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色が変わる瞬間を  作者: 粥
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トウマの見たい映画を見に行く日になった、つまり土曜になった。

バイトから上がった俺は一度家に帰り、待ち合わせの時間丁度に最寄り駅に着く様に家を出た。

駅でトウマと合流してから映画館のある駅に向かう。待ち合わせの時間より少し早めに着いたので目立つところで待っていると、


『横断歩道渡ったら着きます』


トウマからそんなメッセージが入った。そのメッセージで大体どこにいるのかが分かった。思ったより早かったな。


「お待たせしました」

「ん、行こう」


トウマの服装はいつもと変わらない。逆に外に出掛ける様な服でいつも家事代行の仕事してるという事。汚れとか気にしないのかと思い尋ねてみると、


「そもそも汚れない様に家事するので」


と、かっこいい返事が返ってきた。これ以上聞くと男の俺の立つ瀬が無くなりそうだったからその話はそこで終わった。


「ところで、大丈夫ですか?バイト終わりで」

「そんなハードなバイト先じゃないし、大丈夫だよ」

「一久さん、バイト先何処でしたっけ」

「チェーンの喫茶店」

「喫茶店でしたか、似合いますね」

「コーヒーに携わる仕事したいしね」

「一久さん、いるだけで貢献してそうですね」

「そんなことはないでしょ…」

「もしかしたら一久さん目当ての客も来てたりして…?」

「ないよ」


トウマの戯言に半ばの気持ちで返事しつつ、電車に乗り込む。

都心方面にも映画館はあるが、逆方向にある映画館に向かう。そちらの方が落ち着いているし、近い。


「映画はよく行きますか?」

「いや、行かないかなぁ。見たいなぁとか思っても、いつの間にか終わってるし。トウマは?」

「私も聞いた割にそこまで行きませんけど、見に行くなら大体この時間です」

「どうして?」

「今夕方で明るいじゃないですか。でも映画館出た頃には真っ暗になってるんです、その感覚が少し面白くて。それに、小さい子とかもいませんし」

「子供苦手?」

「苦手じゃないですけど、映画館には向いてないですよね」

「まぁね」


小さいお子さんが観る様な映画を見たことが無いから、あまりその手の迷惑をかけられたことはなく、想像でしか語れないが大体合っているはずだ。



電車に揺られること15分ほどで、目的の駅に辿り着いた。

自動ドアが開き映画館に入ると、キャラメルポップコーンの匂いがする。音の一切しない全面絨毯の床は、足音で映画鑑賞中の人の邪魔をしない様に、という配慮が伺える。


「映画中にポップコーンは食べる派ですか?」

「実は食べる派」

「実は?」

「元カノが嫌がる人だった。まぁ、絶対食べたいわけじゃなかったから別段苦ではなかったけど」

「じゃあ買いましょう、今日は私と来てるので」

「そうだね」


トウマと一緒に上映前にポップコーンと飲み物のセットを買うことにする。

俺は塩味の上にバターをかけたもの、トウマはキャラメル味にしていた。


「塩と迷いましたが、一久さんが潮にしたのでキャラメルにしました」

「という事はシェアって事か」

「そういう事になります」


言いながらトウマは俺のポップコーンから一摘み取って口の頬張った。上の方にあるバターの乗ったポップコーンだ、一番美味しいところ。


「美味しいです、私も塩バターにしておけば良かったかもしれません」

「別に俺の食っていいって」

「では一久さんもどうぞ」

「いただきます」


トウマの方からも一つキャラメル味を貰った。俺もキャラメル味にしておけば良かったと思ったが、結局一緒に食べるのだから変わらないと思った。


「そろそろ上映時間ですね、行きましょう」

「ん」


余程観たかったのだろう、やけに張り切っているように見える。

楽しそうにしているトウマは珍しい。と同時に、いつも退屈な思いをさせてしまっているという事に、少し罪悪感を覚えた。多分本人は特に何も考えていないんだろうけど。


「事前に予約しておいたので、良い席が取れたんです」

「すごいね、真ん中じゃん」

「こうやって足もかけられますよ」


トウマはその席にだけある仕切り様の鉄柵に足をかけて嬉しそうだったが、行儀が悪いのでやめさせた。



しばらくすると上映され、およそ2時間と少しで映画は終わった。

何となくで着いてきたから、あまり映画には集中せずにトウマの楽しそうな顔が見られるかと思っていたが、思いの外内容が面白く、トウマの顔は一切見ずに終わった。


「すごい面白かった」

「でしょう!?見に来てよかったです…」


トウマはまだ映画の余韻に浸っているのか、もう何も映っていないスクリーンを見つめていた。

通路に出るまでの座席に誰もいなくなったことを確認した後、俺たちはようやく外へ出る。


映画館から出るとすでに外は真っ暗で、駅前を歩く人も疎らだった。


「ポップコーン食ってて忘れてたけど、夕飯食ってないや」

「え、そうだったんですか?」

「トウマは食ったの?」

「食べて来ました。今日はこの後すぐ帰る予定だったので」

「そっか、じゃあ帰りのコンビニかどこかで飯買うかな」


そういう事で俺はテキトーに夕飯を済ませようとした。すると、


「……あの、私の家で夕飯食べますか?」


トウマがそんな提案をしてきた。


「飯、あんの?」

「あるっていうか、作れば…」

「今から作るの?それ手間じゃない?」

「別に、今日付き合ってくれたお礼です。…何か食べたいものがあったら別に…」

「いや、トウマの飯が食えるならそっちの方が良いかな」

「……!じゃあ…家行きましょう」


コンビニでテキトーに買おうとしていた夕飯は、トウマの作った夕飯に変わった。



トウマの部屋に入るのは初めてだ。

中は殺風景で、必要なものだけが詰め込まれている、そんな感じの部屋だった。


「なんか、面白くないね。この部屋」

「私は生まれてこの方、入っただけで笑える様な部屋は見たことありません」

「いや、そういう笑える面白さじゃなくてさ…。まぁいいや」


娯楽はテレビくらいな気がする。


「チャーハンが作れそうです、あと先程の残りの肉じゃが…」

「美味しそう、それが良い」

「分かりました、出来るまでテキトーに寛いでてください」

「テレビつけていい?」

「どうぞ」


トウマはもうチャーハンを作るために集中し、こちらは一瞥もしなかった。

野菜を切る音や調味料を用意する音を聞きながらテレビを見ていること15分ほどで、目の前のテーブルに一人分のチャーハンと肉じゃが、サラダと飲み物が置かれた。


「出来ました」

「ありがと、頂きます」

「召し上がれ」


目の前に置いてある料理を食べる俺を、真横から体育座りで眺めてるトウマ。畳んだ膝に小さい顔を乗せて、じっと見つめてくる。


「美味しいですか?」

「トウマの作る飯が不味かった時なんかないよ。美味しい」

「そうですか、なら良かったです」

「何で急にそんな事聞いてきたの?」

「私の作ったご飯を目の前で食べられる事って意外と珍しいので」

「あ、そっか。いつも作り置きみたいな感じで帰っちゃうもんね」

「なので、直に聞けるなぁって思ったんです」

「そっか、美味しいよ。すごく」

「んふふふ…やったぁ」


その時だけ、一歳年下の女の子みたいな反応で喜んだトウマ。それを素直に可愛いと思った。

トウマが家事代行に来てくれた当初は、というより最近までは、トウマの事一切女の子として見てこなかったけど…最近のトウマはなんというか、女の子に見える。


「仕事を除けば、家族以外の誰かの為にご飯作ったの…初めてでした」

「へぇ、彼氏とかに…あ、出来たことないんだっけ」

「このタイミングで思い出すのは悪意あると思います」

「ごめんね、思い出すタイミングは自分で決められないんだ」

「思い出しても言わないっていう選択は自分で出来ますけどね」


そんな話をしている間に、トウマの作った夕飯はすべて俺の腹中に納まった。

ノンカフェインのインスタントコーヒーなら淹れられると言うので、アイスでトウマの言葉に甘えて食後のコーヒーを頂く。


「美味しいね、このインスタントコーヒー」

「美味しいですよね、トイレも近くなりませんし。ご飯美味しかったですか?」

「何回聞くのよ…」


トウマは横で少し物足りなそうな顔をしている。そっと俺の方に頭を向けているようにも見える。

ふと、もしかしたらと思い、俺はトウマの頭に手を置いた。


「…撫でていい?」

「………………………(コクリ)」


トウマが頷いてくれるのを確認した後、彼女の小さい頭を撫でた。

撫でるたびに良い匂いがする。


「もうお風呂入ったの?」

「入ってないです。…においますか?」

「んーん、逆」

「ホントですか?大したもの使ってないんですけど…」

「そうなの?」


トウマと俺が座っている場所はトウマの使っているベッドを背もたれにしている状態で、トウマは撫でられて気持ちが良いのかベッドにもたれ掛かりながら俺の方を向いている。


「一久さん撫でるの上手いですねぇ…」

「別にそんな事無いだろうけど」

「ドッグトレーナー向いてますよ」

「撫でるのが仕事じゃないんだよあの人たちは」


やがて撫でるのをやめると、トウマがまた物足りなさそうな顔をしてこちらを見てくる。


「これ以上撫でてるとハゲちゃうぞ」

「ハゲないですぅ~」


トウマの柔らかい頬を親指で軽く撫でると、トウマは目を閉じて、目を閉じた彼女のまつ毛を軽く摘まんだ。


「まつ毛長、なんかやってんの?」

「やってないです、地毛です」

「地毛。すご~」

「くすぐったいんで離してください」


言われてまつ毛を摘まむのをやめ、しばらくしてから家に戻った。

その帰りがけ、玄関でストーカーについて少しだけ話した。


「あ、そうだトウマ。今後しばらく、トウマはうちに泊まることになったから」

「え?なん…でですか?」

「もうトウマの家はバレてるはずだから、しばらく泊まって。もしその間に見つけたら、警察に電話して捕まえてもらおう」

「…分かりました…でも、くれぐれも立ち向かったりしないでくださいね…」

「分かってるよ」


という事で、トウマのストーカー被害が収まるまでうちで泊まってもらうことになった。


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