ベトナム帰還兵
鹿を撃ちそこねたベトナム帰還兵は麻薬取引が失敗したと思われる荒野の世界を見る。いや、自分のいた世界とここは別世界だと最初は思う。少し遠い道のりに、ほんの瞬く間に終わった銃撃戦の跡地と手付かずの麻薬が何十キロとあった。ベトナム帰還兵はここから立ち去ることは出来ず、辺りを観察して回る。ピックアップトラックの中に、まだ微かに息をしていた男がいて、そいつは水を求めていた。アグァ。アグァ。そう瀕死の男は伝えていた。
そして先の鹿と同様、ずっと先にあるものを見つめる。その先にある木陰の下にいる男が死んでいるとわかったとき、そしてその手元にある大金を目にしたとき、ベトナム帰還兵はその金を持っていこうと決心した。
トレーラーハウスに帰り、妻と並んで映画を見てビールを呑む。そして隣同士で眠る。いつもそうしているように。しかしベトナム帰還兵は途中で眼を覚まし、起き上がる。水を汲んでいる途中、妻は何事よと聞く。ベトナム帰還兵はもし俺が帰ってこなかったら、ママにさよならを言ってくれと言う。妻はあなたのママは死んだんじゃないと言う。じゃあ自分で言うことにするよとベトナム帰還兵は言う。
そして全ての世界が数え切れぬ道の集積であることを理解する。一つの線の行く末が世界を形どっているとも言える。あの荒野と鹿打ちをしていた荒野は無縁ではない。ある日必ず交わる。その瀕死の男が自分の未来の姿として映ったとき、あるいは過去の愛する人間に垣間見えたとき、ベトナム帰還兵は自らの運命からは決して離れることが出来ないのだと悟る。それからベトナム帰還兵は自分の車を運転して水を欲しがった男の方へと向かっていった。そこに向かった人間は他にもいた。盗られた金を取り返しに来る、狩猟者のような男たちがいた。