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色が変わる瞬間を  作者: 粥
12/25

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両親の元へ戻ると、足を引き摺っているトウマを見て驚いていた。特に母はうるさいくらいに心配をした。


「あんな鬼気迫る心配をされたのは初めてです」


心配され終わったトウマが少々疲れ気味に呟いた。

今は足の痛みというより、母に心配され過ぎて辛そうだ。余計な心配をかけさせて申し訳ないという気持ちでいっぱいになっている様に見える。


「余計な心配かけさせてしまいました」

「言うと思った。余計だなんてあっちは思ってないよ」

「そうは言っても…」

「良いから痛みに集中して」


実は今親父が薬局に行って固定材やら湿布やらを買いに行っている最中だった。トウマは目を離すと大丈夫と言って何かしそうだったから見張りで俺が傍にいてやる。


「一久さん、別に好きな場所に行ってても良いんですよ?」

「誰か傍にいないと安静にしてなさそうだからね、どっかの誰かさんが。それにこれからちょっと雨が降る、変に出かけると降られそうだよ」

「そうなんですか?」

「天気予報でね」


携帯の天気アプリで近辺の雨雲の動きを見たところ、一時間以内に雨が降るそうだ。山の天気は変わりやすいとも言うし、山の近くに建っているこのキャンプ場なら尚の事、今出かけるべきじゃないだろう。


「てことで、ゆっくりしてるよ」

「そうですか…。せっかくのキャンプに申し訳ないです」

「どうせ雨でどこ行っても気分は上がらないし、アウトレットとか観光は明日帰りがけにするんだから。今日はゆっくりする日って決まってたんだけどね」

「そうなんですか…?」

「そうそう」

「ちなみに、美佳ちゃんはどこに行ったんですか?」

「お風呂、あの人温泉好きだから」

「キャンプ場のですか?」

「いや、ここから歩いて15分のとこ」

「雨、大丈夫でしょうか?」

「いざとなったら車で迎えに行けばいいよ」


そんな話をした数十分後、本当に雨が降ってきた。弱くもなく、まして強過ぎるわけでもない、東京でもよく見る普通の雨が。


「降ってきましたね」

「だね、予報は当たりだ」

「雨、好きなんですよ。私」

「へぇ、実は俺も」

「雨の日でも、普通に出かけます。傘持つ機会なんてそうないじゃないですか」

「俺は雨の匂いに包まれてる感じがして好き。靴が染みるのは嫌だけど、防水の靴とか履いてれば無敵だね」

「雨を嫌う人は多いですから。まぁ確かに晴れの日よりは動きにくいですか…」

「久美が雨嫌いなんだよね、癖っ毛らしくて。デート中雨降って来たら秒で機嫌が悪くなる」

「そうですか、確かにアイロンで伸ばしてるなら落ちてしまいますね」


二人でベランダの椅子に座りながら、雨がアスファルトを叩く風景や、音を楽しんでいた。

しばらくすると親父が帰ってきて、車から一緒に母も降りて来て、途中帰ってくるとき拾ったんだなぁと分かる。


「トウマ、これ貼ってこれ飲んで」


痛み止めと湿布を買ってきて貰って、実物を見たらまた申し訳なさそうな顔をトウマがしたので、俺は横から肘で小突いてそんな顔をするなと戒める。


「一久、貼ってあげなよ」

「ん」

「え、自分でやりますよ」

「やったことあんの?」

「…いや無いですけど」

「じゃあ俺がやる。安心して、めちゃくちゃ綺麗に出来るから俺」


あまりする機会の無い、する機会が無い方が良い自慢をしながら、俺はトウマに手当てを施してあげた。


「足上げて」

「………………………」

「痛い?」

「まだ少しだけ」

「ただの捻挫だからって無理はいけないけど、すぐ治るよ」

「じゃあ…」

「じゃあ色々手伝ったり好き勝手歩いたりして良いわけじゃないから、安静にしてればの話ね」

「むぅ…」


トウマは痛み止めの薬と捻挫した足首を固定してもらったら普通に動くつもりだったようだ。


「はい、出来た。緩くない?逆に締めすぎたりしてない?」

「大丈夫です、結構なお手前で」

「いいえ」


トウマをコテージの中に置いて、俺は外に出た。見張りは母がやることになっている。



あっという間に夜になり、今日の夕飯はビーフシチュー、釣った魚の塩焼き、サラダと、家で出来そうな夕飯だった。


「随分と今日は普通だね」

「キャンプで作るってのが美味いんだよ」

「まぁ、シチューが不味かった時なんかないんだけどね」


雨が上がったので外でシチューを俺が作る。ビーフシチューなので、そろそろルーを入れようかと周りを見ていると、捻った方の足をつま先立ちして体重が掛からない様にしながらこちらに歩いてきた。


「一久さん、そろそろルー入れると思って持ってきました」

「あぁ、ありがと。まだ痛い?」

「いえ、普通に歩いてたら一久さんうるさそうだと思いまして」

「俺が悪いの?」

「シチュー、どうです?」

「ルー入れてしばらく待ってれば出来るよ」

「美佳ちゃんが途中パン屋でフランスパンを買ったそうですよ」

「じゃあ今日は米じゃなくパンか」

「美味しそうでした」


トウマはパンも好きなのか、早く食べたそうだった。

いつも世話になってるトウマに、このキャンプを少しでも楽しんでほしい。確かにケガはしたけれど、横で微笑むトウマの顔を見ていると悪くないと思える。


「なんですか?」


ジッと見過ぎてトウマがこちらを向いてきて、微笑みは怪訝な顔となって戻ってきた。


「別に、何でもない」

「…そういえば、久美さんはこのキャンプの事を知っているんですか?」

「教えずに来たけど、さっき明日遊ぼうって連絡が来たから教えておいた」

「どうでした?」

「怒ってたね」

「あまり動じてなさそうですね」

「まぁ、予想は出来てたし」

「いっそのこと言ってから来れば良かったと思うんですけど」

「まぁ、事前に怒られるか後で怒られるかの違いかなぁって」


そんな話をしている間にシチューが煮立って、美味しそうな匂いが周辺に広がった。


彩り豊かなサラダ、フランスパン、ビーフシチュー、木の棒に刺さった魚の塩焼きが並ぶコテージ内の食卓。みんなで手を合わせて、それらを食べ始めた。


「美味しいね」

「うん、魚も良く焼けてる」

「ビーフシチューの煮込み加減最高ですね」

「煮崩れしてないし」


個々で感想を言いながら、俺たちは夕飯を食していった。



夕飯を食べ終え、夜風で涼みながら携帯を弄っている俺の元にやってきた。


「一久さん」

「何?」

「花火しませんか?手持ちですけど」

「打ち上げじゃないならやろうか」


駐車場は車の近くじゃなければ花火をしても良いらしく、俺とトウマは二人で花火を持って駐車場へ向かった。

因みに親父と母は片付けやら腹いっぱいで動けないらしい。


「花火かぁ、久しぶりにやる」

「私初めてやります」

「え?そうなの?やり方分かる?」

「滑り台初めて見たからと言ってやり方が分からないわけじゃないでしょう?」

「………………………いや例え違くない?」

「つまり分かるって事ですよ」


どうやらやるのは初めてだが見るのは初めてじゃないそうだ。

蝋燭に火を点けて、そこら辺に立たせながら花火の先端の導火紙に燃え移らせる。

やがて花火の火薬に火が点き、色とりどりの花火が先端から出て来ては駐車場の床に落ちていった。


「おぉ~」

「綺麗ですね」

「初めてにしてはあっさりとした感想」

「結構楽しんでるつもりなんですけどね」

「それなら別に良いんだけどさ」


トウマと俺はどんどん袋の中の花火を使っていき、やがて線香花火一種類だけになってしまった。


「もうこれで終わりですね」

「最後は線香花火だよね」

「これ知ってます、なんか落としたら負けなんですよね」

「付属のゲームみたいなものだから、基本的に今までと同じ見て楽しむものだよ」

「やりましょう」


トウマは初めてやる線香花火に興奮している。今回は分かりやすく楽しみにしているのが分かったので、早く線香花火を渡してあげた。


「あ、点いた」


しゃがみ込んで手元が震えない様に、空いている方の手で線香花火を持っている手を抑える様に添えている。


「うわぁ、意外と震えますね!テレビとかで見てもそんなに震えないだろとか思ってましたけど」

「………………………」


トウマの楽しそうな声が広く暗い駐車場に響いて消えていく。俺は何故か自分の分の線香花火さえ、彼女に渡してみたくなった。

あまりに夢中になっているのか、線香花火が弾けた火花がトウマの垂れている髪に当たりそうだったので抑えてあげた。


「あ、すみま…あ…!」

「あーあ」


俺に髪を持たれた瞬間こちらを向いてお礼を言ってきた。その時体が動いたせいで、線香花火の火種が力なく落ち、アレほど激しく燃えていた火種は徐々に光を失い、最終的に黒い粒の様になった。


「落ちちゃったね」

「一久さんが急に髪を触るからです」

「火花が髪に付きそうだったんだもん」

「すみません、夢中になってしまっていて」

「髪ゴムは?」

「部屋に忘れました」

「じゃあ抑えておいてあげるから全部やっていいよ」

「え?一久さんやらないんですか?」

「良いよ、トウマが全部やって」


俺の宣言通り、トウマは本当に最後の二本になるまで線香花火を楽しんだ。

両親にはあれだけ気を遣う割に、俺にはそこまで遠慮しないんだなと今更気付く。


二人で二本を分け、それぞれ一本ずつ線香花火を持ち、同時に線香花火に火を点けた


「負けた方が勝った方の言うことを何でも聞くってことで」

「それ今言う?」

「勝てばいいじゃないですか」


確かに初めて線香花火をするトウマに、俺が負けるとも思えず、実際俺が勝った。


「あーあ、後もうちょっとで勝てた気がします…」

「初めてにしては上手かったよ」

「勝者の余裕ですか」

「さてと、じゃあ何言っても良いんだっけ?」

「良いですよ。裸エプロンで家事をしてほしいとか、一か月分の買い物全ての支払いを持ってほしいとかでも、トウマさんにも色々趣味嗜好があるでしょう?」

「お前…俺がクソ野郎だったら『じゃあ今言ったので』とか平気で言ってるかもしれないんだよ?」

「トウマさんならそんなこと言わないって分かってますから。というかそんな事言う人だったら一緒にキャンプ来ませんし、花火しませんし、3m距離置きますし、喋りません」

「徹底してるな…。んートウマにお願い事ねぇ…」

「なんでもいいですよ、例えば…」


トウマの例えは例えとして成り立たないから案を出さなくて結構と打ち切りそうになったその時、トウマから予想もしてなかった提案をされた。


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