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色が変わる瞬間を  作者: 粥
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「いらっしゃいませ」

「おはよう、夏人〜」


一久の店を手伝う日、朝10時のことだった。

店もまばらに人が入り出した頃、先日一緒に勉強会をしにきた夏乃がまたやってきた。

ニコニコと笑顔の夏乃と、そんな彼女を見て少し不快そうな真顔の夏人は、しばらく見つめ合っていた。


「…一名様ですか?」

「あくまで客扱いですか。せっかく遊びに来たのに」

「ありがとね、頼んでもないのに来てくれて」

「いえいえ〜。1人だよ、カウンター席が良いな」


言われるがまま、夏人は夏乃をカウンター席に通した。一応客としてもてなす気持ちはある様だ。


「メニュー表です、ご注文がお決まりになりましたらあちらの扉から出て行ってください」

「行くか!あとせめてコーヒーは持ち帰らせてよ!」


夏人のボケにも似た本音に突っ込みながら、カウンター席で向かい合いながら歓談を繰り広げる。


「何で来たの?」

「自転車だよ」

「方法を聞いてんじゃない、どうして来たのかって聞いてんの」

「夏休みの宿題、あらかたここで終わらせてしまおうかと思って。大丈夫大丈夫、邪魔しにきたわけじゃないから」

「えらいね、夏休みの宿題すぐにやるとか」

「だっていっぱい遊びたいじゃん。だから夏休み初めの方は遊びの予定とか入れてないんだ〜」

「ふーん」


それから、本当に夏乃は夏休みの宿題に集中して取り組み、夏人の邪魔する事なく宿題をどんどん終わらせていった。


お腹が空いてきて、何か食べようとメニュー表を開く。


「お腹空いたの?」

「うん、そろそろね。何食べようか迷うね〜」


夏人も暇そうで、メニュー表を見ている彼女に話しかけた。

一久の店の料理は基本的に一久が作るが、たまに夏人も作る。トウマからご飯の作り方を小さい頃から習っているし、今でもたまに夕飯の手伝いなどをするので、料理は作り慣れている。


「夏人〜おすすめある?」

「・・・サンドイッチ」

「サンドイッチ?挟んだだけじゃないの?」

「一応ソースとかが自家製だから、自信ある」

「ほんと?じゃあそれにしよー」

「飲みものおかわりは?」

「いる〜」


注文を受けた夏人は厨房の方へ歩いて行き、入れ替わりで一久が厨房から出てきた。


「あ、えーっと…夏乃ちゃん」

「どうも」


一久は夏乃の顔と名前を覚えていた様で、笑顔で接客してくれた。


「夏人に会いに来たの?」

「いやぁ、どちらかというと夏休みの宿題を終わらせに来たって感じですね〜。流石に仕事中に遊びに来ませんよ」

「そっかそっか。まぁ別に大して忙しくないから全然雑談して貰って構わないんだけどね」

「いつもこんな感じですか?」

「まぁ平日だしね」

「あ、そっか。休みなのは私たち学生くらいか」


そんな感じで雑談をしていると、一久がじっと見つめ始めた。


「…な、なんでしょう?」

「いや、それにしても夏人が夏乃ちゃんみたいなタイプと仲良くなるとは思わなかったなぁ」

「そうですか?」

「だからと言ってあいつがどんな奴と仲が良いか知らないんだけどな」

「お友達を連れて来たりとかしないんですか?」

「ないなぁ。俺の仕事仲間とかと普通に話したりすることが出来てるから、コミュニケーションに問題がある様な奴じゃないと思ってるんだけど」

「そうですね、クラスでも別に悪目立ちはしていませんから。それに話しかければ普通に話してくれます」

「話しかけなきゃ話さないのか。うちの妻に似てるな」

「お母さんはどんな方ですか?」

「基本何でも出来るな。家事からバイク弄りまで」

「それまた振れ幅の広い方ですね…」

「夏人もどちらかというと母親似だな。俺に似てんのは顔だけだ」

「確かに、お父さんほど気さくじゃないですね…。でも顔は似てると思います、かっこいいです」

「お、見る目あるねぇ。彼氏にどう?」

「えー奥さんいるじゃないですかぁ」

「俺じゃないよ、夏人だよ」

「あはは〜ぜひ〜」


冗談を交えつつ会話していると、夏人が夏乃のサンドイッチを持って厨房から出てきた。


「はい、サンドイッチとアイスコーヒー」

「わーいありがと〜。夏人が作ったの?」

「そうだけど」

「すごいね。美味しそう」

「そりゃどーも」


素っ気なく答えて、そのままカウンターの定位置に戻った。


「んー!美味しい美味しい!」

「分かったって」


夏人は鬱陶しそうにしながらも、内心少し嬉しそうにしてグラスの片付けをしに行ってしまった。

その場にはサンドイッチを頬張る夏乃と一久だけになった。


「コーヒーも美味しい!」

「ブラックで行くんだ、苦いの平気?」

「私甘過ぎるの好きじゃないです。コーヒーは基本ブラックですね」

「へぇ、それ夏人が淹れたんだよ。美味しいでしょ」

「夏人はすごいなぁ、将来はこの店継ぐんですか?」

「さぁね〜継いでもらいたいけど、他に好きなこと出来たらそっち行ってもらってかまわないんだけど」

「いい父親ですねぇ」

「夏人とさ、仲良くしてやってよ」

「・・・・・・・・・・」


突然一久からお願いをされて驚く夏乃。

思わず進んでいたサンドイッチを食べる手も止まる。


「母親似って言ったでしょ?母親は何でも出来る人だったけど、1人でも平気な為に何でも出来る様になったって感じだからさ。夏人もそういう考えが根本にある子だから。一人でも平気に育ってしまってんだよな」

「なるほど…」

「だから、もし良かったら…」

「私は、夏人がお気に入りです。他の人とは違う、気楽に接することができる。男女の関係にならずに済む。そういうところが友達として好きです」


夏乃は一久を真っ直ぐ見つめてそう言った。その目を見れば彼女が本気で言ってることはすぐに分かる。


「ありがとう、夏乃ちゃんにならうちの夏人を安心して預けられるな」

「僕は保育園児じゃないんだけど」

「うおっ!?いつからいたの?」

「今」


一久は夏人と入れ替わりで厨房の方へ戻っていった。

その後ろ姿はまるで夏人から逃げている様に見える。


「父さんから余計なこと言われた?」

「夏人をよろしくだって」

「あっそ、よろしくしなくていいから」

「頼まれちゃったら断れないなぁ」

「本人が構わないって言ってるんだけど?」

「まぁまぁ、照れないでよ」

「照れてないし」


そこから夏乃は自分の宿題に集中して進めていき、時計の短針が3を過ぎた頃、彼女の宿題は無事終了した。


「宿題終わり〜あー疲れた」

「お疲れ」

「ありがと〜ありがと〜応援してくれた皆さんのおかげです〜」

「誰も応援はしてないけど」

「夏人バイトまだ終わらないの?」

「16時上がりだから」

「そっかぁ、じゃあ待ってよ〜っと」

「やること終わったら帰ればいいじゃん」

「せっかく友達と夏休みに会えたんだよ?宿題も終わらせたし、どっか行こうよ」

「友達?どっか行こう?」

「全部疑問に思う?」


結局夏乃は夏人のバイトが終わる16時まで残り、夏人と一緒に一久の店を出た。


「終わったね〜お疲れ様〜」

「ありがと」

「じゃあどこ行こうか、私買いたいものあるんだけど」

「あ、本当に行くんだ」

「行くよ!嘘だと思ってたの?」

「冗談だと思ってた」

「冗談じゃないよ全く。さて、じゃあバス停行きますか」

「バイト終わりはゆっくりしたかった」

「私が来た時点で諦めるべきだったね」


二人はバス停まで歩き、やがて数分後にやって来たバスに乗り込み、大きな街を目指した。

やってきた街は地元民が大体買い物に来るならここ。と、口を揃えて言う街だった。電気屋、雑貨店、飲食店、服屋など、多くの店が立ち並び、若者からお年寄りまで多くの人間が闊歩している大変賑やかな場所である。


「人混みあまり好きじゃない」

「迷子になりそうなら手繋ぐ?」

「迷子の方がいい」

「どんだけ嫌なん」


まぁいいや、と言って夏乃は大きな電気屋さんの店に入って行った。

計7階までフロアがあり、電気屋さんとは言っても5階辺りから服屋があったり、雑貨屋があったりする。


「ヘッドホンがね、欲しいんだ」

「ふーん」

「夏人詳しい?こういう…オーディオ機器って言うの?」

「詳しいかって言われたらそんなことはないけど、まぁ結構高いの使ってるとは思うよ」

「ほんと?因みにどんなやつ?」

「僕のはヘッドホンじゃなくてイヤホンだから」

「ヘッドホンは買ったことない?」

「でもイヤホン出してるところは大抵ヘッドホンも出してるから。これ、僕が使ってるやつ」


話しながら自分が使っているメーカーのイヤホンを探し出して夏乃に教えてあげた。


「あんま聞いたことないメーカーだね」

「まぁ、あまり目立ってはないかな」

「どれどれ…うわっ!高っ!すごい良いの使ってるじゃん」

「自分でも引くほど良いの買ったなぁと思う」

「これは…流石に…」

「別にこれだけじゃないから、他のやつ買いなよ」

「でも夏人とおそろいが良かったなぁ」

「欲しいのヘッドホンでしょ」

「メーカーお揃いじゃん」

「お揃いの範囲広」


流石に予算オーバーだったし、そこまで音楽にのめり込みたい訳ではなかった夏乃は他のメーカーのヘッドホンを買うことにした。


「そもそも欲しいのはヘッドホンな訳で」

「別にこっちは何も言ってないけど」

「これとかどう?みんな使ってない?」

「大学生が使ってるイメージ」

「だよね、私もそのイメージある。カラーバリエーション豊富なのがいいよね」

「ヘッドホンって耳痛くならない?」

「そんな長時間聴いてないよ」

「あそ」


そもそもの価値観にズレがあるようだ。

夏人は一人でいる時大抵音楽を聴いており、外界の音はシャットアウトしている。自分の殻に籠るタイプ。

対して夏乃は一人の時でも音楽を聴いてなくて良いタイプ。


「だったら別にわざわざ買わなくても良くない?」

「ヘッドホンは今やファッションの一つだよ。おしゃれおしゃれ」

「そんなことはないでしょ」

「まぁでも私も好きなアーティストの曲は良い音質で聴きたいと言う願望もあるんですよ」

「ふーん、じゃあさっさと買って帰ろうよ」

「せっかく夏人と来たし、夏人の好きな色のやつ買おうかな。何色が好き?」

百入茶ももしおちゃ

「何それ、何色?」

「なんか何とも言えない色」


結局夏乃は青色を買った。理由は、夏人の


「似合うと思うよー」


というテキトーな言葉から。

しかし彼女は嬉しそうに袋に入ったヘッドホンを抱き締めていた。


「そんなに欲しかったんだね」

「ん?なにが?」

「ヘッドホン。そんなに嬉しそうにしてる人初めて見た」

「んーまぁヘッドホンも欲しかったって言うのもあるけど、夏人が選んでくれたからさ」


普通の男なら、夏乃レベルの美人にそんなことをこんな態度で言われれば大抵惚れるはず。

しかし夏人は夏乃がそう言うことを何も考えず、誰に対しても言う人間だと分かっているので、全く気にしていない様子だった。


「夏人は青色好き?」

「別に。僕の持ってるもので青色はないかな」

「えー!じゃあなんで青色が良いって言ったの?」

「何も考えてなかったからだと思うよ」

「何だヨォー、夏人が好きな色とかじゃなかったのかぁ。ちなみに何色が好きなの?」

「白黒」

「あー…まさにだね」


夏人の今着ている服も白黒。

ハズレのない色なだけに、夏人っぽいと思ってしまった夏乃だった。


「まぁでもいいや、色味なんておまけみたいなもんだし」

「おしゃれで買ってた人がよく言う」

「ところでこの後暇?プリクラでも取りに行こうよ、記念に」

「この後友達と遊ぶから忙しい」

「そんな嘘つかなくて大丈夫だよ?疲れて帰りたいなら言って」

「いや、そう言う意味で言ったんじゃないから。本当に友達と待ち合わせしてるだけだから」


優しい言葉を不条理にかけられて、少し不機嫌になる夏人だった。


「待ち合わせ?どこで?」

「ここだけど」


そんな話をしていると、通行人の一人が夏人に声をかけた。


「夏さん、お待たせしましたー。…そちらの方は?」


そこにいたのはショートヘアで同い年くらいの女の子だった。

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