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2024年9月

「くい、くい……」ベッドに横たわるのは愛しい男。不明瞭な声がもれだす唇は乾ききっている。いよいよかと胸がザワつく。しかし、はっきりとした言葉が続く。「意外とないものだね。今日はクイの日なんだって。でも見た覚えないなぁって。僕の人生、クイ無しだよ」それが最期の言葉って出来すぎだろ。


 九月一日はクイの日で、ダジャレの日です。 長年連れ添った相手を見送った男の話。好きやありがとう、といったわかりやすい愛の言葉も良いですが、最後まで変化球しか投げてこない照れ屋のへそ曲りなら、こんな言葉を置いていくのかなと思いました。



「白くてもちもちぷるぷる、おいしいのなーんだ?」

 こっそり付き合ってる生徒に密室で言われた俺は頭に血が上った。こっちは教師っていう枷があるから大人しくしてるんだぞ?

「尻。お前の尻がいい」

「は?ばかじゃないの?!これお土産」

 バシンと机に叩きつけられたのはくず餅だった。早く卒業しろ


 九月二日はくず餅の日。

 隠れて校内でタバコ吸うようなやる気のない先生。でも一生公務員で楽したいので一線は越えない。手を出されないのを不安がる生徒は先生をからかうがその正体は超絶ウブ。



「好きなもの?動物は馬、スポーツは自転車とボート。カードゲームが得意」ってカッコつけてたけど、お前単なるギャンブラーだな。しかも才能ない。運もない。「借金がないしセーフ」じゃねぇの。宝くじもコンビニのくじも禁止。「でもさ、俺ツいてる」まだ言う?「お前と付き合えたから。幸せ」俺も。


 九月二日はくじの日

 ガミガミ言うけどチョロい男が好き



「庭の草ヤバ」

「家庭菜園やりたいからって一階の庭付きの部屋選んだの誰」

「お前」

「知ってる。グミあげるから俺の代わりに草むしって」

「その間お前は?」

「全力でここを守る」

「ベッドで寝てるって言え」

「一緒に寝よ。草見えないし」

「最高」

「だから俺たちダメなんだよ」

「知ってるw」


 九月三日は草の日、グミの日、ベッドの日。 グズ二人のどうしようもない会話。



 ルームメイトと外食することになった。洗面所で仲良く身支度を整える。 「クシとって」 「どれ?なくね?」 「目の前にあるだろが」 「は?焼き鳥の串じゃん。つくねって書いてある」 「これでジグザグ髪分けてる」 「げ。俺のクシ使う?」 「幸せにして♡」 「え?」 「プロポーズじゃないのぉ?!」


 九月四日は串の日でクシの日。 櫛を送ることは相手の幸せを願うこと、共白髪を願う結婚の意思を示す方法でもあるらしいですね。 すぐその気になる男と常識的な男はルームメイトで恋愛関係にありませんが、そのままノリで婚約者ごっこと新婚さんごっこを経て結ばれてほしい。





 同居人が焼き鳥の串で髪を分けようとするので、俺のクシを貸そうとしただけなのだが、奴が得意のごっこ遊びを始めたので、それに付き合っている。

「これあげるから大事に育てろよ」

「サンキューダーリン♡ってなにこれ」

「アボカドの種」

「なぜに」

「球根で求婚の日らしい」

「球根じゃねぇしw」


 九月五日は球根で求婚記念日





 帰宅したらチェーンがかかっていた。同居人を怒らせた記憶はない。どうしようと考えていると隙間から裏声の男が話しかけてきた

「お兄ちゃんとどういう関係ですか?」

「まさかの妹設定か」

「見て!超美人じゃね?」

「いや、おかめ」

 メイクまでしてすげえやる気だな。いつものがタイプだけど。ん?


 九月六日は妹の日 求婚ごっこ中のふたり。





「求婚ごっことかしている俺ですが実は結婚に興味がない」

 急に同居人が語り出した。いわく、両親・親戚そろって気が多くて離婚歴あり。自分もそのタイプだから諦めているのだとか。

「俺とは同居うまくいってるよな?俺は逆に浮気できない執着男だから」

「絶滅危惧種発見!」

 俺にしとく?なんてな〜


 九月七日絶滅危惧種の日

 絶滅危惧種、男性、タイプで検索したら浮気しない人と出ました。実際のところどうなんでしょうね。そもそも浮気とは何か、どこからなのかの線引きから始めないと。

 なんとなく求婚の流れになってしまったけど満更でもない同居人。





「おれ、浮気家系に生まれたけど、できることならお前のこと大事にしたいんだよ……」

「で、なぜ俺の乳を揉む?」

「雄っぱいもいたわってやりたい一心だよ!今日はここで頑張るはクーパー靱帯の日。男にもあるの」

「ありがとうございます?」

「雄っぱい殿より御礼拝受。いっそう精進致すモミモミ」


 九月八日はクーパー靱帯の日

 その気になってきた男ですがやっぱりちょっと着いていけないかな……?の気持ちで揉まれています。





 友人同士のじゃれあいだからと下心なんて疑いもせず気を抜いていた。「ねぇ」と急に耳元を熱い息がなでる。とん、と肩を突かれただけなのに俺はあっけなく床に転がった。見下ろす表情は笑っているのに背筋が冷える。「俺らの同居上手くいってるって言ったじゃん?それって先に進んでもいいってこと?」


 九月九日は男色の日ですって!!!!!





「ねぇ、お前はどうしたいの?」そう言って俺を見下ろす同居人は余裕の笑みを浮かべる。三日月型を描く目はどこか飢えた光を灯していた。獲物を前にした肉食獣…あ!そういうこと?

「ク、クーポンあるから牛タン食べに行くか?」

「行く!」

「腹減ってたんだな」

「お前の舌も食べたいけどね」

 ん?


 九月十日は牛タンの日!





「# 9110にかけてみようかな」急に同居人は気になることを言いだした。事件に関する相談ができる警察の相談窓口らしい。「何かあったの?」「俺、たいへんなものを盗まれちゃったんだよね」「誰に?」「同居人」「って俺か。覚えないわ」「俺の心です」「ルパン見たいならそう言えよ」「それそれぇ」


 九月十一日は警察相談の日

 ルパ,ン三,世カリ,オストロの城は公開,45,周年だそうです。リバイバル上映やるとか。

 牛タン食べた帰り道の話だな。



「問題。心を盗まれてしまったクラリス、その後はどう生きたのでしょうか……おっと、早かった。どうぞお答えください」

 ルパンを見終わった同居人、今度はクイズ番組の司会者モードか。

「たくましくやってくらしいよ」

「くわしいな⁉︎」

「ググった」

「……俺はムリだからな」

 そんなこと言うなよ。


 九月十二日はクイズの日。

 求婚ごっこだったはずなのにグイグイスイッチが入った同居人。

 ミートボールパスタのレプリカが欲しいです。



「心を盗まれたら空っぽになっちゃうじゃん。どうすんだ?」

 自分の胸元を撫でながら同居人は言った。さっきのおちゃらけたムードは一転してため息なんかつく。

「代わりに相手の心を盗んだらいいんじゃね」

「なるほど」

 意味ありげに笑うと俺の胸をトンと人差し指でついた。

 え?まさか秘孔ついた?


 九月十三日は北斗の拳の日

 もうこの二人はずっとチグハグでいて欲しい。

 北斗の拳に出てきた秘孔一覧のサイトを見ていたら時間が溶けました。





「はい、プレゼント」

 同居人は顔の前に両手を掲げた。親指と人差し指は何かをつまむように重なっているが間には何もない。訳もわからず同じように両手を出して受け取ってみる。

「で、これなに?」

「パンツだよ!ハッピーメンズバレンタイン!今夜はいてね♡」

 いやいや、俺たち単なる同居人だって。


 九月十四日はメンズバレンタインデーです

 付き合ってもない人からパンツ貰うの結構な恐怖だと思うのですが、こちらのふたりはまさかのエアパンツ。怖がってないあたり仲は良い。



 通販し過ぎて気がつけば段ボール箱が部屋を占拠している。ドアは全開にならず、隙間から出入りしているのを同居人に見られた。

「段箱片すのと俺の部屋で寝るのどっちがいい?」

 片付けは大嫌いだが、荒縄片手に微笑む同居人に嫌な予感がするので片すことにした。

「俺段箱束ねるの得意!」

 そっちか〜


 九月十五日はスカウトの日

 ボーイスカウト出身者は縄を結ぶのが得意なイメージがあります。

 同居人にわけのわからない迫り方を繰り返された結果、全部アプローチに見えてきた男。

 段ボール箱を段箱と略すのを最近聞いたので使ってみました。耳慣れない!



 面倒だった片付けも二人でやればあっという間に終わる。最大の功労者である同居人は広くなった俺の部屋で大の字になっていた。

「ありがと」

「感謝せよ!」

「お礼に保湿クリームやる。これからの季節必要だろ。お前は乾燥肌なんだから」

「塗ってくれんの〜?なんてな」

「別にいいよ」

「ええ⁉︎」


 九月十六日は保湿クリームの日



 同居人は俺を見て考え込んでいた。

「クリームを塗ってもらうなら、風呂上がり……?服着て出てきて、また脱いで塗ってもらって、また着て……全裸で登場で良いか!いや俺はキュートナーだから刺激が強すぎるかも」

「はい、受付終了。塗りません」

「ええ?!」

 っていうかキュートナーってなんだよ?


 九月十七日はキュートな日・キュートナーの日

 キュートな人のことキュートナーというのですね





「お前は大根のような男だ」 同居人は変だが悪意がない男なのはわかっている。それでもこれはちょっと聞き捨てならない。 「俺が役者目指してるの知ってるよな?」 「もちろん」 「大根役者って言われて喜ぶ奴なんかいないの!」 「あ、違う。じゃ、貝割れ大根にする。花言葉は適応力!お前っぽい!」


 九月十八日は貝割れ大根の日で、した。

 大根の種から発芽したのが貝割れ大根で、花言葉は潔白と適応力。





 役者として芽が出る気配がないのはわかってる。別にそんなに怒っていないが同居人が狼狽えるのが面白かった。

「俺が悪かったよ。機嫌なおして。とっておきのものやるから」

「なに?」

「じゃーん!」

「は?なんで婚姻届?」

「俺の名字をあげまーす!」

「……嫌だよ」

「え」

「画数が悪いんだよ」


 九月十九日は名字の日

 なんで画数が悪いの知ってるわけ〜???という話。



「は?名字の画数が悪いだって?」

 恥ずかしい暴露だったことには気が付かず腹を立てる同居人にホッとする。いくら暇つぶしとはいえ画数診断なんてしていたとはバレたくない。

「失礼野郎、空を見ろ!」

「あいよ」

「広いな?」

「うん」

「画数とかどうでも良くない?俺の名字好き?」

「言わない」


 九月二十日は空の日

 もうそれは肯定に同じ。



 同居人はいるのが当然で、好き嫌いの感情で語る存在ではなかった。家族でも友人でもないが、彼は眩しい。

 通販した服が届くと必ず「早く着てよ!」と強請られる。着替えて出て行くと、同居人はモデルを待つカメラマンみたいに廊下に寝転んで待っている。

 日常が特別になる。それがこいつの魅力だった。


 九月二十一日はファッションショーの日。

 アウトレットで服を買いまくった後に二人で着せ替えごっことかするんでしょうね。絶対楽しい。



 トントンとドアを叩く音が響き、同居人の声がした。

「おきなサイ。朝食を食べなサイ」

 いつもと違う口調がひっかかる。今日のテーマはなんだ?

「いただきます」

「おあがんなサイ」

 サラダを頬張りながら考えたが、わからない。ちょっと色っぽい。

「上から目線の日?」

「ぶー!サイの日」

 知るか。


 九月二十二日は世界サイの日

 華族の奥様みたいな感じで話しているイメージです。



 今日もやっぱり同居人はどうかしている。

 頬杖をつくと朝食を食べる俺をじっと見ている。どうせ〇〇の日ネタなんだろうとスマホで検索すれば網膜の日と出てきた。それなら酷使しないで労われよってんだ。

「お前は目をつぶれ」

「え……?」

「キス待ち顔すんな!」

「はぁ?そんなことしてねぇよ!」


 九月二十三日は網膜の日。

 単なる同居人同士の無自覚いちゃつきも良いものですね……



 同居人の〇〇の日ネタを勘繰って余計なことを言わないように、先回りすることにした。

「おあよぉ…」

 まだ眠そうな顔の同居人を見つめながら胸を張り、ドコドコと両の拳で叩く。連想する動物はひとつだろう?と顎をしゃくって見せた。

「お、俺に求愛してんの?!」

「はぁ?!ゴリラの真似だって!」


 九月二十四日はゴリラの日で……した!

 ゴリラの求愛について調べたらドラミングとうん×を投げることだったので、一瞬キャッチボールの話にしようと思いましたが即やめました。



「例えお前が骨董品になっても、そばにいるからな……」

 同居人が優しい眼差しを向けてくるが、どう見ても煽り顔にしか見えない。もちろん工口じゃない。小馬鹿にしている方の煽りだ。

「俺がガラクタになる日はこねぇ。ばーか!」

「は?」

「俺が古けりゃお前もオンボロだろ」

「おそろいじゃん!」


 九月二十五日は骨董の日

 骨董は古くて価値のあるものを指すと同時に、古臭い役立たずの意味もあるのがおそろしい……

 同居人はハイパー前向き人なので無敵です。



「生きてりゃ、色々あるよなぁ」

 誰だって、そんなことを言いたくなる日があるだろう。しかし、なぜ俺の腹を撫でながら言うのか。

 優しく円を描く動きは、幼少期お腹を壊すと母がしてくれた動作によく似ていた。

「お前の腸には世話になるからさ……」

「待て待て。何を考えてる?いや知りたくねぇ!」


 九月二十六日は大腸を考える日。

 なぜか腸に詳しくなってしまう……



「今日何曜日?資源ごみの回収終わった?ペットボトルのラベルって何で剥がすの?最近色付きのボトル見な」

 何でも聞いてくる同居人の前に無言でスマホを差し出すと、一瞬黙った後でニカッと笑った。

「OK、トシアキ!夕飯のメニュー教えて!」

「…牛丼」

「やったぁ!」

 いや、そうじゃないって。


 九月二十七日はGoogle創立記念日!

 呆れながらも付き合ってくれるトシアキ優しいね……

 OK、Google!ごっこ楽しいのでやって欲しい。酔っ払ったカップルBLバージョン読みたい。



「タピオカミルクティー」

 授業中に隣のヤツと記憶を頼りに懐かしキャラを描いていた。俺の自信作クリリンを見せると「絵心ゼロ」と勝手に描き足しタピオカミルクティーにしやがった。「お前ふざけんな!」思わず声が大きくなり先生から大目玉をくらう。廊下に立たされたのに「二人っきりになれてラッキー」ってなんだよ、それ。


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