後ろから響くもの……
―夜「東北最大のアーケード街」三雲視点―
「遅くなってしまいましたね……」
お店の装飾品にちょうどいい物が手に入ったという事で、知人のお店に長々と居続けてしまい、つい遅くなってしまった……今は人通りの多いアーケード街を歩き、自分のお店であり自宅でもある『喫茶みくも』に帰ろうとする。
「このアンティーク……どこに設置しましょうかね……」
今回、購入したのは寝ている黒猫をモチーフにした置物。お店の雰囲気にマッチしていたので、つい購入してしまった。
チリーン……
ふと、後ろから鈴の音が聞こえたので振り返る。今の時刻は20時。アーケード街に軒並み並んでいるお店の多くはまだ営業しており、酔っ払ったサラリーマンや、はしゃぐ若者達、後は私と同じように帰途についている人達……多くの人が往来して賑やかなこのアーケード街で、その鈴の音はしっかりとこの耳に聞こえていた。
「鈴ではなく、着信音とかですかね……?」
たまたま……そう、たまたま他の音も聞こえている中で、その鈴のような音が強く印象に残っただけかもしれない。
そう判断した私は、再びアーケード街を歩き出す。周囲は変わらず賑やかで、大勢の人達が行き交っている。今いるアーケード街を抜けると、信号のある横断歩道が赤のためそこで立ち止まる。私と同じように信号が青になるのを待っている人達が大勢おり、また横断歩道のあるこの道路は車の往来が激しいため、先程以上に五月蠅い状況である。
チリーン……チリーン……
再び聞こえる鈴の音。先ほどより近くで鳴った気がする。再び後ろを振り向くが……そもそも、騒がしいこの場所では、何が音の発生源か分かる訳も無く、自分の周りの人が歩き始めたのが見えた事で、信号機が青になった事に気付いた私は、慌てて周囲の人と一緒に横断歩道を渡る。
横断歩道を渡った先には別のアーケード街があり、私はその中を進んでいく。ここも先ほどのアーケード街と同じように賑わっており、人通りも相変わらず多い。
チリーン……チリーン……
それでも聞こえる鈴の音。私は振り向かずアーケード街を進む。私の帰る方向とたまたま一緒の人がいて、その人が鈴の音を鳴らしているんだと……そう思った。
そう考えたら、不思議でも何でもないと思った私は、鈴の音に気にしないでアーケード街を進んでいく。
チリーン……
それでも響く鈴の音。
チリーン……
私から一定の距離を取って、後ろから鳴っている。人で賑わっているアーケード街……人混みに足を取られ、多少なりにも遠くなったり近くなったりと変化があってもいいのではないだろうか。
チリーン……
変わらず一定の距離を取って、後ろから鳴り響く鈴の音。私とは何の関係も無い人が常に一定の速度で同じ方向に進んでいる……そんな偶然があるのだろうか? おかしいと思った私は少しだけ歩くスピードを上げる。
チリーン……
鈴の音が鳴った瞬間、今度はゆっくりと歩く。
チリーン……
変わらない。立ち止まって後ろを振り向くが……見知った顔を見かけることは無かった。夜とはいえこんな賑やかな人通りでストーカー行為をされているのだろうか? この間、鈴の音は一切聞こえない……となると、相手も動かずにこちらを見ているのだろうか?
私は再び前を向いて歩く。男である私がストーカー行為されるなんて……そもそも、周囲でそれらしい気配は一度も無かったはずだ。
チリーン……
間違いない。この鈴の音を鳴らしている人物は、私の行動を見て動いている。はて……どうしたものやら。
「あれ……三雲さん?」
すると、私の左前にあるドラッグストアから出てきた知り合いの刑事さんが声を掛けてきてくれた。なんというタイミングで出会うのだろうか……。
「佐々木さん。丁度良かった……すいません。少し相談に乗ってもらっていいですか? 出来れば今すぐにでも」
「え? ど、どうしたんですか急に」
「歩きながら話しますね」
私は歩きながら佐々木さんに今起きていることを説明する。最初は真剣な表情で話を聞いてくれていたのだが……徐々にその表情は困惑した顔になっていく。
「あの~……鈴の音ですよね?」
「ええ。そうです……もしかして」
「はい。聞こえません。さっきから何回か鳴っていると聞いたので、注意して聞いていたんですけど……そこまでハッキリと聞こえる鈴の音は聞こえないですよ?」
「……幻聴でも、ふざけている訳でもないですよ?」
「分かってます。三雲さんの表情から見ても、ふざけている様子は無さそうですから……ここ最近、不思議な事に遭っているので、気のせいだとか夢だと片づけるられない自分がいますし……」
困惑はしているが、私の話を信じてくれている佐々木さん。後ろからの鈴の音に注意しながら、会話を続ける。
「となると……まさか、あの……コレ系ですか?」
「ですかね……夜道を歩いていると、後ろから何者かが後ろから付いてくるという話はありますが……こんな人混みが多く、ましてや明るいアーケード街でそんな事が起きるなんて思っていませんでした」
「で、どんな妖怪、都市伝説ですか?」
「分かりません。そもそも、最初はストーカーだと思いましたから……心霊系とは全く思っていませんでしたよ」
歩みを止めずにアーケード街を進む私達。もう少しでアーケード街を抜けてしまう。
「……危険ですが、このままアーケード街を抜けて狭い裏路地に入りましょう。そうすれば、何が迫ってきているのか分かるはずです」
「それ……大丈夫ですか?」
「このまま家に連れ帰る方が危険ですから……」
急ごしらえの策……相手がどんな存在が分からない以上、一度確認しなければならないだろう。私達はそのままアーケード街を抜け、すぐさま人通りの少ない裏路地へと入り、後ろを振り向く。
「……誰もいないですよね?」
「そうですね」
奥に見える道を行き交う人は見える……が、この裏路地に入る存在はいない。
「この手の話だと、後ろを振り向くとそこには……っていうのが定番ですね」
佐々木さんがそれを聞いて、驚いた様子ですぐさま後ろを振り向く。私もゆっくりと後ろを振り返り確認するが……何もいない。
……チリーン……チリーン
鈴の音が聞こえた。先ほどよりかは遠い距離で鳴っている。
「遠ざかりましたね」
私達は元来た道に戻り、周囲に不審な物が無いかを確認する。
チリーン
すると、鈴の音が聞こえる。先ほどより近いだろうか?
「どうですか?」
「鈴の音が近くなりましたね……」
チリーン……
「……佐々木さん。もう少しだけ付き合ってもらっていいですか?」
「……分かりました」
鈴の音がする方へと歩き出す私達。
チリーン……
私達から一定の距離を保った状態で、移動する何か。どうやら、私をどこかへ連れて行きたいようだ。
「どうやら鈴の音を鳴らしている存在は、私をどこかへ案内したいようですね」
「付いていくんです……よね?」
「ええ……危険かもしれまんせんが……もしかしたら……」
「分かりました。何かあったらすぐにでも仲間を呼ぶので安心して下さい」
「ありがとうございます」
この後、鈴の音を頼りに付いていく私達……付いていった先にあったのは、建物に囲まれた中にある小さな公園だった。
―1週間後「喫茶みくも」―
「アレって三雲さんに助けを呼んだってことですかね?」
「そうですね……」
そう言って、私はコーヒーを淹れていく。その間、佐々木さんは1週間前の出来事について話をしつつ、子猫の遊び相手をしている。
「すっかり元気になりましたね」
「ええ。他の兄弟も引き取り手が現れてくれて助かりました。うちで数匹飼うのは無理ですから」
そう言って、佐々木さんと楽しく遊んでいる子猫を見る。鈴の音を頼りに付いていった先にあった物……それは公園の茂みに隠れるように死んでいた首輪の付いた親猫と5匹の子猫達。それを見た私は猫の保護をしている知り合いに連絡をして、ただちに5匹の子猫は保護された。そして、首輪の付いた親猫の飼い主もすぐに分かり、涙を流しながらその死体を引き取っていった。
その後、親猫の葬儀を終えた飼い主から子猫を引き取る話が出たのだが、2匹が限界ということだったので、残った3匹に関しては1匹は私が、残りは知り合いの伝手で引き取られていった。
「でも……どうして、三雲さんに頼ったんですかね?」
「それは……」
すると、遊んでいた子猫が佐々木さんから離れて、つい最近手に入れて、窓際に飾っていたある置物の近くに寄り添って、一緒に昼寝を始める。
「あの親猫と一緒ですね」
「だからですかね……」
寝ている黒猫の置物と子猫を見た私達はそう理由付けるのであった。