エネルギー切れ
「リリアン、その娘を連れて逃げな!」
「はい!」
リリアンは背中から蝙蝠の羽根を出し、
女子高生を抱えて空から逃げる。
相手が何者であれ、
空までは追って来られないだろうと。
運転手は筋骨隆々の肉体へと変身を遂げ、
全身を体毛が覆い尽くす。
夜空には雲ひとつなく満月が見える。
「人狼かい、そんなとこだろうと思ったよ」
人狼となった男は
長い舌舐めずりをしてみせる。
「お前らサキュバスはいいよなあ。
ただでやらせてやるって言って、
男の精気吸い取ってりゃ、
それ程食費も生活費もかからないだろうよ。
こっちはなあ、
そういう訳にはいかねぇんだよ。
この体を維持しようと思うとな、
物凄い食費がかかるんだよ、
大量に食わなくちゃならないからな。
人間を喰っちまう訳にもいかねえしな」
『人狼はその安全性から
まだ移民者として認められてはいない。
となれば密入国者か?』
アイリンの脳裏に嫌な考えが過ぎる。
「あんた、まさか、
人間は喰ってないだろうね!?」
「さぁ、どうだろうな?」
この世界で異世界からの移民者が、
人間を喰らうのは御法度中の御法度。
それこそ即移民中止となり、
全員強制送還という事態になりかねない。
-
「あたしだって
同郷の仲間を売るような真似は
したくないんだけどね。
こっちの世界で罪を犯してるってんなら話は別さ。
しかも今回のはちょっと
看過出来るようなもんじゃあないね」
アイリンは覚悟を決める。
「じゃあ、どうするって言うんだい?」
その言葉と共に人狼の拳が
アイリンに襲い掛かる。
これをかわすアイリン、
だが人狼は次から次へと拳を繰り出し、
止まることを知らない。連打。
かわし続けるアイリンだったが、
次第に動きが鈍りはじめ、
ガードで防戦する一方に。
「ちっ、エネルギー切れかい……」
人狼の渾身の一撃をガードの上からくらい、
体ごと吹き飛ばされる。
「おいおい、どうしたよ?
戦闘タイプのサキュバスは
こんなもんじゃないだろうよ」
少々物足りなないと言う様子の人狼。
「お前まさか、エネルギー切れか?
そうか、それでこの車襲って来たって訳か!
人間の屑の
いい感じに腐った魂なんざ、
お前達の大好物だろうしな。
エネルギー補給前で残念だったな」
こちらの世界に移民して来てから、
人間の精気を吸うことなく
食物を口径摂取して来たアイリン、
戦闘で本来の力を出すには
明らかにエネルギーが足りていない。
片膝をついて立ち上がるアイリンに
勝利を確信する人狼。
しかしアイリンの目は諦めておらず、
むしろ眼光の鋭さは増して行く。
「その人間の屑に雇われてるあんたは
一体何なんだろうね……」