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蝶の鳴く山  作者: 春野わか
1/11

 平日の早朝という事もあって中央道は空いていた。

 諏訪湖を右手に眺め松川インターチェンジを降り大鹿方面に向かう。 


 長野県には山が多い。

 山梨県からずっと山ばかりだ。


 国道153号を北へ進みながら、一列に肩を並べた中央アルプス連峰、左には南アルプスの白い稜線が繋ぐ山々の青さに気分が高揚してくる。

 山のピークは空に溶け込み車内を通る風の冷たさが心地好い。


 雄大な景色からハンドルを握る手に視線を戻した途端、澄んだ空気で開かれた胸が閉じてしまった。

 深く切られた爪も手の甲にも、くすんだ生活の色が重ねられている。


 小渋湖畔を過ぎると朽ち掛けて蔦の這うトンネルが暗い口を開けていた。 

 目指すは開放的な山々ではなくトンネルの先にあった。

 正面に聳える低山は奥へ奥へと屏風のように折れ重なり、黒い木々と薄い霧のせいか隔絶して重く暗い。

 

 光に背を向けアクセルを踏む。

 

 色と言えば真っ赤な彼岸花が道標の田舎道に入ると、タイヤがジャリっと石の反発を食らい車体が跳ねた。

 

 山間にはポツポツと離れて民家の屋根が点在している。

 限界集落というべき人気の無さだ。

 外灯とて無く、闇の帳が下りれば漆黒の檻に囚われるだろう。

 しかし晴れた水色の空には鱗雲が掛かり、

陰りを帯びた山岳を除けば長閑な情景とも言えようか。

 百年過去に遡ったような風景。

 

 旅の友としてきたカーテレビを消し、タバコを咥えると火を点けて深く吸った。


 巨大な黒い手が靄々と伸びて、山が自分を呼んでいるように思えた。

 

 荒祭道真あらまつりみちまさは東京中野区在住、四十二歳で独身。

 旅行雑誌の編集部に所属していたが、今はフリーの紀行ライターとして活動している。


『これは友達から聞いた話しなんですが……』


 数日前、荒祭がパソコンを立ち上げ、趣味で投稿している旅の体験ブログのページを開くと、そんな書き出しから始まるメッセージが届いていた。

 件名も名前も記されていない。


 私的なブログは主に心霊、怪奇、不思議な伝承が伝わる地を訪れ、実際の体験を綴る内容となっていた。

 マニアにはそこそこウケて、体験談やマイナースポット情報がたまに提供される。

 そうした場所を訪れ、ブログにアップしてやれば読者に対する礼にもなる。


 今回寄せられた情報で目を惹いたのが不死原岳という峰に伝わる怪異な伝承だった。

 そもそも不死原岳を知らない。

 軽く検索すると数件ヒットした。


 日本の国土における山地の面積は約4分の3、加えて長野県には山が多い。

 不死原岳には奇怪な伝承が幾つもあるという。

 

 山村は殆んど限界集落と化して村民は自給自足の生活を送っているらしい。

 砦跡があり、戦国時代には殺戮が繰り広げられた。

 江戸時代には食い扶持を減らす為、老婆や赤ん坊、迷い込んだ旅人を殺し飢饉の飢えを凌いだという噂。

 大正時代には気が触れた者を山に追いやり座敷牢のある小屋に閉じ込めた。

 終戦後、傷痍軍人を冷遇し同じく死に追いやった。

 それらの霊が呼ぶらしい。


 そして、その山に入ると──


 最後の一文に目が釘付けになり、一語一語を追っていくうち、マウスを握る手が止まっていた。

 頭の中に巣食う日々の澱がストンと下まで落ちて外に抜けた気がした。

 要は腑に落ちたという事だ。


 それ以外の内容は良くあるネタだし、こうした伝承は何処にでもあるものだ。


 不死原岳の詳細な場所についてはメッセージの中に書かれていて長野県北西部にあるという。

 メッセージの内容に関連するワードを入れて検索してみる。

 類似した書き込みのある掲示板を見つけ数日間没頭したが、行動を起こすには至ら無かった。

 

 しかし前日、ふらりと立ち寄ったパチンコ店で十万円近く負けた。

 そんな些細な出来事が、スッと背中を押してくれたのかもしれない。

 





 

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