローランドは私の話を黙って真剣に聞いてくれた。
「あ、あの、大変失礼致しました」ぺこりと頭を下げた時、私の頭の上に乗っていた真っ赤な楓の葉がフワッと一瞬舞い上がりローランドの方に落ちた。
私は頭に葉を乗せて真剣に話していた事が恥ずかしくなりクルッと回れ右をして走って別邸に帰っていった。
ローランドはその葉を拾い上げ「フフフ」と微笑んでクリフと邸宅に戻っていった。