一年を迎えた君に
私が目を覚ましたのは、明け方だったようだ。いつもの部屋ではない場所で、青い清潔なカーテンからうっすらと外が明るくなっているのがわかった。
そうか、昨夜は明夫さんの部屋に泊まったんだったと思い出したのは隣で愛おしい寝顔を見たからだ。
恋人の明夫さんは、まだスースーと気持ちよさそうに寝息を立てて眠っている。私ももう少し眠ろうと、そっとそんな明夫さんに寄り添うようにくっついて目を閉じた。こうして大好きな明夫さんのぬくもりや香りを感じると、とても幸せな気持ちになった。
「ん…久美」
明夫さんがそう言って目を覚ましたのは、一時間後ぐらいだった。目を覚ましてすぐに名前を呼ばれるのはくすぐったい気持ちになる。
「ふふ、おはよう。明夫さん」
だからここにいるよって意味で、私は明夫さんに一瞬だけキスをした。明夫さんは驚いたように目をぱっちりと開けてから笑った。
「おはよう、久美」
今度は明夫さんからキスをくれる。とても甘くて幸せなキスを私達はベッドの上でした。
「一年、だな…」
「そうだね」
キスが終わると私達はそうつぶやいていた。ちょうど一年前の今日、明夫さんが店長をしていたカフェberryが閉店した。その日明夫さんから告白をされたから、今日で私達が付き合って一年ということになる。
「明夫さんから告白してくれなかったら、私は今も泣いていたかもしれない」
「それは嫌だな」
明夫さんは不意に真剣な表情になって、急に私を抱きしめた。ぎゅっと離さないように。
「明夫さん?」
「俺はもう、久美がいないとダメなんだ。あの日言って本当によかった」
何度も私の髪を撫でながら、明夫さんは一言一言噛み締めるように言ってくれた。
「ありがとう」
泣いてしまいそうになる程私は幸せで、明夫さんに深く感謝するのだった。
甘い時間を過ごしたから、私達が明夫さんの家を出たのはお昼前だった。
「…」
「明夫さん?」
お気に入りのイタリアンレストランでボロネーゼを食べながら、明夫さんはぼんやりとしていた。明夫さんと会話がなくても普段は気にならないのだが、なんだか今日は深く考え事をしているようで心配になる。
「え?」
「どうしたの?家を出てからなんかぼんやりしているし…」
「な、なんでもないよ」
明夫さんはそう言って食事を再開したが、ぎこちなさを感じる食事だった。
(もしかしたら疲れているのかな?最近お店が忙しいし…)
そう思いながらもなんだか聞けず、私も自分のパスタを食べた。
明夫さんの様子は少し変だったけれど、食事が終わった私達は明夫さんの白い車である場所へ向かった。それは一年前、berryがあった場所だった。
「あ…」
明夫さんが路上に車を停止させると、私は思わずそれだけ声をだした。かつて私が通ったberryがあった場所は、大手のコンビニエンスストアになっていた。話には聞いていたが、見るのはこれが初めてだった。
「やっぱり寂しい?」
「うん…」
私の背後でエンジンを止めた明夫さんに、私はberry跡地を見ながら頷いた。
「変わってしまうものばかりだな」
明夫さんがそう言ってため息をついた次の瞬間には、私は背中から明夫さんに抱きしめられていた。
「明夫さん?」
完全に二人きりではない場所で明夫さんがこんなことをするのは珍しくて、私は不思議に思った。同時にすごくドキドキする。
「でも変わらないものもある」
戸惑う私に気がつかないのか、明夫さんはいつもより甘い声で私の耳元で囁いた。
「今から一年前とほぼ同じ場所で、それ以上に勇気を出すよ?」
「それって…?」
さっきから明夫さんの意図がわからず、私は明夫さんの顔を見るために振り返った。
「…!?」
でも私はさらに驚いた。明夫さんは私に向かって小箱を差し出していた。黒い小箱でその中には輝く銀色の指輪が収められていた。指輪にはダイヤモンドらしき、決して小さくない石がついていた。
「明夫さん?」
「結婚しよう、久美」
真剣な顔で明夫さんはプロポーズの言葉を言ってくれた。そんな明夫さんと指輪が、嬉しい涙で良く見えなくて私は慌てて目を擦った。
「え?私でいいの?」
自然に出てきた言葉はそれだった。明夫さんみたいにかっこよくて若い店長の結婚相手が私でいいのだろうか?と思ってしまうのだった。
「今朝も言ったけど、俺は久美がいないともうダメなんだよ。それくらい久美は素敵な女性だよ」
「明夫さん…」
嬉しくて、私は自分から明夫さんに抱きついた。
「おっと…」
明夫さんは少し驚いたようだったけど、すぐにしっかりと受け止めてくれる。それは一年前には想像もできなかった喜びだ。
「久美は今年大学卒業だし、結婚式もしような?」
「うん!」
私達は抱き合いながら、そんな話をした。幸せな計画が出来上がっていくのが、本当に嬉しかった。