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色が変わる瞬間を  作者: 粥
10/25

10

バーベキューも終わり、親父と母は先に風呂に入ってくるようなので俺たちは片づけられるものだけ片づけていくことにした。


「楽しかったですね、バーベキュー」

「そうだね、明日もやるけどね」

「こんな楽しい日が、明日も来たら…なんて思ってたんですけどね…」

「明日もやるって言ってんでしょ」


やけに横で寂し気な演技をしながら洗い終わった箸やまな板を拭いていくトウマに突っ込みを入れながら、どんどん洗い物を済ませていく。


「いつも三人で来てるんですか?」

「いや、高校の途中から今日までは母さんと親父だけだったよ」

「何で一緒に行かなかったんですか?反抗期ですか?」

「二人と行くのが嫌だったんじゃなく、なんか恥ずかしかったんだ。今はそんなこと感じなくなったけど」

「まぁ男の子なら尚更気恥ずかしいものですよね」

「トウマも今回来てくれてありがとね」

「いえ、別に…。むしろお邪魔している気分は今でもしてますから」

「まだしてんのかい」


トウマは案外気にしいなんだなぁと考えを改めさせられた。

他人が自分を深くに置いていることが落ち着かない。嬉しくないわけじゃないとは思う、ただ単純な戸惑い。

恐らくトウマの事だ、俺と、俺たち河橋家とここまで密な関係に陥るとは思っていなかったのだろう。


「トウマは、色々気にし過ぎだね」

「そんな事…」

「俺たちはさ…トウマを気に入ってるからここに連れてきたわけで、少なくともネガティブな感情で連れてきたわけじゃないからね」

「それは…まぁ分かってるつもりですけど…。初めてなんですよ、こんなに楽しいのは」

「………………………」


洗い物をする手が、止まることはないが思わず遅くなってしまう。


「私、両親亡くなってるじゃないですか。当時中学生の時でしたがもう既にその時から、高校出たら大学行かずに働くってことは決めてましたし、その時点で楽しい事全部一旦諦めてたんですけど、思いのほか早く楽しい思いをしてしまっている現在いまに、少し動揺してるんですよ…」

「そっか、予定を狂わせてしまって申し訳ないね」

「いえ、まぁ予定外もそれほど悪いものではないですね」

「ふふっ」


洗い物を終えて、俺たちは部屋の中より涼しいベランダに出た。

夜風が吹いてくるたびに、少しの肌寒さと山の木々を撫でてきた香りがする。

キャンプ場に来たなぁという自覚が再燃した。


「涼しい、というか寒いですね。ちょっと」

「でも星は綺麗に見えるよ」

「ほんとですか?」

「ここからじゃ見えないけどね。おいで」


星が綺麗に見える場所を知っていたので、トウマの手を取って懐中電灯を持ちながら暗いキャンプ場の舗装されたアスファルトの上を歩いていく。ちなみに空き巣が入るとマズいのでコテージのカギは閉めた。


周りから聞こえる陽気なおっさんたちの笑い声から逃げる様に少し冷たいトウマの手を引きながら、どんどん進んでようやく星の見える周りに灯りの少ない場所に出てきた。


「おぉ…」

「綺麗でしょ」

「丘とかに行かなくても見えるものなんですね」

「丘に比べれば全然乏しいだけどね」


懐中電灯の明かりを消した途端、真上に燦然と輝く星々が見えた。

キャンプ場からほんの少し離れた場所なので耳を澄ませば話し声は聞こえるが、それがむしろお忍びで来ていて、二人だけの秘密の場所の様な、そんな場にも思えてくる。


「なんか、飲み会抜け出してきたみたいな感じになりますね。あっちが賑やかだと」

「…そうだね」


どうやらトウマも同じことを考えていたようで、少し恥ずかしくなる。もちろんトウマはそんな事知らないのでお構いなしに星空を眺めていた。


「綺麗ですね~」

「………………………」


真剣に、でも少し楽しそうに微笑みながら星空を眺めているトウマの横顔はとても可愛らしい女の子に見えて、以前自分の言った「可愛い」ではなく「かっこいい」という言葉は嘘であると認めそうになってしまう。


「一久さん?どうしたんですか?」

「え?あ…いや、親父たち帰ってきてたら部屋入れないなぁとか考えてて」

「あーそういえば戸締りして来てしまいましたもんね。…じゃあ戻りますか」

「え…」


自分でもそんな情けない声が出るとは思っていなかった為、すぐに口を閉じた。俺は彼女ともっとこの星空を見ていたかったのか?

そしてもちろんトウマにその情けない声が届いていないわけもなく、部屋に戻ろうとしたトウマの足は止まった。


「…?まだ見ていたいですか?」

「あー…まぁ、うん」

「…じゃあ鍵貸してください、私は部屋で待ってて美佳ちゃんたちが締め出し食らわない様にするので」

「俺だけここに残ってどうすんのさ、それに暗い道を懐中電灯無しで戻るつもり?」

「まぁ、夜目は効くほうなので別にいらないですけど」

「いいよ、俺も戻る。風呂にも入りたいし」


自分のせいでなんだか煮え切らない空気になってしまった事に若干腹を立てる。と言ってもこれはトウマには伝わってないだろうな。俺の独り相撲みたいなものだ。


「別に、しょぼいとか思ってませんからね」

「え?何急に」

「いえ、とっておきの場所を教えた割に私のリアクションが微妙だったから不機嫌なのかなぁと思って。私、感情表に出すの苦手ですけどちゃんと感動の一つや二つはしてましたからね?」

「…ふっ!はははははっ!」


あまりにトウマが見当違いな予想を立てながら弁明してきたので思わず爆笑してしまった。

俺の爆笑を見ながら、トウマは少し不機嫌そうな顔を横でしている。


「なんですか?何がそんなに面白かったんですか」

「いや、別に…!何でもない。俺がそんな小さい事で不機嫌になるわけないでしょ」

「まぁ、そうですけど…」


部屋に戻ってもまだ親父たちは帰っていなかったが、しかしすぐに二人は帰って来たので次は俺たちがお風呂に入りに行く番だった。

風呂に入る前に売店に寄って、シャンプーなどを買っていく。


「一久さん、これどうですか?」

「一応聞くけど、なんで?」

「私このシャンプー一度使ったことがあるんですけど、一久さんに似合うなぁと思ったので」

「何その感想」

「商品レビューにもちゃんと書いておきましたよ」

「読んだ人の事なんざこれっぽっちも考えちゃいないね?」


しかしせっかくおススメされたのでトウマの言っていたシャンプーとボディソープを買った。


「では、出たらそこら辺で待っていますので」

「んー」



男湯と書いてある暖簾をかき分け中に入ると、人はいたが思ったより少なかった。キャンプ場が営んでいる風呂屋なので22時には閉まる、早く入ってしまおうという客が多かったようだ。


「へぇ…思ったより広い」


湯船の種類は二つ。室内風呂と露天風呂だけで、あとは壁際に設置できる範囲のシャワーが取り付けられている。

先に体を洗ってしまい、そのあと室内風呂に入り、露天風呂で火照った体を覚ましに行った。


「いてっ!」


外に出ると道中あった小石を踏んでしまった。裸足で勢いよく踏んでしまったのでかなり痛かった。


「一久さん?」

「あれ、トウマも露天風呂にいんの?」


どうやらトウマも露天風呂に出てきている様で、俺の先ほどのリアクションで俺が仕切りの奥にいると分かったらしい。


「今入るところです。今右足が、湯船の底に、つきました」

「月面行った宇宙飛行士みたいな実況しなくて良いから」


恋愛漫画にある様なシチュエーションでもトウマのボケのおかげで和やかに面白い空気が漂う。

男湯も女湯も人がいない様なので、しばらく竹製の仕切り越しに二人で話をしながら露天風呂を楽しんだ。


「良い湯だね」

「そうだねぇ、ちょっと熱いけど」

「それはお酒飲んでるからですよ。あまり長時間入るのはやめておきましょう」

「水分補給、風呂出たらしないとね」

「私フルーツ牛乳でお願いします」

「自分で買え」

「そういえば結局、川には行けませんでしたね」

「あ、ほんとだ。…明日行こうか」

「はい」

「釣り出来るのかなぁ」

「出来る…んじゃないですかね?釣り竿があればの話ですけど」

「ここ来てすぐの頃、フロントの方見てみたら釣り竿があったからさ。もしかしたら借りて出来るかも」

「へぇ~良いですね」

「釣り好き?」

「好きですね、あのゆったりしてる感じが」

「趣深いよね」

「いとをかしですね」

「古語だ、懐かしい」


そんな雑談を交わしていると男湯に人が入ってきてしまったので、トウマに一言言ってお風呂から出た。トウマの言った通り、お酒の入っている状態でお風呂に入り続けるのは危ない気がする。


「ありゃ、私の方が遅かったんですか」


風呂場から出てきたトウマが、座敷の休憩所で麦茶を飲んでいる俺に声をかけてきた。お風呂上りで髪を乾かしているトウマから、ボディソープの良い匂いが香ってくる。

何の前触れもなく「失礼」と言って、トウマは俺の耳元まで鼻先を持ってきて二、三回匂いを嗅いだ。


「な、なに…?」

「いえ、やっぱり一久さんに似合ってますよ。その匂い」

「え?あ、ボディソープのね」


そういえば入る前にそんなことを言っていた気がする。

忘れていたので突然何をされるのかと思った。


「まぁ確かに良い匂いではあるよね」

「ですよね」

「トウマのとは違うんだ?」

「私の匂い勝手に嗅がないでください」

「よく言えるねそれ」


トウマが髪を抑えながら被害者面ぶるので若干イラっとした。


「まぁ良いです、じゃあお金ください」

「はい?なして?」

「コーヒー牛ぬー」

「自分で買えってば…」

「言いつつ出してくれるじゃないですか~」


俺から120円を貰うとトウマは売店のおばちゃんにコーヒー牛乳を貰いに行った。

朝のコンビニにいた彼女はどこに行ってしまったのだろう。


「じゃあ戻りますか」

「んーそうだね」


部屋に戻り、スーパーに行ったとき買ったケーキを食べ、そして俺たちはようやく眠りについた。


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