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クリスマス用短編~こんな事になるなんて思いもしなかった~

作者: 雨水

ネタです。誰が何といおうとネタです。

 日本人はお祭りが好きだ。それはもう異常と言うレベルで大好きだ。

 何故異常かって? それは元の意味などどうでもいいレベルで、楽しく騒ぐことが出来れば良いと言わんばかりの行動だったり、どんな事でも商売になれば良いとお金稼ぎに走る企業があるからだ。

 金儲けと騒ぎたい精神。この二つが合わさった時、飛んでも無いレベルで騒ぎだすという相乗効果を生んでしまっているのが現在の日本の文化と言ったモノだろう。




 さて、場所は日本から変わり異世界の話となる。




 今この異世界では国を挙げてお祭り騒ぎをしていた。

 一体どんなお祭りなのか? ソレはこの国を救った勇者が広めたというクリスマスパーティーだ。

 街中が色とりどりの飾りつけをし、あちらこちらで恋人同士や家族達が楽しそうに過ごす。その光景自体は見ていて微笑ましいモノと言えるだろう。


 しかし、この光景を良く思っていないモノも中には居た。それは……我等、リア充爆破しろ! と願っている者達ではない。いや、確かに我等が同士もそう思っているのだろうが。


 では誰がそう願っているのか?


 ギリギリと爪を噛みながらその光景を見るのは、何を隠そうこの世界の神だ。


『ふざけるなふざけるなふざけるな』


 呪詛の様に呟きながらも、人の営みを神の座から見守る神。


 しかし何を其処まで怒っているのだろう? 人々が楽し気に過ごすのは其処まで悪い事では無いはずだ……と言うのは、神の立場に立ったことが無いから言える事。


 では、神の立場に立って考えてみよう。



 事の発端は異世界の勇者が召喚された事だろうか。

 召喚された勇者は国や民の望むままにその力を振るい世界を救って見せた。それ自体は神から見てもある意味一安心と言える。


 しかし問題は其処で終わらなかった。


 呼ばれた勇者は故郷を思う念からだろうか、地球で彼が楽しんだ文化をこの異世界へと持ち込んだ。

 夏の盆踊り、ハロウィン、そして今回はクリスマス……と、彼自身が楽しむだけなら問題無かっただろう。しかし彼は自分の存在がどの様なものか、自分達がやっている祭りの意味が何なのか全く考えていなかった。


 盆踊りとは何だろうか? 

 起源は諸説あり仏教が元ではと言うモノや、原始信仰が元では? という説など色々あるが、基本的には死者への供養と言ったモノだ。

 そして現代の日本において死者への供養は仏教が基本となっている。となると、その祈りの踊りが捧げられるのは?


 ハロウィンはどうだろう。

 今でこそ若者が街で暴れたりしているが、そもそもは古代ケルトにおいて年の代わり及び収穫祭として、篝火を焚き、作物や動物をドルイドと呼ばれる司祭たちが捧げていた。

 後の時代にカトリック教会がこの日に合わせて〝諸聖人の日〟を設定した事で、キリスト教のイベントじゃないの? なんて思っている人もいるとか……まぁ、どちらにしても祈りを捧げる先と言うのはと言う話。


 そしてクリスマス。

 これは誰が何といおうとキリスト教のイベントであり降誕祭だ。ただし、キリストの誕生日では無く正しくは復活祭である。なので決して恋人同士の日では無い。

 後、起源を言い出せば古代ローマのミトラ教なども出てくるが割愛。今の時代はキリスト教がメインだ。

 そして主な過ごし方は、家族と静かに祈りを捧げ、いい子に過ごした子供の為にクリスマスツリーの木の下にプレゼントを置くなど、家族〝愛〟の日。それを恋人の日にしてしまうとは、げに恐ろしきは日本の商人たちと言った処だろうか?


 他にも様々なイベントはあれど、元の意味など知って居る人は一体どれだけいるのだろう? 此処で上げた内容も大まか内容で諸説ある話の一つなので、正確だとは言えない。気になる人は此処で調べて貰いたい。



 それはさておき。



 祭りやイベントと言うモノは基本何かへ祈りを捧げる行為だ。

 其処に思いがあるかどうかは……普通なら関係のない話だろう。何せ日本においては宗教観などまるっと無視だ。其処にどのような意味があろうとも。

 お盆となれば念仏を唱え、クリスマスになればクリスマスソングを、正月ともなれば初日の出と初詣……神仏キリストローマ神話となんでも入り乱れている。


 そしてソレは、魔力や神が側にいない地球だからこそ問題が無かった。


 そう問題は異世界という事。

 異世界には実際に民に寄り添う神が居る。そして、そんな神は民へと加護を与え、民は神へ祈りを捧げていた。


 さて、此処でよく考えて欲しい。

 神が居ると言うのに、違う神の為の祈りを捧げる儀式と言えるイベントを行う。これは良い事なのだろうか?


 神からしてみれば、祈りと言うパイを他の神に送られ、しかもそのパイは違う世界に居る神宛てなので届く事も無く……ただの無駄に終わる。勿体ないことこの上ない。

 限りある祈りと言うパイをゴミ箱にぽいぽいと目の前でやられているのだ、その捨てられている者が必要だと言うのに我慢出来るだろうか?

 それならそのイベントを、神である自分達に合わせた改変をして祈れ! と願うのは何も間違っていない話だろう。


 しかし、日本人であった勇者はイベントの内容など気にせず、まるっとそのまま日本に居た時の感覚で行う。ただ、故郷への念と騒ぎたいが為に。







「神よ! 何が気に入らなかったのですか!!」

「助けてください! このままでは生活が!!」


 神様は祈りが薄くなったために、人々から加護を取り上げた! 等とは知る事もなく、人々は神に救いを求める。

 決して神様は拗ねている訳ではない。祈りと加護とは深くかかわりがあるからだ。祈りがあるから加護を与える為のエネルギーが確保出来るのだから。なら祈りが薄くなれば当然だが加護も薄くなる。

 そして、祈りが分散されるくらいなら、違うモノ達に加護を与えた方がマシだというのは神側からしてみれば当然だろう。

 動物にでも与えれば、純粋な気持ちで祈ってくれるのだから。


『反省してろ……当分の間、加護は他の魔獣にでも与えておけば祈りの量は十分維持できるだろうからな』


 そんな事を神が思っているなど露知らず、人は王や勇者へも助けを求めるのだが……。


 残念ながら神が最初に加護を外したのは……勇者達だ。


 ある日突然加護が切れた勇者達が当分の間、途方にくれたのは言うまでも無いだろう。

 とは言え神も悪魔では無い。ある程度してから確りと語り合いと言う名のおどs……げふんげふん、話し合いをし人々に加護が復活するのだが、ソレは少々先の話。

全力でネタです。

祭り等の元はかなり端折ってますし、色々ある説の一つなのであしからず。まぁ、こういったのって調べてると面白いですよ。

あれ? このイベントって元になった宗教違ったんだとかありますし。


まぁ、ふと思ったんですよね。

割とこういった時期のイベントネタで企画をやるのはよく見ます。そして読んでいて楽しいけど、実際に異世界で神が居た場合こういったイベントってどうなんだろう? って。

ま、こういったふざけたネタと言うか内容が一つ紛れても……問題ないですよね、思いついちゃったから仕方ないサ(´-ω-`)

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