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大学から帰って来て、リビングに入ると夕飯を作っているトウマを見つけた。
「ただいまトウマ」
「おかえりなさい、一久さん」
荷物を置きに二階に上がり、ラフな部屋着に着替えてまたリビングに降りた。
「あ、一久さん」
「何?」
「あの、ちょっとお願いがあると言いますか…」
「何?買い物?」
「いえ、そうではなく…。あの…お婆ちゃんが、今うちにいるんですよ」
「うちっていうのは、トウマのアパートに?」
「そうです。それでお願いというのがですね…?」
「うん」
「お婆ちゃんが、一久さんに会いたいそうです…」
「え」
突然の紹介に驚く俺が、予想通りだったようでトウマは少し申し訳なさそうにしながら眉間に皺を寄せる。
「今から?」
「今からですね」
「今から!?…別にいいけど、どこ行けば良いの?ていうか何で俺?」
「ここに来るそうですけど、家には上げなくていいですから。あと、一久さんの話を私が一番してるからです」
「いや家には上げようよ…。何で俺の話をお婆ちゃんに一番してるの?」
「一番過ごしている時間が長いからに決まってるじゃないですか」
「なるほど確かに」
そんな話をしているとインターホンが鳴った。
カメラで確認するとご年配の人が凛とした姿で立っている。まさかとは思うが、この人が…
「お、お婆ちゃんです…」
どうやらこの人がトウマのお婆ちゃんらしい。
「と、とりあえず上げてくる」
「上げなくていいですから!」
玄関に小走りで向かい、戸を開けるとカメラで見る以上の迫力でトウマのお婆ちゃんが立っていた。
「どうも、當間 詠歌の祖母。當間 花代です」
「あ、どうもご丁寧に…。河橋一久です」
「お話はトウマからよく聞いています、一久さんには随分と良くしてくださっているとか」
「いいえぇ…あ、あの中とりあえずどうぞ」
「よろしいのですか?」
「もちろんです」
トウマのお婆ちゃん、花代さんを家の中に入れ、リビングに通すと台所で緊張した面持ちのトウマがいた。
「詠歌、ちゃんとお仕事をしているかい?」
「してるよ、今まさに仕事中じゃんか…。一久さん、何で入れるんですか、入れないでくださいって言ったじゃないですか」
「いや流石に外の立ち話は…お年寄りだし」
「詠歌、一久さんは私を気遣ってくれたのよ。責めるのはお門違いだわ」
「くっ…!やりにくい…」
あのトウマがとてもやりにくそうだ。見ていて面白いが、今は花代さんの相手をしなくては。
「あの、何かお茶でも飲みますか?」
「いえお気になさらず。詠歌、一久さんにお茶を出してあげなさいな」
「申し訳ないですが他人様のお家の茶葉を勝手に使うわけにはいきません」
「いいえ、ここにお湯の入った水筒と茶葉を持って来てあるので淹れなさいと言ったのです。一久さん、こちらつまらないものですが茶菓子とお茶です。お口に合えばよろしいのですが」
「あぁいえ!ありがとうございますお土産なんて頂いちゃって…」
俺も俺でこの年代の人と話す機会も早々無い上に、花代さんの圧力に負けてしまいそうになる。あちらは至って普通に接しているつもりなのだろうが。
「………………………」
「な、何か顔についてますか…?」
「いいえ、詠歌の言う通り大変良い性格の持ち主の様ですね」
「…俺がですか?」
「えぇ、いつも詠歌から話をよく聞いていますよ」
「ロクな話じゃない気がする…」
「最初、あの子に家事代行サービスの仕事をすると聞いて、危ないと思っていましたし、出来る筈がないと思っていました」
花代さんは彼女に厳しそうな態度を取りつつも、やはり孫に甘いのか家事代行サービスの仕事に就いている事を心配している様だ。
もしかしたら犯罪に発展するかもしれない年齢、心配するのは当たり前だ。
「環境に恵まれました、ありがとうございます」
「そんな事無いです、トウマ…詠歌さんが、サービス以上の事をしてくださっているおかげです。ありがとうと言うのであればむしろ、俺らの方です」
「とても優しい人ですね。…一久さんは恋人はいらっしゃるのですか?」
「え?あ、はい一応」
「そうですか…詠歌のお婿さんになってくだされば安泰でしたのに…」
「え!?」
「一久さん、冗談ですのであまり気にしないでください」
いつの間にか斜め後ろにお茶の乗ったお盆を持って、トウマが現れた。
「お婆ちゃん、あまり一久さんが困る冗談を言わない」
「分かっているわ、冗談じゃなければいいんでしょう?」
「冗談じゃない方が問題だわ…」
「えっと…詠歌さんは大変素晴らしい人格者なんですけど…」
「応じなくていいです一久さん、放っておいて下さい」
ダイニングテーブルで茶菓子とお茶をいただいた。花代さんが持ってきた茶菓子はとても美味しく、和のものが多い。
「思わず和菓子ばかり買ってきてしまったのですが、ケーキとかの方が良かったですか?」
「いえ、和菓子好きなんで嬉しいです」
「一久さん和菓子好きなんですか?」
「甘いものは嫌いじゃない。むしろ和菓子は甘さ控えめなものが多いから、こっちの方が好きかも」
三人でしばらく茶菓子を食べていると、珍しく早く帰って来た母がリビングで屯っている俺たちに驚いていた。
「え、何?誰?」
「お邪魔しております、當間詠歌の祖母の花代と申します」
「あ、そうなんですね。一久の母の美佳です」
「本日はいつもお世話になっている河橋さんたちにお礼とこれからもよろしくお願い申し上げに来ました。突然の訪問大変申し訳ありません」
「いいえ…。あ、茶菓子までお土産で頂いちゃって…」
そこから花代さんも加えて夕飯を食べた。
「それでは、私たちは帰ります」
「はい、お気をつけて」
「気を付けてね、トウマも」
「はーい」
玄関先まで見送りをし、遠ざかっていくトウマと花代さんの背中を見つめる。
「しっかりしたお婆ちゃんだね」
「だね、トウマがあんな風に育ったのも頷ける」
二人の顔が見えなくなり、俺たちも家の中に入った。
部屋に戻り、しばらく一人でベッドの上で漫画を読み更けていると電話が鳴った。画面を見ると『トウマ』の文字。スピーカーモードにして、携帯を耳に当てなくても良い様にしながら電話に出る。
「もしもし、どうした?忘れ物でもした?」
『いえ、ただ急にお婆ちゃんを連れてきてしまった事についてお詫びの電話をと思いまして…』
「あーそんな事?気にしなくても良かったのに」
『いえいえ、ほぼ押し入りみたいな感じになってしまって申し訳ありませんでした…』
「大丈夫だよ、花代さんの気持ちも分からなくもないし、むしろああやって無理やり来てくれないと、俺たちの所にトウマを預けていて大丈夫なのかどうか確かめられなかっただろうし。であれば花代さんの行動は正しかった」
『…やっぱり一久さんは優しすぎます、もう少し怒っていいんですよ?』
「怒る時は怒るさ、今回は怒る様な事じゃないだけ」
『なら、まぁ良いです。迷惑じゃなかったのなら、これ以上謝りません』
普段ほぼ完璧な仕事をしてくれるトウマがここまで申し訳なさそうに誤ってくるのは珍しいが、内容が内容だったので冗談を言ってふざける気にはならなかった。
通話を切ろうとしたその時、部屋に入って来た母がそれを止めた。
「一久、キャンプの日が明確に決まったんだけど」
「あーそうなの?いつ?」
「14~16日の二泊三日」
「へぇ、だってさトウマ」
『え、私は行かないですよ』
「あれ?トウマと電話してたの?」
トウマと電話していると知った母は俺の携帯を奪い、キャンプの誘いを彼女にし始めた。
「もしもしトウマ?トウマもキャンプ来ない?」
『え、キャンプはでも…プライベートな事なので』
「有給取れそうにないの?」
『いえ、有給は溜まってますけど…』
「じゃあ行こうよ一緒に。大丈夫、コテージだから思った程本格的なキャンプじゃないよ!」
『いえそういう意味じゃ…』
「じゃあ、そういう事だから!バイバイお休みー」
母は怒涛の勢いで話をして、通話は繋げたまま俺に携帯を渡して部屋から出ていった。
電話の奥で唖然としているであろうトウマに、そっと声をかける。
「悪いね、うちの母が」
『これでおあいこって事で良いですか?』
「多分あの人、下手に話を聞こうとしたら断られると思って流れで押し切ったんだと思う、本当に行きたくなかったら後日ちゃんと断っておきなよ」
『…別に、断る口実も理由もないんですけどね。ただ、部外者の私が行って大丈夫なのかなって話ですよ。お父様も来られるんでしょう?』
「まぁ帰って来るけど、親父にはトウマの話はしてあるし、行っちゃ駄目だと思ってるならわざわざ誘わないでしょ」
『分かりませんよ、日本語難しいんですから』
「あの人日本人じゃないから大丈夫だよ」
『フォローじゃないですよ今の。…まぁ、じゃあ考えておきます…というかお休み取れるか確認してみます』
「ん、じゃあそういう事で。じゃあね」
『おやすみなさい、一久さん』
「…そうだね、お休みトウマ」
俺たちはそう言い合って、互いに終了ボタンを押した。