黄金の蝙蝠
危うく被害者となるところであった少女、
目の前で何が起こったのか全く理解出来ずに、
呆気にとられキョトンとするばかり。
おそらくは自らの貞操、
その最大の危機を脱したということは、
辛うじて理解はしたのだが。
「あたしが家まで送ってあげようじゃないか」
何故かその場に残っていた
謎の女の声にビックと体を反応させ、
ようやく我に返る少女。
突如現れた謎の得体の知らない女が
危険人物である可能性ももちろんあったが、
今しがた身の毛もよだつ怖い目にあい
自失茫然の彼女が
その申し出を断れるはずもなかった。
「あんたみたいな娘が、
こんな遅い時間に
あんな暗い夜道を一人歩きだなんて、
まるで犯してくれと言わんばかりじゃないか」
帰宅途中、放心状態の少女は
謎の女に軽く説教をされていたが、
魂が抜けたように脱力して
曖昧な相槌を返すのが精一杯。
しばらくして大分落ち着いてから、
ようやく自分が助けられたらしいことに
少女は気づく。
「あ、あのぉ、
ありがとうございました…
助けていただいて…」
突然少女にお礼を言われた謎の女。
「あ、あぁ、
あたし達にも見返りがあることだからね。
気にしないでおくれよ」
それまでの歯切れの良さから一転、
口ごもるように返事をした。
少女は自らの心拍数が平常で、
落ち着いていることを確認してから切り出す。
「あなたは一体何者なんですか?」
謎の女は一瞬顔を上げ夜空を見つめた。
「うーん… まぁ、
移民の人かねぇ… サ、サキュ… 」
女はそこまで言うと言葉を止めた。
「まぁ、あんたみたいな生娘は
知らないほうがいいことかもしれないね… 」
少女は女の言葉に顔を真っ赤にする。
「えっ!?」
生娘の意味は知っているらしい。
「あぁ、すまないねえ、あたしらはほら、
そういうの匂いでわかっちまうんだよねえ」
「まぁ、あたしのことは忘れておくれよ。
ただの通りすがりのいい女だよ」
確かに改めて街路灯の下で見る謎の女は、
少女が見ても身震いするような絶世の美女であった。
背が高く十頭身はあるのでないかと思わせる
身体バランス、手足が長く、
動きもどこか洗練されている。
少女からすればとても同じ人間とは思えない、
まるでこの世の者ではない
何者かのように思えてならなかった。
『怖い目に合った数分ぐらいだったら、
記憶を操作して
忘れさせてあげることも出来るんだけどねぇ…
まぁ今回の記憶は残しておいたほうが、
今後用心するだろうし、
この娘のためにはいいだろうねぇ』
女はそんなことを考えながら、
少女と共に夜道を歩いた。
自宅の前まで来ると、
少女は改めてお礼を言おうと、
謎の女に振り返る。
「危ないところを助けていただいて、
本当にどうもありがとうございました」
改めて深々と頭を下げて謎の女に礼を言う少女。
そして少女がその頭を再び上げた時、
目の前にいたはずの女はもうなく、
ただ夜空の闇に高く飛ぶ一匹の蝙蝠、
その黄金にも見える姿だけが、
彼女の目には映っていた。