13
キャンプ三日目は昼頃にキャンプ場を出た。帰りがけに近くを観光したり、アウトレットに寄りたいらしい。
「じゃあ帰りますか。の前に、アウトレットとか寄ろー」
「その前に昼ご飯食べよう」
「昼何が良い?」
「蕎麦」
俺の意見でお昼ご飯は蕎麦になった。みんな久しぶりの麺類な様なので反対意見や不満はないようだ。
アウトレットに向かうまでの道のりに、良い雰囲気の蕎麦屋を見つけたそうなので、そこに向かう。
「蕎麦ですか、久しぶりに食べますね」
「そうなの?」
「はい、一久さんにもあまり作りませんでしたね。蕎麦は好きですか?」
「好きだよ。そういえばお昼ご飯にも作ってもらったことなかったね。…え、生地から作れるの?」
「まさか、さすがにスーパーに売ってる茹でるだけで出来るやつでご用意しますよ」
「だよね…」
「ただ、うどんはいけます」
「やっぱりいけた~」
トウマならと思っていたが、やっぱりうどんなら生地から作れるのか。
そんな話をしている内に蕎麦屋に着いた。
裏には大きな池があり、鯉や亀が泳いでいる。畳の席に通されて、冷房が点いているわけでもないのに、とても涼しく感じた。
「風鈴、良い音ですね」
「うん、涼しさが一層引き立つね」
「一久さん、何にしますか?」
トウマが二つある内のメニュー表を俺も一緒に見られるようにしてくれた。
「ざるそばかなぁ」
「私はとろろそばにします」
「夏で熱い蕎麦食べるの?」
「いえ、冷たいのも選べるみたいですよ。一久さんこそ、天ぷらとか付けなくて良いんですか?」
「蕎麦はあっさり食べるものでしょ?」
「蕎麦屋で出てくる天ぷらそんなギトギトしてないと思いますけどね」
注文したら意外にすぐ来てくれて、俺たちはすぐに蕎麦を平らげてアウトレットに向かった。欲しいものがあるのか、母は誰よりも楽しみにしていた。
待望のアウトレットパークに到着した。
満車になることはあるのかと問いたくなるほど大きな駐車場に車を停め、アウトレットの入り口に向かう。
「一久さん、なんか川がありますよ人工の川が」
「子供が遊ぶようじゃない?サンダルで入ってる子がいるし」
入口に行くまでの間に明らかに人工感の強い川があり、そこでは小さい子供がキャッキャッと楽しそうな声を上げながらその川の中で戯れている。
「アウトレットパークってただ買い物の出来る大きな建物があるだけだと思ってました」
「まぁ、土地が広いからね。こういうサービスもあって良いでしょ」
「なるほど」
トウマはまだ無理をすると捻挫した足が悪化するかもしれないという事で、俺の肩に軽く体重をかける様に歩いている。
「すみませんね、重いですか?」
「重いわけないでしょ」
そのまま歩いていくとようやくアウトレットの入り口に到着し、そうするとかなりの人が闊歩していた。
アウトレットパーク自体は屋外にある、日中で山もそれほど近くないので、直射日光に当たり続けるとやはり暑い。
「私、テキトーにベンチでも探してそこにいますよ。一久さんは買い物でも行って来て下さい」
「何で?」
「こんな暑い中私にベタベタされてたら嫌になりますよ」
「別に店ん中は涼しいんだからいいじゃん」
「でも外も歩きますよね」
「そりゃまぁね」
「だったら色々一久さんが回った後に私の買い物に付き合ってください、私は私でもう買うものは決まってるので」
「………………………」
もう何だか説得するのも面倒くさくなってきた。
なのでトウマの手を握ってそのまま店を回ることにする。
「い、一久さん!私待ってますって!」
「うるさい、足が痛いとか知るか。変に遠慮するなって言ったろ。遠慮した罰として、一緒に店を回ってもらう」
「えぇ…」
「行こうよ、せっかく一緒に来たんだからさ」
それ以上トウマの方を見ていると、また彼女がうだうだ言って来そうなので顔を背けて進行方向だけを向いた。
「一久さん」
「うっさい、何も言うな」
「いえ、別にもう駄々はこねないですから、一回止まってください」
言われた通り一度足を止めた。すると、トウマは一度息を整えて先ほどよりも少し多く体重を預けてくる。
「連れ回すと言ったんですから、これくらい担ってくださいね」
「オッケー、任せて」
トウマも折れてくれた様なので、これで心置きなくトウマと回れることになった。とはいえ、良くなったと言っても怪我人なので気を付けつつ。
「眩しいですね、それにしても日差しが」
「サングラスは?」
「持ってないですよそんなもの」
「へぇ~買えば?」
「いらないですよ…多分似合いませんし」
「いや、多分似合うよ。トウマ鼻高いし」
トウマは顔が良い、特に鼻が高く、その次に涙袋が人よりあるので目も大きく見える。サングラスで目元を隠し、取った時の顔のインパクトも強いはずだ。
「買ってあげる、まぁ安物しか買えないけど」
「いえ良いです」
「えー?」
「自分で買います、一久さん選んでください」
「さっきいらないって言ったくせに~」
「私だって20代らしく冒険するときくらいあります」
「良いね、すごい似合うやつ選んだげる」
トウマと一緒にサングラスが売ってそうな店に向かった。
中に入ると俺たちと同じくらいの年齢層の人たちがたくさんいた。この店は若者に人気のお店だから、特に意外でもなかったけど。
「人、多いですね」
「嫌だ?」
「嫌ですけど、似合わないやつ買ってきて貰ってもって感じなので…我慢します」
「偉い偉い」
二人で店の中を歩いていき、ショーケースの中に入ったサングラスを見てみる。
よくあるクルクル回る眼鏡とかが刺してある棚じゃないので、トウマは少し委縮していた。
「一久さん、私あのクルクル回る奴を予想してたんですけど」
「そうなの?」
「あの…サングラスの値段で見たことない額の値札が付いてるんですけど…」
「まぁ、確かにあの棚にある奴とは値段が違うけども」
「帽子にします…。さすがにこの値段が目の周りを覆ってるとつい考えてしまいそうなので」
「よく分かんないけど、帽子ならあっちにあるよ」
トウマはサングラスの値段を見て買うのを辞め、安価なキャップを買うことにした。
「まぁ、その恰好ならキャップは似合いそうだね。日差しも避けられるし」
「目深に被りたいですね、ジロジロ見られる時あるんで」
「可愛いもんね」
言いながらトウマに似合いそうな黒にちょっとしたロゴが入ったシンプルなデザインの帽子を上から取って、隣にいるトウマに被せた。
「うん、やっぱりシンプルなデザインとモノトーンが似合うね。…何俯いてんの?」
「いえ…別に。似合いますか?」
「うん、他に色もあるけど、試してみる?」
「じゃあ灰色を」
俺が取った帽子の隣に置いてある同じデザインの灰色を、トウマは指さしながら言った。
「はい」
「どうも」
トウマはそれを目深に被り、全身鏡の前に立った。
「これ良いですね、無駄に浅くないですし」
「顔小さいね、ほぼ帽子で見えない」
「普通ですよ。この間一つ買ったんですけど、浅く被るタイプだったようで、ちょっと損したんです。でもこれなら買ってもいいですね」
「決まったんなら買いに行こう」
「一久さんもそれ買うんですか?」
トウマは俺が最初に選んだ黒い帽子を持ちながらレジに並ぼうとしている俺を、不思議そうな顔をしながら尋ねてきた。
「あーだって俺も買うから」
「え、同じものですよ?」
「そうだね」
「良いんですか?」
「これ、男女兼用だか…ら!」
「あ!」
次の方どうぞと、店員から呼ばれたのでトウマの帽子を奪って自分のと一緒に精算を始めた。
すぐ後ろでトウマが何か言いたげな表情をしていたが、気にせずにそのまま代金を支払った。
店を出て、トウマが少し不満そうな顔をしている。原因は大体分かる。
「一久さん、代金受け取ってください」
「いい、俺からのプレゼント」
「自分で買うって私言いましたよね」
「聞いてたよ、『聞いてただけ』だけど」
「それじゃ意味ないんですよ」
「まぁいいじゃん、買っちゃったもんは。早々に被りたいけど、タグが…」
「あ、私ハサミ持ってます」
用意周到なトウマにハサミを借りてタグを切り、俺とトウマは色違いでお揃いのキャップを被った。
「うん、やっぱり似合うよ」
「一久さんも、意外と似合ってますよ」
「意外とは余計だろ」
そんな話をしながら、俺とトウマは色々なお店を回っていった。
夏なのでサンダルを買ったり、普段は入らない大人っぽいお店とか、それはもう楽しい時間だった。
お昼休憩という事で、一度みんな集まってお昼ごはんが食べられる大きいフードコートに集まる。
「トウマは何買ったの?」
「帽子とサンダルを買いました」
「一久とお揃いじゃ~ん、良いね」
「デザインが気に入りました」
どうやらトウマは帽子を結構気に入ってくれたようだ。
「トウマ、昼飯買いに行こ」
「あ、はい。…じゃあお昼ごはん私が奢ります」
「良いの?」
「帽子のお礼です、まぁ帽子の方が高いですけど」
「気持ちが嬉しいよ」
「こちらのセリフです」
トウマには肉厚なハンバーガーを奢ってもらった。
あまり都会の街中で見ないハンバーガー屋で、ボリューミーだった。値段もいつも通っている所より高かった。
「あ、美味しいこれ」
「ほんとですか?」
「一口いる?」
「頂きます」
トウマの口元にハンバーガーを寄せると、トウマはそのまま俺の手にそっと自分の手を添えて小さい口でハムっと口に含んだ。
咀嚼していると、みるみるトウマの表情が明るくなっていった。
「美味しいです…!私のハンバーガー史に革命が起こりました」
「美味いよね」
すぐにお昼ごはんを平らげ、俺とトウマはチェーン店のカフェに寄って食後のコーヒーを飲みに行った。
「席、取っておきます」
「うん、よろしく」
人気の店とあって、結構人がいた。俺が並んでいる間にトウマは二人分の席を取ってきて貰って、携帯の方に自分の飲みたいものを連絡してきた。
「すみません、買ってきて貰っちゃって」
「おかげで座れるからいいよ」
「これ、私の分のお金です。ちゃんと受け取ってくださいね」
「はいはい」
俺は笑いながらテーブルに置かれた490円を財布の中にしまった。
トウマが取ってくれた席は窓際で、暑い外を闊歩する人間が見える。窓に触れると、外気と店の冷房が対立した、どこか温い温度になっていた。
「………………………」
「………………………」
「「そういえば…あ…」」
お互い黙っていたが、どうしても気になったことがあった俺たちは同時に口を開き、バッティングした。
「なんですか?」
「いや、そっちから良いよ」
「いえ、私は別に…気軽に出来る話じゃないと言いますか…」
「実は俺も」
どうやらお互い頭の中に浮かんだ疑問は同じものの様だ。
「じゃあ、俺から話すけど…。花火の時言ってたこと」
「私も、その話をしようと思ってたところです」
俺たちはつい昨日の、花火が終わった後まで記憶を巡らせた。




