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朝焼色の悪魔-第4部-  作者: 黒木 燐
第1章 攪乱
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4.レッドへリング

 会議が終わって由利子たちが、会場から出ようと出口に向かっていた時、何者かから呼び止められた。二人がふり返ると、声の主はあの速馬だった。

「何の御用でしょう?」

 と、由利子が警戒しながら訊いた。速馬はいかにもな営業用スマイルを浮かべて答えた。

「今日はギルフォード先生は来られなかったのですか?」

「ええ、気になることがあると言って、SRI(科学捜査研究所)の方に行きましたけど?」

「おや、顧問の教授がこんな時にこういう場所に居ないとはどういうことでしょうか」

 速馬がここぞとばかりに言ったので、由利子が少し苛ついて答えようとした横で、紗弥が言った。

「教授は今朝の事件での感染死の異常さを、現場で発見された赤い結晶と関連付け、そちらの確認を優先したのです。教授はこの会議の欠席を届けておりますし、了解も得ていますわ」

 紗弥は美しい顔に微塵の笑みも浮かべず、まっすぐに速馬を見て言った。速馬はその彼女の眼の奥に敵意を感じとったのか、「そうですか」と肩をすくめながら言うと、そのままあっさりと立ち去った。

「じゃ、私たちも行きましょうか、由利子さん」

 紗弥はそういうとスタスタと歩き出した。由利子は紗弥の横に並ぶと痛快そうに言った。

「紗弥さん、すごい。あのイヤミ男に言い勝ったよ。今あいつの顔に縦線が見えたね」

「敵意には敵意で返しますわ」

 と、紗弥は表情を変えずに言った。そのいつもとは違った不穏な雰囲気に由利子は少し戸惑ったが、紗弥独特のジョークだと考えた。

「じゃ私、絶対に紗弥さんは敵に回さないことにするわ」

「そうしてください。私はそんな風に教育されて育ったのです」

「え?」

 軽い気持ちで言ったことに意外な返事が返ってきたので、由利子は驚いて紗弥を見た。しかし、紗弥はいつもと変わらない様子で歩いていた。

(やっぱり謎の多い人だな)

 由利子は思った。紗弥とギルフォードが単なる秘書と教授の関係ではないことは、由利子にも薄々感じていた。


 ギルフォードがF県警所属の科学捜査研究所の応接室で待っていると、所長の的矢信吉が手に写真を持ってやってきた。

「ギルフォード先生、お待たせしました。これが、今朝、嶽下友朗の部屋で発見されたものです。実物は現在解析中です」

「ありがとうございます」

 ギルフォードは写真を受け取り見ながら言った。 

「ずいぶんとキレイな結晶ですね。まるでルビーを砕いたみたいです」

「光に透かすともっと綺麗でしたよ。感対センターに搬送された後亡くなられた男性は、これを『シャンブロウ・シード』と言っていたそうです」

「なるほど。シャンブロウというと、C・L・ムーアの小説ノースウエスト・スミスシリーズに出てくる美しい姿をした怪物の名前ですね」

「そうらしいですな。うちの所員にSF小説マニアがいましてね、説明してもらいましたが吸血鬼みたいなモンスターですね」

「メデューサ伝説の元になった怪物いう設定でもありました」

「そうなんですか」

「猫っぽい顔で赤い肌をし美女の姿で、頭には深紅のターバンと体には深紅のぼろ布のようなものをまとったきわどい姿ですが、そのターバンも布も皮膚の一部らしいです。顔に眉毛もまつげもなく体毛もないので、ターバンも禿げ頭を隠しているのだと思っていたら実は元祖触手系の化物だったという」

「なんか身もふたもない言い様ですが」

「まあ、僕にはあまり魅力は感じませんケドね。どちらかというとスミスの相方のヤロールの方が……」

「え?」

「いえ、ケホケホ。日本では松本零士先生の挿絵で有名です。まつ毛ありましたが」

「ああ、その件はうちの所員も触れていましたが、彼女が言うにはあれも細い触手だったのではないかと」

「なるほど! まあ、話を戻すと、怪物とは知らずに『彼女』を連れ帰った者は、その触手に覆われて体液も精気もすべて吸い取られてしまうのですが、その時犠牲者はとんでもないエクスタシーの中にいて死ぬまで逃れられなくなってしまうそうです」

「なるほど。この深紅のドラッグにもそういう特性があるのでしょうな」

「なんにせよ、かなり危険なドラッグだと思います。こんなものが裏で流通しているのであれば、とんでもないことですよ」

「それで、急いで来られたのですか?」

「いえ。それより気になることがあるのです。今回、感染してから死亡までの期間が短すぎるのです。しかも、六人が六人とも劇症化を起こした可能性があります。しかし、センターに確認したところ、亡くなったタケシタさんとスギムラさんには例のインフルエンザに罹った記録がないと言うことでした。おそらく他の四人もそうでしょう。それで、劇症化の誘因となったものがこの結晶ではないかと思ったのです。しかし、何らかの抗体が入っていたとしても、1日2日で影響が出るとは思えません。他の可能性は、この結晶に免疫力を暴走させる何かがあるのではないかと言うことです」

「なるほど、この結晶が現場から見つかったのなら、可能性はありますね」

「はい。ですから……」

「わかりました。科捜研の威信にかけて、徹底的にこれを分析しましょう」

「良かった。荒唐無稽と一蹴されるかと心配していました」

「確かに平時であればそうしたかもしれませんが、現在既に、県下は荒唐無稽ともいうべき状況になっています。常識にこだわっていては肝心なことを見逃しかねませんからな。それに、ひょっとしたらサイキウイルスに対抗しうる発見があるかもしれません」

「よろしくお願いします」

 ギルフォードは、的矢所長が思いの外理解してくれたことにほっとしながら言った。

「ところで、これを売った売人の手掛かりはあるのでしょうか?」

「私共が知る限りの情報なのですが、マンションの防犯カメラにそれらしき人物は記録されていましたが、顔は用心深く帽子とマスクで隠しているようでした。多分、あなたの懐刀でも確認は無理でしょう」

「フトコロガタナとは、ユリコのことですか」

「名前までは存じ上げませんでしたが、あなたのところに顔探知機がいると言うことは、もはや警察内では有名ですから」

「ははは、今頃ユリコはくしゃみをしているかもしれません」

「よろしくお伝えください。しかし、顔はわかりませんが、その風体には独特の雰囲気がありましたから、国内に潜伏していれば、重要参考人として引っ張ることも可能でしょう。おそらく早晩の内に全国の警察に映像と共に手配書が配信されると思います」

「そいつが捕まれば、捜査が一気に進展するかもしれませんね」

「まあ、生きていれば、ですがね」

「口封じですか?」

「私がテロリストの幹部なら、そうしますね」

 的矢は軽く肩をすくめて言った。


「クション」

 由利子が軽くくしゃみをした。

「うう、誰か噂しているのかな」

「Bless you. 風邪じゃありませんの?」

 と、紗弥が少し心配そうに訊ねた。

「そうそう、アホは夏風邪を……って、風邪じゃないと思うよ。花粉か何かが浮遊しているのかも」

「今頃なら何の花粉でしょうね? あら、もうお昼ですわ」

「もう? 会議のせいで午前中の時間が早く経った様な気がするなあ」

「教授はまだ帰って来ないようですから、お昼ご飯にしましょうか?」

「賛成! でもその前に、お昼のニュースを見ようよ。朝の事件の続報があるかもしれんし」

「そうですわね」

 紗弥は相槌を打つと、リモコンを手にしてテレビをつけると、ちょうど正午のニュースのOPが終わったところだった。

「正午になりました。ニュースをお伝えします。まず、早朝、F県K市のマンションで複数の遺体が発見された事件です」

「うわ、全国放送でいきなりかよ」

 と由利子がつぶやいた。画面には問題のマンションがかなりぼかした映像で映っている。

「F県感染症対策センターより、サイキウイルス感染の可能性が濃いという見解が発表がされました。感染者六人のうち、四人が死亡した状態で発見され、二人が重体で感染症対策センターに収容されましたがうち一人の死亡が確認され、残った一人も以前厳しい状態が続いていると言うことです」

 アナウンサーが記事を読む間、防護服を着た救急隊員や警察官があわただしく動いている映像が映し出された。

「葛西君もこの中にいるのかなあ」

 由利子が画面を追いながら言った。

「多分あれですわ。画面の中ほどにある指揮車らしき車両の傍にいる方」

「ああ、そういえば背格好が葛西君っぽいね。じゃあ、その横の女性らしき警察官が早瀬隊長かな。でも防護服着てるのに良く見つけたね、紗弥さん」

「え? あら、どうしてでしょうね」

 由利子は紗弥が戸惑ったような様子で言ったので少し気になったが、すぐにニュースの方に気を取られていった。

「感対センターでは今回の集団感染死について、密室内での感染によるもので、これが感染爆発につながる可能性は低く感染者の所属する大学や高校の閉鎖はしないとしながらも、感染者の交友関係から、感染経路や新たな感染者の有無を調査する方針としています。では、次のニュースです。昨夜、N県沖で発見された国籍不明の……」

 サイキウイルス関連のニュースがとりあえず終わったので、由利子が紗弥の方を見て言った。

「死んだのは可哀相だけどさー、大学生と高校生が乱パで感染って、な~にやってんだろうねえ」

「ランパって何のことですの?」

「え~っと」

 由利子は紗弥の素朴な質問に面食らい、何と答えるべきか三十秒間悩んだのだった。


 葛西は九木と共に嶽下友朗が在籍していた大学のキャンパスに居た。もちろん友朗の交友関係やシャンブロウシードの購入ルートを調べるためだったが、学友たちの友朗についての評判は散々だった。「ろくに講義にも出ずに女の尻ばかり追いかけている」とほとんどの友人がそう答えた。もっとも、講義に関しては他の学生たちも多くが五十歩百歩だ思われた。九木はキャンパスのベンチにどっかと腰かけながら言った。

「なんなんだ、ここの学生は。ヤル気と言うものがまったく感じられないじゃないか」

「まあ、そういうトコなんですよね、ココは」

 呆れかえる九木に葛西が意味深な笑みを浮かべて言った。

「大卒と言う学歴を買うみたいなもんですよ。何かをしたいことや学びたいことがあって入ってるやつなんてほんの一握りでしょうね」

「まるで牧場じゃないか。嘆かわしいことだ。行きたくても行けない者だっているというのにな……。確固たる目的もないから目に力がない」

「そういうことですので、気を取り直して聞き込みを続けましょう。この後は杉村美優の高校へも行かないと」

「やれやれだな」

 九木は軽くため息をついて立ち上がった。


 その頃『ふっけい君』こと富田林博史巡査部長と相方の増岡宗一郎巡査は、N鉄道のO線A駅に向かっていた。そこの駅員から今朝サイキウイルス感染で死亡したと思われる嶽下友朗に関する情報の連絡を受けたからだ。


「そうそう、やっぱりそうだ。こいつですよ、女性に乱暴しようとして車内で捕まったとは。そうですよね、駅長」

 若い駅員は、富田林から渡された写真を見て言った。同意を求められた駅長も、躊躇せずに言った。

「確かにそうだな。このふてぶてしい顔は覚えているよ」 

「車内で捕まったって、ひょっとして電車内で女性を襲おうとしたってことですか」

「そうです」

「それは、節操がないというか、実にけしからん男ですな」

 富田林が眉を顰めながら言うと、横で増岡が憤った様子で同意した。

「まったくですよ。ふざけた野郎だ。許せませんね」

「それで、こいつはどうなりました?」

 富田林は増岡があらぬことを口走りそうな気がしたので、話の軌道修正をして訊ねた。すると、駅員に代わって駅長が説明を始めた。

 

「それで、その男は車掌に捕まって警察引渡しのためにこの駅に連れてこられたのですが、車内で反撃されて失神状だったんで……」

 それを聞いて、富田林は驚いて言った。

「反撃って、その女性がですか?」

「いえ、その女性が言うには、乗客の中に助けてくれた人が居たそうで……」

「で、その方は?」

「はい、本来なら表彰ものなんですが、女性が車掌を呼びに行った間に途中の無人駅で降りたということです」

「ほう、勇気のある上に謙虚な方ですな。今時珍しい」

「私たちは、その方を『通りすがりのサラリーマン』と呼んでます」

「しかし、嶽下がその件で警察に捕まったような記録はありませんが……」

「はい、それがですね、そいつ、途中から目を覚ましとったらしくて、気絶のふりして逃げる隙を狙っていたようなんですよ」

「狸寝入りしとったんですね」

 と、増岡が口をはさむ。

「そのようでして、わたくしどもが警察に連絡している間にがばと起き上がって、まさに脱兎のごとく逃げていってしまったんです。その時、顔をはっきりと見たんです。一瞬だったんですが、あまりにも印象的な出来事だったんで、そいつの顔も妙に印象に残っていて、今日のニュースで写真を見て、こいつは、と」

「で、その事件はいつ?」

「6月21日、金曜の夜……最終に近い時刻でした」

「6月21日? 何かあったような……」

 駅長の答えを聞いて富田林が首をかしげ確認しようと手帳を出そうとした時、増岡がスマートフォンを見ながら言った。

「トト、トンさん、ト、トンさん」

「トンさんはやめろ! しかも、焦りながら調子よくつっかえるな!」

「すみません、富田林さん。……その日はあの日ですよ」

「あのな、おまえ、もう少し日本語を……」

「そんなことはいいから! 6月21日ですよ! 蘭子を捕獲じゃない、保護したあと、斉藤孝治の立てこもり事件があって、その後に……」

「ああそうだ、俺はあのひどい状態の遺体を確認させられた……、そうか、あの妙に忙しかった日か!」

「駅長、被害者の女性は誰かわかりますか?」

 増岡が訊くと、駅長が少し自慢そうに言った。

「それなら記録にあります。それが、ちょっとした有名人ですから驚きますよ。なんと、めんたい放送の美波美咲だったんですよ」

 それを聞いて、二人の刑事が同時に驚いた。

「ええーーーっ!」

「あの、そこまで驚かなくても……」

 駅長が半笑いで言ったが、二人の刑事は鼻白んで顔を見合わせた。二人が、特に富田林が驚いたのも無理はない。なにせ、あの立てこもり事件で美波をウイルスから守ろうとしたのは富田林だったのだから。

「トンさん!」

「お、おう。警察沙汰になったのなら、ウチの方にも記録があるだろうし、とにかく上の判断を仰ごう」

 二人の緊張した雰囲気に駅長は少し不安そうに訊いた。

「あの、ひょっとして、大変なことが?」

「後程、連絡いたしますが、他言無用に願います。で、駅長、この事件についての調書のデータをコピーしてください」

「はい、わかりました」

 駅長は首をかしげながら、近くにいる駅員を呼んだ。


「線はつながったが、そんなこと有り得るのか? 感対センターでは感染の可能性はほとんどないだろうと隔離は見合わせたんだよな」

 車の中で富田林が腕組みをして言った。

「そうですよね。犯人の落下地点から若干離れていたことと、防護服を着た富田林さんがかばったのと、傘で防御したおかげで、飛沫を直に浴びた可能性はかなり低いだろうということだったし、念のため消毒とシャワーでしこたま除染された上に着るものも下着から総替えしたんですもんね」

「見えない敵だけに、始末が悪いぜ。とにかく本部に連絡しよう」

 富田林はそういうと、電話を手に取った。


 その頃、葛西たちも情報を得ていた。なんでも友朗のツイッターが一時期炎上していたというのだ。

「あいつ、ほんまもんのバカだからね、電車に美波美咲似を見つけたので今から仲良くなりに行くみたいなツィートをしてさ」

 友朗の友人が言った。

「あれ、マジ引いたよね。『美波美咲似を見つけたなう』『ソッコーでえっちしに行くなう』って、なう言いたいだけと違うんかと」

「今時『なう』とかどこかの大金持ち院長じゃないんだから」

「で、炎上して驚いたのか、一時間後にはアカウント取り消してさ」

「だって、あんまりバカなんで、おれ、拡散しちまったし」

「あ、私も」

「炎上するよね~」

 そう言いながら笑う友朗の友人連中を見て葛西は心の中で(おめーらも類友じゃねーか)と突っ込んだ。

 彼らと別れてから、九木が言った。

「おい、美波美咲と言えば……」

「はい。斉藤孝治の事件の時現場に忍び込んでいたテレビ局の記者です。蛇足を言えば、私とジュリー、いえ、キング先生をヘリで追いかけたのも彼女でした」

「彼女は君と富田林君が庇ってウイルスから護ったのだったな」

「はい。ですから、感染の可能性は低いとして全身の消毒後解放されたのですが……」

「だが、もし嶽下友朗のツィートの女性が本物の美波美咲だったとしたら……」

「感染元が彼女である可能性が出てきます」

「しかも、高い確率でな! これは、下手すりゃ祭りどころではなくなるぞ!」

「とりあえず、本部に連絡してから杉村美優の高校に行って聞き込みを続けましょう」

「では、車に戻るぞ!」

「はい!」

 葛西が答え、二人はすぐに駆け出した。


※リアルでは通常SRIと言う略称を使うことはないようですが、昔の特撮ドラマに因んで本小説内ではこの呼称を採用しました。

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