第11話 北の村と雷雨
エルフ歴1008年8月5日
北西の村を出た僕たちは、北の村を目指している。
馬車の御者席には、ジャック師匠と男の子。馬車の中には、僕と妹・シスターと女の子が乗っている。
「アル!本当なのこの子達に名前を付けたって?しかも『アダム』と『イブ』って神話の由来を知っていた?」
昨日の話から、名前が無い事が分かり・・それならとシスターが教えていた神話からつけたのだが、不味かった?
「私が聞かせている『神話』は、この世界の話じゃないのだけど・・まあ、面白いからいいか。」
大笑いしているシスターにこの後、災難が降りかかる。
昨日の深夜、村長の家で遅い夕食を取らせて二人から話を聞いた。
二人は、町の外側(スラム街)で育った。後で知った(おしゃべりな人は何処にでもいるのです)のだが、育ててくれた母は、実母ではなかった。一緒に住んでいる女の子も妹でも姉でも無かった。
母は、娼婦だった。年を取って客を取れなくなり、更に妊娠している事が分かると商館を追い出されてしまった。
母は、スラム街で子供を産んだのだが・・そこは赤子を育る環境ではない。一人がやっと生きていける中、十分な乳も与える事も出来ず・・・
母は、虫のたかる我が子をいつまでも抱いていたと・・・
数年後、スラム街に捨て子があった。最初は、男の子。しばらく経って女の子が捨てられていた。母は、失った我が子を見たのだろう。周りの反対を押し切って、二人を育てる・・しかし、スラム街では子供を育てることが出来ない。
母は、身綺麗にすると・・また夜の町に立っていた。
そんな生活が長続きするはずが無い、次第に病魔に侵されていく。10日前、倒れて動けなくなった母。教会で話をすると、『治療の為には、寄付が必要』と言われた。毎日の食べ物でさえ満足にない、寄付など出来ないとあきらめていると・・教会の近く肉屋の後ろでニワトリを買っている主人を見かけた。
首を斬られ、皮一枚で繋がっている。足が棒に通してあるので、首がブラブラと揺れている。
「おじさん、ニワトリを持ってきたら買ってくれる?」
「あん?何処の坊主だ?・・ああ、ちゃんと血抜きして持って来いよ。臭くて食えねえのは、いらねえからな。」
「血抜き?」
「こうやって、体の血を抜くんだよ。」
「出来ない時は?」
「そうだな・・オレがするが、手間代を差し引くぞ。そん時は、生きたまま持ってきな。」
それから町のゴミを集め売りながら、ニワトリを探していたが 何処にも居なかった。子供二人でゴミを売っても、パンを買うことさえ出来ない。残飯をあさり、母に持っていくが 少し食べただけで徐々にやつれていくのが分かる。
ゴミ拾いをしながら、仲間の浮浪児に話をしてみる。
「ニワトリを探している?だったら農家に沢山いるぞ。一匹位いなくなっても分からない位、いっぱいいるぜ。」
それから、町の外周に住んでいる農家を見て回った。しかし、家畜の盗難が多いのだろうか小屋に近づいただけで、棒を持って追い回される。
「バカだな、町の農家はいつも警戒しているから駄目さ。狙うなら、あっちだよ。」
浮浪児仲間は、町から離れた畑の先を指さしていた。
「町の周りに8つの村がある。盗むのか?後が怖いぞ、それでもやるのか?だったら、1つの村から1匹にしておけ。常に野犬や狐にやられているから、1匹なら騒がれないだろう。」
7月29日の夜、南の村の納屋からニワトリ1羽を盗む。捕まえたが、鳴き騒ぐので首を絞めて殺してしまった。
次の日、肉屋に持っていくが。
「血抜きしろって言ったよな?犬の餌にもならねえ。金?そんなのねえよ。そうだな、代わりにこれをやるよ。」
半分腐った肉を貰った。それでも持って帰って、火に焼いて母に食べさせてやった・・・どうしてだろう、3人とも涙が止まらない。
その話を仲間にすると、バラックから粉の入った缶と小さな火打石を持ってきた。父が冒険者をしていた時に使っていたものだと言う。
7月30日の夜、南東の村からニワトリ1羽を盗んでこれた。缶の粉が、騒ぐニワトリを大人しくする。
今度は、肉屋の主人から小言は出なかった。
「お前ら、これは盗んで来たのか?・・聞かねえ方がいいか。だったら、金じゃなくこっちを持っていきな。」
渡されたのは、パンが4個、店の売れ残りだろう袋に入った肉。
途中、市場の裏から野菜くずを拾い家に帰って来た。缶を貸してくれた仲間を入れて、その日、まともな食事を取る事が出来た。
「なあ、又行くのか?だったら、ウサギも良いぜ。鳴かないし、足をしっかり持っていれば暴れない。皮も売れるらしい。」
8月1日の夜、東の村にいたウサギを持ってきた。
しかし、肉屋の主人の反応が悪い。
「こんなのどうすんだ?皮?だれがなめすのだ。しょうが無いな。今日はこれだけだ。」
渡されたのは、パンが2個、店の売れ残りだろう袋に入った肉が少々。文句を言ったらもう買ってくれないだろう。それを受け取り、家に帰る。
この時、母は息をするのも苦しそうだった。作った食事を見ても、
「お前たちが食べるといい。腹は空いていなよ。」
二人で食べているが・・やせ細った母の姿が痛々しい。
8月2日・3日とうまくいったが、もう母はパンも食べれない。肉や野菜を噛む事も出来ない、肉のスープを少し呑み込むと横になり眠ってしまう。
そして、昨日の夜。騒がしい村の様子に驚きながら・・捕まってしまった。
寝込んでいる母が心配だったが・・もうスラム街へは戻れないだろう。
二人の話を聞いていると、愚弟と私だけで判断できない。明日、師匠に引き渡そう。
「あんたらの名は?」
報告するにしても、名前?知りませんでは師匠は納得しないだろう。
「名前?俺は『おまえ』、こっちは『あんた』と呼ばれていた。」
「お前たち、名前がないのか・・どうしようか?」
「アル、あんたがつけてやればいいわ。」
「僕が?・・・さて、どうしようか?・・・じゃぁ、シスターの神話から君が『アダム』、そして君が『イブ』でどうだい?」
「おれはどうでもいい。」
「あたいも。」
翌朝、大体の話を聞いたジャック師匠は、村長に報告する。
「この村に盗賊は、来なかった。迷惑をかけて悪かったな。」
泥だらけの二人を洗い、いらなくなった古着を集めて着せてやると、事情聴取だと一人ずつ御者台に座る様に言い渡していた。
二人をどうしようかとジャック師匠が悩んでいると、
「ジャック、この二人を預かってもいいかな。修道院を作るので、子供達を集めているのよ。」
反対する理由もないので、盗難被害処理も合わせてシスターに任せる事になった。
馬車は、順調に走って行くと思われた・・・
馬車が「北の村」に入ると、急に暗くなってきた。馬車を停め女の子を、中にいれると荷馬車に向かい着替えをやっている。どうも、本格的に降るようだ。
また走り始めて10分もしないで、鈍重な雲が落雷を引き連れて迫ってくる。
「これは酷くなるな。」
ジャック師匠の言葉に合わせる様に、巨大な雲海の下に入ると大粒の豪雨が馬車を襲う。
「これはダメだ、通り過ぎるまで待つしかない。」
そう言いながら、手綱を引き絞る。
一本の落雷が近くに落ちる。臆病な馬たちだが一応の訓練を受けている。ただ、その練度はそれぞれが違う。馬車4頭と荷馬車2頭、それぞれが不安と葛藤しているのだろう。その中の一頭、音と光に反応してしまった馬がいた。雷から逃げたいのか・・馬にしてみればホンの少しだが、先頭の馬が横に逃げた。
それまで緊張していた馬たちに、その1頭の不安が伝染する。ジャック師匠が手綱を操りなんとか鎮めようとするが・・一頭だけだが雷を避けようとすれば、それにつながる馬たちにも伝染して馬車が横移動を始める。
『ツゥゥ・・・』
カーリングのストーンの様に無抵抗で滑る・・道端迄来ると、
『・・ッ』
音もなく車輪が道からはみ出す。これで終わりではなかった、手綱を引いて馬車の位置を直そうとするが、馬たちは光と音にそれどころではない。
馬車は、そのままの勢いで滑っていく。
「シスター、これ不味いですよね。」
自重の重い馬車が次第に斜めになる。それにつれ、馬も横に押し出される。
次第に傾く馬車、それは馬たちをも引き寄せる。何とか落ち着かせようとジャック師匠の手綱が動く。
「まあ落ちつけ。もう、これ以上斜めにはならない。それに、あそこで雲も終わりだ。」
シスターの指指す馬車の窓から見える分厚い雷雲、その終わりが見えて来た。
「しかし、これは想定外だった。こんなに滑るとは思わなかった。」
馬車の後方、鏡面に仕上げた道はカーリングのシート。降った雨水が表面張力でスライム状態になり、至る所に出来ている。
「あまりやりたくないのだが・・・」
雨と雷が通り過ぎると、道側の扉を開け アルとロゼッタ、男の子と女の子、最後にシスターが出て来た。
「ジャック、悪いけどそのロッドを取ってくれないか。」
全身びしょ濡れのジャック師匠が、杖を屋根から引き抜いてシスターに渡す。着替えの為、御者と共に荷馬車の中へ入っていくと。
「アル。私はこれを調整しするから、馬車を元に戻しておいてくれないか。」
杖を片手に、馬車から離れていく。後ろの道で杖を振りなにやらやっている。
「これどうするの?車輪、畑にめり込んでいるよ。私達で持ち上げるの?」
確かに残った僕達では無理がある。しかし、この世には便利な魔法というものがある。
車輪は、畑の中。雨を含んだぬかるみに沈んでいる。
「風を吹き上げて、道に戻そうか。」
「ダメよ、馬車が泥だらけになるでしょ。」
「土からゴーレムを作って、運ばせる。」
「それもダメ。この土、泥でしょ。泥ゴーレムが馬車を持ち上げれる?」
「だとすると。」




