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色が変わる瞬間を  作者: 粥
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トウマのストーカー被害の件も一段落し、ようやく日常が始まった気がする。

ただ少し変わった事があるとすれば、トウマの物理的距離が近くなったという事だ。


「一久さん、お昼ごはん何が良いですか?」


ソファに寝転がって携帯を弄っていた俺に、トウマは今日のお昼を何にするか聞いてきた。

俺の顔のすぐ近くにしゃがんで聞いている。なので、俺が横を向けば大分至近距離にお互いの顔が向かい合うことになった。


「えっと…パスタ?」

「何パスタが良いですか?」

「何が良いかなぁ…ボンゴレ?」

「アサリが無いです…買って来ますか?」

「いやそこまでしなくていいや。じゃあミートソースで」

「それなら出来ます、それでいいんですか?」

「お願い」


トウマは俺の注文を聞いてから微笑み、キッチンの方に向かってしまった。

その後ろ姿を眺めながら、俺はトウマが来た当初の事を思い出してみる。



来た当初の彼女はとても不愛想で、今見たような優しい笑顔を向ける様な人間ではないと思っていた。それこそ従業員と雇い主の関係。それは俺に限った話じゃなく、トウマを溺愛している母にもトウマは質素な付き合いをしていた。


しかし、今は泊まり込みの家族旅行に行ったり、映画に誘ったり、夜中ドライブに行ったりするくらいの仲になっている。

人生何が起こるか分からないなぁと、ありきたりな事を思ってしまった。


キッチンの方からパスタを作る良い匂いが流れてきた。美味しそうな匂いにお腹を空かせる準備をしていく。


昼ご飯が出来上がり、俺とトウマは一緒に膝突き合せてダイニングにて昼ご飯のパスタを食べ始める。やがて食べ終わり、食後のコーヒーを淹れたのでゆっくり飲んでいた。


「もうそろそろ夏休みも終わりかぁ」

「そうなんですか」

「うん。トウマと一日中一緒にいる時間も無くなるね」

「バイトが無い日くらいじゃないですか。一日中居た時間もトータル的に見れば一日中一緒に居た時間もあまりないですよ」

「そうかな」


トウマの顔下半分が、カップのせいで見えない。視線は横に行っており、何かを見ているわけじゃなさそう。


「花火大会…」

「ん?」

「花火大会、行きたいです…」


突然トウマが夏祭りに行きたいと言い出した。いつもハキハキ喋るのに、恥ずかしそうに少し俯きながらも、心配そうに俺の方に視線だけを寄せていた。


「花火大会?そんなのここら辺でやってんの?」

「いえ、祖父母の所で…」

「あぁ、なるほど」

「ここから新幹線で1時間半ほどですね。お金もかかる事なので…」

「いいよ、行くよ。どうせなら良い宿取りたいよねぇ」

「あ、泊まる場所なんですけど…うちの祖父母の家があります。もしよろしければそちらへ…」

「それは…あっちが良いなら」

「じゃあそうしましょう。お婆ちゃんもそうしろと言っていたので」


花代さんがいるのかぁ、まぁいるよな。圧が強いから、何も悪いことしてないし、何もキツい事言ってないのに説教されてる気分になってしまうのを思い出した。

まぁ、友好的なのはうれしいけど。


「因みにいつ行くの?」

「今月の一久さんのバイトのシフト、三日ほど休んでいる時がありましたよね」

「あぁ…あったね」


元カノと一緒に旅行に行こうと空けておいた日にちだ。

こうしてトウマと二人で旅行(帰省)に出来たから、無駄にならなくてよかったということなのかな。


「その日にちで行きたいんですけど、空いてますか?」

「空いてるよ」

「では、その日に。出発は私の仕事が終わってからなので、夕方からになるんですけど良いですか?」

「良いよ。どうせその日も外出しないだろうし」


そんな約束をして、俺はトウマのお婆ちゃん家の所で毎年行われる花火大会に行くことになった。

二人きりで泊まり込みの旅行は初めてなので、なんだか特別な感じがする。




トウマと約束した旅行の日になった。仕事が終わった夕方ごろ、トウマと荷物を持って最寄り駅に向かう。


「新幹線で一時間ってそれなりに遠いね」

「そう…ですかね」

「そうでもないか。夕飯は駅弁で良いんだっけ」

「はい、おススメがあります」

「ホント?」

「はい。なので一久さんは私がいつも食べている弁当を、私は新規開拓します」

「ちゃっかり俺を使おうとするな」


新幹線が出てる駅は栄えている都心の街にあるので、帰宅ラッシュの今の時間だと都心行きの電車はガラガラだった。


「久しぶりにこんな時間にこの方面の電車に乗ったかも」

「誰かと飲みに行く時に乗らないんですか?」

「大体飲む前から遊ぼうってなるからなぁ」

「なるほど。それで深夜に私を呼び出すわけですか」

「その節は本当に申し訳ございません」


チケットはすでにトウマとネットで予約をしていて、手続きだけ済ませたら後は駅の中で時間になるのを待つだけだった。なので今から新幹線の中で食べる弁当を買いに行くことにした。


「で、トウマのお勧めってどれ」

「これです」


トウマがおすすめしてくれたお弁当は栄養バランスが整った見た目綺麗なお弁当だった。


「なんか…肉料理が良かった」

「駄目ですよ、一久さん今日野菜あまり取ってないので」

「えー…」

「まぁまぁ美味しいですから」


トウマのお弁当の方が肉の量が多かったり、間食としてお菓子は何を買おうかという話題で盛り上がりまくり、最終的に新幹線に乗るのがギリギリになってしまった。

新幹線に乗り込んだ後自分たちの席に向かう。


「窓際の席の方が良いですか?」

「いや子供じゃないんだから…。別にお互いの席に座ればいいじゃん」

「一久さん後からうるさいから」

「言ったことあるか?一度でもそんな小規模な文句」


やがて車掌のアナウンスが流れ、新幹線は発車した。

車窓から流れる景色はもう夕日が落ち、空が暗くなって街の明かりが灯り始めていた。

この時間、夜と昼の狭間の様な時間帯が何か不思議な気持ちにさせてくれる。


「私、この昼と夜の間みたいな時間帯結構好きなんですよね」

「………………………」

「なんですか?」


俺と全く同じことを言っているトウマを思わずジッと見つめ、トウマはジッと見つめられていることに不思議そうな顔をして見つめ返していた。


「いや…同じこと思ってたから…」

「あぁ…そうなんですか」

「少し面白かったってだけ」


そんないつも通りの会話を新幹線の中でも繰り広げながら、俺たちはトウマの祖父母の家に向かう。

二人きりの旅行とか多少の緊張を抱いていたが、結局いつもリビングで繰り広げている会話をしているだけだな。



一時間少し過ぎ、新幹線が停車したので俺たちは駅に降り立った。


「ここからどれくらい?」

「車で20分ってところですかね」

「車で?タクシー使う気?」

「いえ、祖母が迎えに来ています」


駅のホームから駅前のロータリーに向かうとトウマの祖母、花代さんが車で迎えに来てくれていた。

二人で急いで車に乗り込み、運転席の花代さんに挨拶をする。


「お久しぶりです花代さん、お迎え頂いてありがとうございます」

「お久しぶりです一久さん。詠歌の我儘に付き合ってくれてありがとうございます」

「いえ、トウマ…詠歌さんのお願いなら」

「積もる話は後にして、とりあえず家に帰ろうお婆ちゃん」


トウマがそう言ったので、花代さんは車を走らせ家へと向かった。



15分でトウマの祖父母の家に到着した。

荷物を持ちながら降車し、トウマの祖父が玄関前で待っていてくれた。


「お久しぶりです、詠歌さんのお爺さん」

春義はるよしと言うんだよ、名乗り忘れてたね前回は」


春義さん、花代さんの家は二人で住んでいるにしてはとても大きな和風の家だった。日本家屋という言葉がよく似合う家で、思わず庭に池でもあるんじゃないかと勘繰ってしまう。


「立派なお家ですね」

「河橋さんのお宅も立派でしたよ、うちにはないものがたくさんありました」

「父の趣味です」

「ところで今日は何をしに来たんだい?」

「あなた、詠歌の話を聞いていなかったの?花火大会に来るために帰って来たんですよ」

「で、どうせなら一久さんも連れて来たかったので連れて来たって話」

「はぁ~なるほど。てっきり結婚の報告をしに来たのかと…」

「気が早いですよ」

「気が早いっていうかそもそもそんな関係にもなってないし…」

(祖父母どちらかが揃うとトウマが大変そうだなぁ…)


しばらく話した後、藤間家内にある部屋の一つを使わせてもらい、俺はそこで寝る事にした。


「トウマは部屋あんの?」

「ここは元々私の家なんですけど」

「いや、こう立派だと気ぃ抜いたら旅館に見えて来ちゃって…」

「そんな大きい家じゃないですよ、地主でもないんですから」

「地主って家デカいよなぁ」

「地主ですからねぇ。もういいですか?私お風呂入って来て」


もちろん承諾して、お風呂に向かうトウマの背を一人寂しく眺めた。

因みに花火大会は明日だったらしく、今日行くのか?とか考えていた俺の気持ちは杞憂に終わった。



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