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トウマと母と一緒に街へ買い物にやって来た。
母は久しぶりにトウマに会えた事が嬉しいのか腕を組んで歩き、トウマはトウマで嫌そうな顔をせず、むしろ彼氏の様な表情で母を甘やかしている。俺はそんな二人を後ろからボーっと見ながら目的地まで付いて行った。
「トウマぁ、どこまで行くの?今日暑いからあんま歩きたくないんだけど」
「もうすぐですよ」
「頑張れ根性なし~」
「ちっ」
トウマに引っ付く母にそんな暴言を吐かれながら、俺は静かにトウマたちの背中を追いかける。
俺必要だったか?正直母に頼めば母が服やら何やら買ってくれるんじゃないか?そんな別ルートについての思考が止めどなかったその時、トウマがようやく足を止めてあるお店に入っていった。
「何ここ?」
「スイーツ屋さんです」
「そりゃまぁ雰囲気で分かるけど、フルーツ臭がすごいんだけど」
「フルーツ専門店ですから」
「フルーツ専門店だったらスーパーの青果コーナーでいいじゃん」
「そんな正論を吐かせる為に連れて来た訳じゃないのでさっさと入りましょー」
トウマはさっさと店の中に入ったので、俺と母も次いで店の中に入っていった。
「ここにはよく来てるの?」
「いえ、初めて来ました。SNSで結構評判良かったので来たかったんですよ。あ、予約してた當間です」
店員さんが応対してくれて、用意された席に通された。
予約してたのか、結構楽しみにしていた様だ。しかし服を買いに来たとか言ってなかったか?
「トウマ、何がおすすめ?」
「そうですねぇ、私はフルーツいっぱいのパンケーキが気になって食べようと思うので…ロールケーキとかどうです?」
「良いね~。あ、タルトがある」
「フルーツと言えばですよねぇ」
「迷うなぁ」
「ですねぇ」
目の前でイチャイチャと、なぜか一つしかないメニュー表を二人で占領し俺は何を見るでもなくその光景を傍観するしかなかった。
「一久、あんたタルトにしなよ」
「決定権どころか選択権もないのか」
「美佳ちゃん、一久さんはどっちかって言うとロールケーキの方が…」
「あーそうなの?」
「いや、そこじゃないだろどう考えても」
結局押し切られて俺はタルトを頼む羽目になった。せめてもの選択肢として飲み物は自由に決めて良いというのでアイスコーヒーを頼ませてもらう。
頼み終えたら談笑をして待つことにするが、少し混んでるので時間がかかりそうな気がする。
「トウマ、お家と家事代行の仕事の両立は大変?」
「いえ、特にこれと言って。のびのびやらせて貰ってますけど?」
「そう?ほら、家庭の事情が事情だからさ…。お休みしたい時はおやすみしたいって言ってね?」
「はい、お気遣いありがとうございます」
「そこで変な遠慮する奴じゃないだろトウマは」
「分かんないでしょお、無理してるかもしれない。あんたより年下の女の子だし…」
年下の女の子だからってなんだ、トウマって人間は外面だけで分かる奴じゃない。付き合いは短いけどそれくらいは分かる。
「あ、電話だ。ちょっと外出るね」
「はーい。…料理来ちゃったらどうしましょう」
「混んでるしそんな早く来ないでしょ、アイスじゃないんだ、残しておける」
「それもそうですね」
トウマが軽く伸びをしながら、窓の外の人が歩いている姿を見つめている。
横顔だけ見ても、彼女はかっこいい顔をしていると思った。だから母の言う可愛いという言葉が、俺にはよく分からなかった。
「母さんが、トウマは可愛いって言っててさ」
「…なんですか急に」
「俺はそんな事無いだろって思ったんだよ」
「え?何ですか?」
「いやいや、悪口とかではなく。かっこいいって言葉の方が似合うだろって思っちゃってさ」
「かっこいい…?」
「そう、だからさっき俺は『お前が男じゃなくて良かった』って言ったんだよ」
「あーなるほど、あれはそういう意味ですか」
洗面所の時の話を思い出しながら、トウマはようやくあの時の俺の言葉に納得していた。
「かっこいいって言われたのは初めてですね、まぁ可愛いって言われたのも初めてですけど」
「そうなんだ、意外だね」
「言ってくれる友達がいませんでしたから。どうしました?笑う所ですよ」
愛想笑いでギリだった。
しばらくすると母親が戻ってきた。少し不満そうな顔をしている。
「どしたの?」
「さっきまでやってた仕事の話し合いで可決したんだけど、考え直しが必要になったからこの後仕事が入った」
「え~大丈夫なんですか?」
「これ食べたら家に帰らないといけない。はぁ…トウマとお買い物したかった…」
「また今度行きましょう」
「絶対ね」
その後でようやく頼んだものがやってきて、三人で甘いものを食べていった。
お昼を食べた後なのであまりガツガツ食べることは出来なかったが、美味しかったので満足。
店を出たら母は仕事なので、不満げに家に帰っていった。最後の最後まで不満を言いまくった挙句、俺らが送り出さないといけなくなってしまうほどに。
二人きりになったが、当初の目的である買い物がまだ済んでいなかったので、俺たちは服や雑貨が集まるビルの中へと入っていった。
「人が多いですね、流石休日」
「ここら辺はいつ行ったってこんな感じでしょ」
「そうなんですか?」
「トウマ、こういう人の多い所来なさそうだな」
「まぁ、かなり久しぶりに来ましたね」
二人で中を歩いていく。俺は少し視線を感じていたし、何人か若い女の子と目が合ったが、トウマはそんな事気付かずどんどん進んでいった。
「トウマ、よくナンパされたりしない?」
「ナンパって今どきする人いるんですか?ネットで拾った方が早いでしょ」
「そうかも知れないけどさ…。じゃあされないって事?」
「まぁナンパはされないですね。あ、でも…」
「でも?」
「痴漢はたまにされてましたね。高校の時ですけど」
「え…それ、大丈夫だったの…?」
「女子高生ならよくある話ですよ。それにたまにだったので」
「でも怖かったんじゃないの…?」
「怖いというか、キモイというか、私よりもっといいひと居たんじゃないか?とは思ってましたね」
「何でそんな思考に…。痴漢って本当にいるんだね」
「どっちかって言うと、痴漢じゃなくても痴漢って言ってしまえばこちらが勝てるので、人一人の人生を壊す発言力があるという重圧の方が怖かったですね」
「トウマらしい考えだね」
話していると、トウマが目的としていた店の前にやって来た。
「ここですね」
「…俺外で待ってるわ」
トウマがやってきたのは女性用下着専門店で、男の俺が入るのは少し気が引ける店だった。
彼氏でも旦那でもない俺が、トウマがこれからどんな下着を買うかとか知らない方が良いとも思い、彼女には外で待っている事を伝えた。
「別に気にしなくても良いですよ、周りの人もカップルかな?くらいにしか思わないでしょうし」
「いやいや、問題はそこじゃないでしょ」
「じゃあ何ですか?」
「良いから買って来て、あのベンチで待ってるから」
「じゃあ買ってきまーす」
俺はエスカレーター近くのベンチに座ってトウマの買い物を待った。
ただ待っているのも退屈なので、前を通っていく人々の靴をチラチラ見ながら時間を潰していると一人、俺の前に立って俺の方を向いているのが靴の向きで分かった。
「何してるの?一久」
「…久美じゃん」
俺の前に立っていたのは彼女の久美だった。
左手にはカフェで買ったのかクリームの乗った飲み物、右手にはスマホを持ってお洒落な格好をしている。
「こんなところで何してんの?」
「え?あー…買い物」
「買い物?一人で?」
「いや…母さんと。付き合わされてんだよ、荷物持ち。そっちは?」
一人で買い物に来ていると言えば久美は同行するように言ってくる気がしたので、咄嗟に母の買い物に付き合わされているという嘘を吐いた。
言いながらスマホでトウマに連絡を取る。何も知らずに俺の方へやって来たらややこしくなる。
「私は高校の友達と一緒に買い物。もう帰るけど」
「友達は?」
「あそこで待ってくれてるよ~」
柱の方で一人こちらの様子を伺っている女性が立っていた。俺たちが女性に目を向けると微笑みながら手を振って来る、愛想の良い子だ。
「あ、そう。じゃあ気を付けて買い物してよ」
「偶然会えたんだし、この後二人でどこか行こうよ」
「え、いやいや流石にそれは…そっちも友達待ってんだから早く行きなよ」
「もう帰るしあの子は。お母さんには彼女に誘われたって言えば分かってくれるって」
「えぇ…」
久美と俺の母は一回だけ家の前でばったり会って、そこで挨拶した程度の仲。
今日はトウマの買い物に付き合う日となってる。母ならまだしも、トウマには迎えに来てもらった恩がある、踏み倒すわけにはいかない。
ゴネる久美を断ろうとしていると、買い物を終えたトウマが久美の遠い後ろからサインを送ってきている事に気が付いた。
『携帯見てください』
自分の携帯を指さしながらそう伝えて来たので、携帯画面を久美に見えない様に確認した。
トウマからメッセージが来ており、その文面が
『先に帰っています。今日はもうお開きにしましょう』
とあった。
トウマは久美の姿を見た瞬間から今日の買い物を諦めた様だ。
俺も仕方がないので久美の方に付いて行こうと口を開きかけたその時、トウマの後姿が見えた。
そんな事は無いんだろうけど、どこか寂しそうに見えた。
「悪い、久美。今日は一緒に遊べない」
「何で?お母さんとの買い物なんていつでも…」
「家電とか、色々重いもの買うしそれに…久美とはいつでも遊べるだろ」
「え…」
「じゃあ、悪い。バイバイ」
これ以上ゴネられると折れそうなので、俺は早々に話を切り上げて人混みの中へ入っていき、トウマの後を追った。
ビルを出たバス停の列にトウマが並んでいるのを見つけた。
「トウマ!追いついた…」
「な…にしてるんですか一久さん。彼女さんは?」
「え?いや、断ったけど」
「何でですか、私はいいって伝えた筈です」
「いや流石にそういう訳にもいかんでしょ。俺の図々しいお願い聞いてもらっちゃってるし」
「そんなのいつでも良いですし、何だったら冗談みたいなものなんですから…」
「そうなの?でもまぁ来ちゃったし。買い物続けようよ、ちょっとお忍びみたいになるけど」
「知りませんからね、彼女さんに怒られてフラれても」
「そん時はそん時だよ」
時には彼女より友達を優先したい時もあるってことで。
そこから俺たちは買い物を続けた。もちろん、帰るとは言っていたが彼女がいるかも知れなかったので、少し周りを警戒しながらの買い物だったけど。




