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色が変わる瞬間を  作者: 粥
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キャンプ二日目、目覚ましのアラームも無しに目覚めると両親はまだ眠っていた。トウマもまだ寝てるのかと思い見てみたが、すでに布団は綺麗に畳まれており、部屋の中にいないことが伺えた。


(もう起きてるのか…)


部屋から出るとすぐに、ベランダに置いてある椅子に座ってゆっくりしているトウマを見つけた。


「あ、おはようございます。起こしちゃいましたか?」

「おはよ。いや、自然に起きただけ」

「そうですか。美佳ちゃんたちは?」

「まだ起きなそう」


携帯で時間を確認すると6時を少し過ぎたころ。

平日、大学の授業が一元からだったとしてもこんなに早く起きたことはない。


「涼しいっていうか寒いな」


山の方を見るとうっすら白い霧がかかっている。山から吹いてくる風は肌寒く、一度部屋に戻ってパーカーを着なければいけないほどだった。


「一久さん、コーヒー飲みますか?」

「あー…いいよ、今日は俺が淹れる」

「良いんですか?」

「良いよ、トウマはじゃあパン焼いてて」


トウマは俺に言われた通りパンを焼くための道具をセットして、家から持ってきていた食パンを焼き始めた。


「あ、この食パンすごい美味しいところのですよ」

「どこの?」

「一久さんたちの家から駅行くじゃないですか?で、線路沿いを少し行ったところにある小さな食パン専門店なんですけど…」

「あーあそこか、食べたことないな」

「良いんですか?美佳ちゃん起きてないのに…」

「自分の分だけしか持って来ないわけないし、匂いで起きるよ」

「動物じゃないんですから…」


苦笑いしながら、トウマは焼かれている食パンと睨めっこをしている。


「トウマは食パン好き?」

「好きですよ、美味しいじゃないですか」

「お気に入りのジャムとかあるの?」

「ジャムを選ぶ楽しさはそれはそれは凄まじいものですけど、結局マーガリンの独壇場なんですよ、食パン界は」

「へぇ~ジャムとかじゃないんだ」

「マーガリンが一番好きです、私は」



俺がコーヒーを淹れ終わる頃にはトウマおススメの焼き加減の食パンが出来上がった。

昨日バーベキューをした木で出来た机を二人挟んで、いただきますの一言で食パンに齧り付く。


「美味しいですね、やっぱりここの食パンは」

「久しぶりにしっかりした朝ご飯を食べた気がする」

「言っても食パンとコーヒー一つずつだけですけどね。一久さんは朝ご飯食べない派ですか」

「そうだね、コーヒーくらいは飲むけど」

「私、この時間帯は祖父母のところにいますね」

「うちに来るまでお爺ちゃんの修理屋手伝ってるんだっけ?」

「はい」

「後に継ぐの?」

「いえ、お爺ちゃんの代で終わりですね。来る客もほとんどお爺ちゃんの知り合いですし、私が継いでも破産して終わりです」

「寂しいね」

「別に、ですよ。私も継ぎたいと思っているわけではありませんし、お爺ちゃんも残したいと思ってるわけでもないですし」


とは言いつつも、トウマはどこか寂しげだった。



視線を周りに移してみた。

そろそろ周りの客も起きて来て、気だるげに朝ご飯の準備をし始める。

ペットを連れた客同士がキャンプ場の道を散歩コースに使っているので、すれ違うたびに交流し合っている。


「もし世界が壊れかけて、人々がギュッと一つの場所に固まって生活し始めたら、こんな風景が日常になるんですかね」

「まぁ、映画や漫画じゃよくある風景だね」

「…私は、一久さんとならここに居られる気がします」

「………………………」

「話し相手に困りませんから」

「俺はカウンセラーじゃないんだよ」


一瞬、トウマの言葉に驚いた。

だってそんな落ち着いて真剣に言われたら、いくら他に好きな人がいる俺でもドキッとする。

そんな言葉を発したトウマはもうそんな事も忘れて食パンを味わっていた。


「トウマ…」

「何ですか?」

「…トウマは、さっさと彼氏作った方が良いよ」

「なんですか急に、前にもそんな話しましたね」

「いや、そうだね。ごめん、無駄話になりそうだ」

「…?寝不足ですか?」


首を傾げ眉間を狭めながら、彼女は俺を心配してくれた。


しばらくすると母も親父も起きて来て、スープなども作ってくれた。母は食パンを二枚も食べた。



比較的ゆっくりとした朝を過ごして10時ちょっと過ぎた頃、俺はトウマを川に連れて行ってあげることにした。


「トウマ、釣りしに行こうよ」

「あー昨日言ってましたね、連れてってくれるんですか?」

「釣り竿借りに行こ」


キャンプ場のフロントに向かい、釣り竿を借りに行った。



「すみませーん」

「はぁい、なんでしょう?」

「釣り竿を借りに来たんですけど…」

「はいはいはい、じゃあ時間帯を選んでください」


フランクに接してくる受付のおじさんは、いかにもキャンプが好きそうな風貌をしている。

おじさんが出してきたシートには2時間、4時間、6時間と書いてあり、そのすぐ横の欄にはその時間に該当する料金が記載されていた。

時間制の様なので、後ろで眺めていたトウマと相談して竿を借りる時間を決める。


「トウマ、どれくらいやる?一番短いので2時間だけど」

「この後何処にも行く予定が無いのなら4時間はやりたいですけど」

「じゃあ4時間貸してもらおうか」


釣り竿二本を4時間借りることにした俺とトウマは、キャンプ場から徒歩10分する川まで向かった。

既に俺たちと同じように釣りをしている人や、子供がサンダルを履いて服が濡れることなどお構いなしに遊びまくっているのが見える。


「子供のそばでやっても釣れなさそうだね」

「上流側に離れましょうか」


上流側に行けば子供が遊べるような場所が少なく、釣りをしている人たちも疎らだった。

トウマは釣りが好きとは言いながら、釣れ易いポイントが分かるわけではないのである程度人の多い場所から離れたらテキトーに居付いた。


「ここで良いんじゃないですか?」

「オッケー」


適当な岩場に餌や、釣れた魚を入れるバケツなどを置いて釣りを開始。

餌は虫が苦手な女性でも扱えるような練り餌だった。トウマは虫が平気なので別に練り餌じゃなくても良かったかもしれないが。


「釣りなんて釣り堀くらいでしかやったことないや」

「そうなんですか?」

「トウマは口ぶりからして何回かやったことある様だけど」

「お爺ちゃんと一緒にやってますね。月に一回程度ですけど、休みの日に」

「じゃあ結構頻繁に行ってるんだね」

「まぁそれも私が働き始めるまでの話ですけど」

「たまには行きなよ、お爺ちゃんとそんな頻繁に会えて仲良いのも珍しいんだから」

「余計なお世話ですっ…!」


トウマが釣り針に餌を付け、川の中間あたりに放り込む。ポチャッという音と一緒に、やがて一緒に沈んだ蛍光色で染色された浮きが水面に浮上してきた。


「私、40代まで出来る限り貯金して、こういう静かな場所に住むのが理想です」

「ふーん…」


突然尋ねてもいない人生設計を、トウマは語り始めた。

現役女子大生である俺の彼女久美は、トウマと全然違うタイプだと、こういう話をしていると思う。久美はこんな人生設計は組まないし、そもそも設計図さえまともに作ろうと思っていないんじゃないだろうか。


「一久さんはこれからどうするつもりですか?」

「俺は…まぁその通り行くかどうかは別として、バリスタの勉強して、卒業したら海外に行って、そこから日本で店を出してっていうのが理想だね」

「しっかりしていらっしゃる」

「言葉だけ見ればね。トウマの『こういう所に住む』っていうのは家を建てるって事?」

「そうですね、出来れば」

「へぇ~大変そうだね。いくらくらいするの?」

「東京よりは、多少安くなりますけどね」

「確かに独りになるならこういう所が一番良いのかもね」

「いえ、一人になりたいんじゃなく静かな場所が好きなんです。別に東京でも静かな場所があるならそこで良いんです」

「なるほど。おっ…!」


トウマと話をしていると突然竿が引っ張られる感触があった。

リールを回してしばらく攻防を繰り返し、一匹釣りあげることに成功する。


「おー。思いのほか大きいのが釣れますね」

「だね、ちょっとびっくりした。さて、戻すか」

「あ、捌いて食べたりしないんですか?」

「捌けんの?」

「できますね」


こいつの出来ないことって何だろうと少し考えてしまう。考えついたものも出来てしまいそうだから尚の事怖い。


「じゃあ…まぁ一匹二匹程度、塩焼きとかにして食べようか」

「塩焼き、良いですね」

「うわぁ今日刺身食いたいなぁ」

「キャンプ来て刺身ですか」

「言いたいことは分かるけど」


今日の夕飯の妄想を繰り広げながら、あともう2匹欲しいなぁとか我儘な気持ちを乗せて釣り糸を川面に垂らす。



あっという間に約束の4時間が経ち、俺たちは借りていた竿たちを返しに引き上げることにした。因みに俺の戦歴は1匹、トウマは3匹も釣っていた。


「トウマ、帰るよ」

「え?あ、はい…」

「もっとやりたかった?」

「まぁ、そんなところですね」


岩場から立ち上がって戻ろうとした瞬間、トウマが足を滑らせた。俺もトウマの方を向いていたのでそれに気付き、手を伸ばしたが一歩遅くトウマは川に落ちた。


「あーあ、トウマぁ?大丈夫?」

「………………………」

「トウマ?」


トウマは何故かその場から動かず、心配になり服が濡れることなど気にせず近くに駆け寄った。

するとトウマは苦渋の表情で足を抑えていた。


「挫きました…」

「マジか…立てそうにない?」

「無理かもです…。あと今すごい下着まで染みて来てます水が」

「今それどうでもいいな」


痛い思いをしていてもその場を和まそうとするトウマのそれは、根っからの性格なのか、プロ根性なのか分からなかった。

とりあえず立てそうにないと言うので、抱き上げる様にしてトウマを持ち上げる。


「一久さん…」

「何?」

「普通こういう時お姫様抱っこじゃないですか?」


今俺は赤ちゃんを抱っこする様に、向かい合った状態でトウマの事を担いでいる。トウマは周りからの視線から逃げる様に俺の肩に顔を埋めていた。

籠った声で嘆いている彼女は、どうやらその抱き方が気に食わないらしい。


「我慢してよ、下ろしてまた抱き上げるのも面倒だし」

「お姫様抱っこでさえ恥ずかしいですけど、肩を貸してくだされば別に…」

「うるさい、もう着く」


フロントの傍にあったソファにトウマを座らせておいて、俺は借りた品々を返しに行った。

戻るとトウマは少し辛そうな顔をしていた。


「とりあえず、戻ろうか」

「はい…」


トウマは何故か大変落ち込んだ表情を崩さなかった。



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