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色が変わる瞬間を  作者: 粥
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書き足しがあったのに、それを書かずに投稿してしまいました。

大した書き足しではないですが、投稿しなおしました。

一久の店の二階にある休憩室で、夏人と夏乃のちょっとした勉強会が始まり、19時少し前に、終わろうとしていた。


「いやぁ~疲れた~。にしても随分進んだねぇ化学。私にしては」

「お疲れ」

「夏人は?できたぁ?」

「出来たと言えば出来た」

「そかそか。じゃあ今回の勉強会はめでたく終了~。遊び行こ!」

「何で?」

「勉強会が終わったら普通遊ぶでしょ」

「遊ぶなら試験が終わってから」

「じゃあ…」

「まぁ試験が終わっても僕と美吉さんが遊ぶことはないんだけど」

「…私まだ何も言ってないんですけど~」


夏人に先回りで拒まれて、夏乃は少し不機嫌そうに机に突っ伏した。


「行こうよぉ~遊びに~」

「何でそんなに遊びに行きたい?」

「楽しいからさーそんなの決まってんじゃん」

「遊ぶ相手が僕でも?」

「そうだよ。夏人面白いじゃん」

「…そんなの初めて言われた」

「夏人の『初めて』いただき~」

「変な言い方しないで」


そろそろ19時になりそうだったので、二人は店から出るため一階に降りる。

一階の店の中を通る事になるのだが、もう既に客層は30代、40代の人が多くなっており、一久の姿はそこになく、代わりに右腕に刺青の入った男性がそこにいた。


「夏、久しぶり」

「お久しぶりです、たつさん」

「彼女?」

「違います、ただのクラスメイトです」

「友達です」

「へぇ」

「友達じゃないです」


仕事の邪魔にならない様にさっさと店から出ると、夏乃が夏人にバーのマスターの話を尋ねた。


「ねぇねぇ、あのいかつい人誰?」

「父さんの知り合いで、バーのマスター。僕も小さい頃から遊んでもらってた」

「へぇ~。なんか意外だね、ああいうタイプの人と知り合いになるなんて」

「別になろうとして知り合いになったわけじゃないけど」


夏乃が自転車に跨った時、夏人も当たり前の様に荷台に座り込んだ。しかも横向きに。


「家までよろしく」

「家何処?」

「案内するからとりあえず真っ直ぐ」

「はいよー」


夏乃はもう自分が自転車を漕ぐ方であることにあまり疑問を感じなくなっていた。

もう7月、十分暑くなっている頃、風を切りながら自転車を漕いでいく。


「暑いねー」

「………………………」

「明日も天気かなー?」

「………………………」

「夏休み何するか決めてるー?」

「その当たり障りのない質問何」

「いやいや、場を盛り上げないとなぁと思ってさ」

「無理やり盛り上げないといけないなら一緒に勉強会しようなんて言わなければ良かったんだ」

「だって男子と遊んだら、大概あっちが盛り上げてくれるんだもーん」

「へぇ、良かったね」

「私と遊んでて気まずい?」

「気まずくはないかな」

「そうなの?気まずくないんだ…意外だなぁ」

「退屈なだけ」

「退屈なんかーい。そっかそっかぁ、いつか夏人に楽しいって思わせないとなぁ」

「別に僕にこだわる必要ないでしょ」


夏乃なら友達や、話しかけてくれる人はいくらでもいる。

何故夏人なのか、彼自身にはよく分からずにいた。


「夏人の家はここから近い?」

「自転車なら近いかな」

「あの店にも自転車で行く感じ?」

「まぁ」

「あの店良いよね、私行きつけにしよーかな」

「お好きに」

「行く時はもちろん夏人も一緒だけど?」

「……なんで?」

「そりゃあ入りやすいからでしょ」


自分の為か、と思いながら彼女らしいとも思う夏人だった。



「そこ右曲がったらすぐ」

「はいー…よっと」


家の表札に「市橋」の文字を見つけ、夏乃はその家の前で止まった。


「ご苦労様」

「うん」

「…じゃ、バイバイ」

「何で?」

「何が?」

「普通ここで家に上げるけどなぁ」

「それこそ何で?」

「男子は基本、そうやって私を口説き落とそうとするけど」

「口説き落としたい時にそうするよ」

「期待してる」

「相手が美吉さんとは言ってない」

「あはははっ」


夏乃はケラケラ笑った。とても楽しそうに。

夏人はそんな彼女の笑い声が収まるまで、ジッと見つめて待っている。彼のその目はトウマにとてもよく似ている。


「夏人といると安心できるよ、男女の関係にならなくて済む」

「そ」

「私さぁ、嫌味じゃなく凄いモテるんだよね」

「嫌味じゃない、ね」


夏人の反芻にまた彼女の口角は上がる。


「顔だけ見れば整ってる方じゃん?スタイルだって悪くない、ていうか良いって言われる様に努力してる。でも、何故か寄ってくるのは相手にしたって面白くない人たちばかり」

「贅沢な悩み」

「確かに、でも仕方なくない?私だって選ぶ権利はある、そうでしょ?」

「そうだね」

「いつか本気で好きになれる人が現れた時、その時に恥ずかしくない自分でいたいんだ、私」


思いの外本心を語り過ぎてしまった事を恥ずかしく思った夏乃は、その後はぐらかす様に笑った。


「ふふっ、ごめんっ。こんな事言われてもって感じだよね」

「いや…」

「………………………?」

「素晴らしい価値観だと思うよ。『本当に好きな人の為に恥ずかしくない自分で』、初めて美吉さんに共感する」

「…ありがとう…」


まさか夏人からそんな言葉が聞けるとは思っていなかった夏乃は、驚いて呆けた表情を見せながら、お礼の言葉が自然と口から洩れた。


「じゃ、バイバイ」

「あ、うん。また学校で。…あ、あのさ夏人!」

「………………………?」


玄関の戸に手をかけたところで、夏乃は夏人を呼び止め、彼もその声に振り返る。


「試験終わったら、夏休みじゃん?」

「そうだね」

「そしたらさ…どっか遊びに行ってみない?」

「…遊びに?」

「うん、二人きりで」


何で?と聞くための言葉が喉までせり上がって来たけれど、彼女の顔を見てそれは腹の奥底まで落ちていった。


「…別にいいけど、楽しいかな」

「楽しいよ。楽しい、きっと」

「分かった、空いてる日が分かったら伝える」

「ありがとう。じゃあまた明日学校で」


リビングに入ると、既に仕事を終えて帰って来た一久とトウマが談笑していた。


「ただいま」

「お帰り。夏人、今日女の子とお店来たんだって?」

「もう話したの?」


冷蔵庫からお茶を取り出しながら、夏人が一久の方を見た。

カウンターに前のめりに寄りかかっている一久は、夏人の言葉に肩を竦める。


「…まぁ、そうだよ」

「へぇ、可愛い?」

「別に。普通じゃない?」

「可愛いかったよ、流石俺の息子。よくあんな美人と知り合った」

「へぇ、可愛いんだ?」

「だから、そんなことないって」


強いて言うなら万人受けする顔だと、一人で勝手に思った夏人だった。


「父さん、そういえば夏休みに店の手伝いするって話。アレ、日にち決まった?」

「ん?あー決まったけど、本当に良いの?俺が勝手に決めた日で」

「別にいいよ、お小遣い欲しいし。特に予定ないし」


実は夏人は一久の店を、夏休みの間だけ手伝う事になっていた。

中学の頃から毎年手伝いをしていて、高校一年生の夏休みも手伝う事にしているらしい。

先程夏休み中空いている日を教えて欲しいと言われた夏人は、一久からシフト表の様なものを受け取って確認をしておいた。


「何、夏乃ちゃんとどっか行くの?」

「夏乃ちゃん?」

「夏人が今日連れてきた女の子の名前、丁寧に自己紹介してくれたの」

「ふぅん」


夏人がシフト表を確認している横で、一久とトウマが会話している。

ある程度日にちを把握したら、紙を折りたたんでカバンの中にしまった。


「で、どうなの?どっか出掛けんの?」

「うん。なんかどっか行こうってアバウトな誘いを」

「おいおい~夏人も隅に置けないねぇ。隅に置いたことなんて一度もないけど」

「どっか遊びにとか言ってたけど、どこ行く気だろ」

「あっちから誘われたんだ?」

「うん。きっと出かけたら楽しい筈だとか言われて、無駄にハードルが上がって嫌なんだけど」

「夏にしては、結構頑張って沈黙の時間を作るまいとお喋りしたの?」


一久の質問に対して夏人は首を振る。


「むしろその逆、あっちが頑張って僕と話そうとしてる」

「じゃあ大して気張る必要はないさ、そのままの夏人を面白いと、楽しいと言ってくれる子なら大丈夫」

「まぁ、最初から気張ったりする気はないけど」


大したことない人だった、そう思われたらそう思われたで構わずいつも通り学校生活を送る事だろう。夏人とは、他人に期待しない男なのだ。



次の日、学校に向かい教室に入ると夏乃が嬉しそうな顔で出迎えてきた。


そんな彼女を見た夏人は、彼女を珍しく可愛いと感じる。

という事はなく、いつもの様に淡々とした反応を見せた。


「おはよー夏人」

「おはよ、はいこれ」


夏人は例のシフト表を夏乃に渡し、夏休みに遊ぶ日を決めさせることにした。


「なるほど、お父さんのお仕事を手伝うんだね」

「そう。とりあえず、何も書いていない空欄は休みだから」

「おっけー分かった。私の予定と照らし合わせて遊べる日を見つけてみるよ」

「遊べる日が無かったら言って」

「え、調整してくれるの?」

「いや、買い物とか別の予定を入れられるから」

「絶対見つけてみせる!」


結局、夏人の空いている日と夏乃が空いている日は結構あったらしい。


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