20
次の日の朝。
俺の目は自動で覚め、いつもよりも清々しく朝を迎えることが出来た。
部屋の窓を開けてみると、奥には山、その下には畑が広がり、既に畑作業をしている人たちが見えた。
「一久さーん…あ、もう起きてましたか」
「うん」
「眠れなかったですか?」
「いや、睡眠時間はしっかり取れたよ。まぁ単純に目覚めが良かっただけだと思う」
「そうでしたか。朝食を作りました、一緒に食べませんか?」
「うん、頂きます」
トウマと一緒に居間に行くと、既に起きていた花代さんと春義さんがトウマの作った朝ご飯を食べていた。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはようございます。一久さん」
二人ともいつから起きていたのか知らないが、明らかに寝起きの顔じゃなかった。洗面所で顔を洗わせてもらった後、トウマが作ったサンドイッチを食べる。
「詠歌のご飯は美味しいだろう?」
「ええ、もちろん」
「お爺ちゃん、一久さんは毎日私の作ったご飯を食べてるから」
「なんだそうだったのか」
「おかげさまで」
「一久さんはコーヒー淹れるの上手いんだよ」
「ほう、そうなんですか?」
俺のコーヒーが作るのが上手いという情報に一番反応したのはトウマの祖母、花代さんだった。
「お婆ちゃんはコーヒー結構好きなんです。たまにコーヒーミルを使って挽いてます」
「手動のコーヒーミルですか、本格的ですね」
「この歳になると疲れて面倒になりますけどね」
「もしよろしければ挽いて淹れましょうか?」
「良いんですか?」
「もちろん、泊めてくれたお礼の一つとして…」
「一久さん私の分もお願いします」
「全員分作るよ」
「僕のはミルク入れてね」
花代さんのコーヒーミルを使って4人分のコーヒーを淹れ始めた。
初めて手動のコーヒーミルを使ったが、自動の楽さを知ることが出来た良い機会だった。
「うん、美味しい」
「相変わらず美味しいですね」
「すごい美味いなぁ」
「ありがとうございまーす」
しばらく4人でコーヒーの味を楽しんだ後、花火大会になる午後七時まで何をしようかと悩んでいると、春義さんが一つ暇つぶしを提案してくれた。
「ちょっと庭の手入れを手伝ってくれない?」
「お爺ちゃん、一久さん別にお手伝いしに来てるんじゃないんだよ」
「そうですよ、お客さんに何をさせるつもりですか」
「大丈夫ですよ、手伝います。何もせずご飯頂いて布団用意してもらったりするのも些か心苦しいので」
「もぉ…」
トウマは庭の手入れの手伝いをするギリギリまで申し訳なさそうにしていたが、俺は暑い夏の日差しの中、春義さんと一緒に庭に出た。
一応夜は涼しかったけど、やはり日中は暑い。
まず庭にある梅の木の剪定作業から始めた。
「ちょっと右、そうそう。そのピロっと出てるやつ」
「よっと…」
「おけ~じゃあ次は…」
俺が脚立と剪定用のハサミを使って小枝を切っていき、春義さんは遠目から見て全体のバランスを見て指示を出していた。
「お茶ですよー二人とも」
「お、じゃあ一旦休憩」
トウマが氷の入った麦茶を持ってきてくれた。カランカランとガラス製のコップに当たって、心地よい音が縁側に響く。
「じゃ、私はお昼の準備でもしてきます。出来上がったら呼びますね」
「はーい、よろしく」
「お爺ちゃん、暑いんだから無茶しないで、無茶させないでね」
「はいはい」
それだけ言ってトウマが台所の方まで歩いて行ってしまった。
二人きりになり、依然として氷がグラスを鳴らす音だけが響く。
「トウマの両親の事は聞いてるのかな」
「ええ、まあ」
ほぼ無理やり聞いた感じになってしまった事は黙っておく。
「別に花火が見たいってだけの理由でここまでキミを連れて来た訳じゃないんだ。今日がね、トウマの両親の命日なんだよ」
「今日…でしたか」
「感情があまり表情に出てこない子だったけど、一久君の話をしている時はとても楽しそうに見えるんだ。あんな詠歌は久しぶりに見た」
「そんな事は…」
「一久君、ありがとう」
そう言って春義さんは頭を下げた。
俺は恐縮してすぐに頭を上げる様にお願いをする。
「やめてください。俺だけのおかげじゃ…」
「そうかもしれない、けれど一久君がほとんどなんだ」
春義さんは嬉しそうに笑う。
子供は亡くなり、孫は都会の知らない家の家事代行で仕事をしている。
そんな立場じゃなくても少しでも分かる、心配で毎日気が気でないだろう。
「俺が…俺たちが、もし春義さんと花代さんの心配事を少しでも緩和出来ていたなら…幸いです」
「うん、ありがとう。花代共々、キミにお礼を言うよ」
春義さんはまた一度だけ頭を下げてくれた。
俺はただ、トウマと楽しく過ごしていただけなのに。
お昼ご飯を食べ、間借りした部屋で荷物の整理をしているとトウマが部屋に訪ねてきた。
「一久さん、今空いてますか?」
「うん、まぁ」
「…ちょっと出かけませんか?散歩みたいな」
「お墓参り?」
「…何でそれ…あ、お爺ちゃんですか」
「うん。あ、でも別に無理やり聞いたんじゃないよ。話の流れで…」
「分かってますよ。えっと、どれくらいで行けますか?」
「もう行けるよ、行こうか」
「ありがとうございます」
花代さんと春義さんに一言言った後、俺たちは燦々と太陽が照り付ける中、トウマの両親のいる所へ向かう。
「すみません、徒歩で向かいたいとか我儘言っちゃって」
「良いよ、トウマの地元ゆっくり歩きたかったし」
「ありがとうございます」
ゆっくり歩いている内にトウマが小学生の頃ハマった側溝の話、いつも通っていた駄菓子屋、帰りにいつか届くだろうとジャンプしていた道端に生えていた木の話、色々話している内にあっという間に墓所、というか寺に着いた。
「広いね」
「ええ、土地は有り余ってるので。さぁ、行きましょう」
木桶と手酌、箒を持ってトウマの両親のお墓の前にやって来た。
当たり前だが、本当に亡くなっていた。話だけは聞いていたから亡くなっているのは知っていたけど、いざ実際にお墓を目の前にすると、一気に現実が襲ってきた。
これをトウマは中学の時から味わっていたのかと思うと、何とも言えない。
「あ、もぉ~食べ物お供えするなら絶対持ち帰ってって言ってるのに~…」
「………………………」
もう大してダメージは無い様で、春義さんが忘れていったお供え物に怒っていた。
トウマと二人、墓前で手を合わせながら目をつぶる。
お参りを終わらせ、帰りがけに何を伝えていたのか聞いてみた。神様へのお願いじゃないんだ、別に聞いても罰は当たるまい。
「何をご両親に伝えてたの?」
「一久さんの事、美佳ちゃんの事、今の仕事の事、楽しかった事色々ですね」
「ずいぶん時間がかかってたのはそういう事」
「まぁ、ここ最近でたくさん伝えたい事が出来ましたからね。花火大会のついでに寄るには良い理由でした」
「嘘つけ、ほんとはこっちがメインのくせに」
「ノーコメントですよ」
恐らくトウマは花火大会に俺と行きたかったのではなく、俺の事を両親に紹介して見たかったのかもしれない。
楽しくやっているから心配するな、そう伝えに俺を誘ったんだと思う。
出なければ義理堅いこの子が、花火大会のついでに寄るわけがない。
「19時になったら、またあの場所に戻りますよ」
「え、何で?肝試し?」
「違いますよ、まぁ理由は後で嫌でも分かりますよ」
家に着き、また藤間家の色々なお手伝いをしている内に約束19時になっていた。
妙な小包を持ったトウマが、俺を誘ってまた寺に連れて来る。
「それ何?」
「これですか?」
小包に何が入っているのか気になり、道中尋ねてみた。
「これは団子です。先ほど買って来ました」
「団子かぁ、何かと思った」
「良い時間ですからね、小腹が空くでしょう」
「屋台とか出てないんだよね」
「そりゃあ墓所ですから。屋台なら神社の方に並んでますよ」
「人が多そうだ」
「そうですね、花火も見えるので尚更。なのでここは…」
トウマが足を止めた。暗くて分からなかったがもう日中に来た寺の前に着いていた。
「穴場なわけですよ」
「…出来ればもっと活気あふれる明るい場所が良かったけどね」
「明るくなりますよ、花火が上がれば」
火花で明るくなるという意味なのだろうが、それにしても無理があると思う。
藤間家之墓と彫られた墓の前。外灯がすぐ近くにあるおかげで、俺たちがいる場所は比較的明るい。
「もうそろそろですね」
「お、ほんと…」
俺の言葉の途中でドーンという音が頭上で怒った。
「え、近っ!」
思いの外目の前で花火が打たれ、びっくりして墓所にそぐわない大きな声を出してしまったが、またすぐ打たれた次の花火の音で消される。
「だから言ったでしょう、穴場だって」
「すげぇ…」
「あの花火はここから見える様に打たれているそうです。だから花火が見える方向に木は植えない、そう考えると面白いですよね」
「お盆で帰って来てる先祖たちを楽しませる…」
「お花見ですね、夏の」
開いた口が塞がらずに、ずっと夜空を見上げている。トウマはもう何度も見て慣れてしまっているのか、団子片手にお茶を啜りながら眺めている。けれど目は離さずにいた。
「………………………」
「………………………」
「トウマぁ、俺さぁ!」
「はい?」
花火の音で消されない様に、大きな声で話す。
「俺…ずっとトウマと一緒に居たい!」
「………………………」
「トウマのうちでの仕事が終わってもさぁ!ずっとずっと一緒にいてさ!毎年毎年ここ来て、トウマと花火見てたい!」
「それは…どういう意味ですか」
トウマのその言葉で何発も打たれていた花火が静まった。
彼女の方へ向いて、ハッキリ目を見て伝える。
「トウマが好きだから、大好きだから一緒に居ようって意味」
「………………………」
「一生の誓いを、ご両親の前で立てさせて欲しい」
トウマは一言も発さなかった。
頬を赤く染めて、そして何度も首を縦に振っただけだった。
それからまた大きな花火が上がる。その数分後に花火大会は終わり、俺たちは静かな夜の中を二人で歩いた。
「初めてだ、女の子に自分から告白したの」
「わぁ、初めてもらっちゃいましたね。でもまさか両親の前で告白されるとは思ってなかったです」
「いやごめん…なんか舞い上がっちゃって」
「良いですよ別に、むしろあそこしかないってくらいに思えます。今なら」
「なんか今でもドキドキしてる…」
「それはまぁ…私もです」
二人夜の中を歩きながら、一本一本絡めた指は、トウマの祖父母の家まで解くことはしなかった。
さて、これからの話をどうしようかと思っています。
この後一話だけ書いて完結するか、二人が付き合った後の話を書くか色々と模索中ではあります。
確定した情報を流せないのは、とても心苦しい限りです。
書き始めた頃は涼しかった日本も、今では30度を超える猛暑日の続く真夏。学生さんたちは夏休みに入ったところでしょうか。
夏休み中のほんの暇つぶしに読んだ人の、背中の一つや二つでも押せたなら、
この話を書いた意味もあるというものです。
二人が付き合うまでのゆる~い会話の応酬を、今まで読んでくれた方々に今一度、
お礼の言葉を送らせてください。
ありがとうございました。




