百年以上ぶりの恋
「慎さん、
日本式の漢字を使った名前を
あたしにも付けておくれよ。
あたしもね、
せっかくここに移住して来たんだから、
日本式の名前を付けてみたいのさ」
「わかりました」
少し考えてから守屋は
自分の手帳に文字を書いてみせる。
「では、こんなのはどうでしょう?
『愛』と『倫』で『愛倫』」
「『愛』はもちろん
サキュバスのイメージですが、
『倫』には『人が修める、守るべき道』
という意味があります。
そしてもう一つ『倫』には
仲間という意味もあるんですよ」
「サキュバスでありながら、
人間のルールを守ろうとするあなたに
ぴったりの漢字だと思うのですが、
どうでしょう?」
愛倫は嬉しそうな顔で素直に喜ぶ。
「いいねえ、うん、いいじゃないか」
「確かにあたしにぴったりの文字だよ、
さすがあたしが見込んだ慎さんだよ」
「名前も付けてもらったし、
これで慎さんとあたしの契約成立ってことだろ?
早速で悪いんだけどね、
すぐそこにラブホあるから、行こ」
「は?」
「なんなら店内でだっていいんだよ?
プルプル震える店長と小娘がいるけど、
気にしなくていいからね」
「あれだろ?
名前を付けてもらったら、
その人があたしの主になるっていう
決まりなんだろ?」
「姐さん、それは和風系の設定ですから、
洋風系の私達は違うんですよ!」
「なんだい、そうなのかい?
ここは日本なんだし、
そういうことでいいじゃないか。
『郷に入っては郷に従え』だよ」
-
強引に契約しようとする愛倫に
戸惑う守屋だったが、
サキュバスの本能的な習性だろうと解釈して、
折衷案を申し出る。
「まだ童貞を捨てる訳にはいかないんですが、
報告書で読んだ『ドレインタッチ』なら
ご協力出来るのではないかと」
若干不服そうな愛倫ではあるが、
少しでも進展があるなら嫌がる道理もない。
「まぁそれでもいいかね。
慎さんの精気が貰えるなら、
有難く頂戴しておくとするかね」
守屋の頬に掌で触れる愛倫、
二人の初めての接触。
「こっちに来てからはじめてだよ、
人間の男の精気を吸わせて貰ったのは」
惚れた男に精気を貰えて
幸せそうな顔でご満悦の愛倫。
「人狼がいるじゃないですか?」
ここまで惚れた男の前ではよく笑い
可愛いらしい愛倫を見て
戸惑っていたリリアン。
人間男性との恋愛願望がある自分より先に、
惚れた男に精気を貰っている愛倫を見て
ちょっとだけ嫉妬してみたりする。
「あれは獣だしね、
緊急措置で仕方なくってやつだよ」
精気を吸われぐったりしている守屋。
「いやぁ、
結構体 怠くなるもんなんですね」
「やだよ、
久しぶりでちょっと吸い過ぎちまったかね」
これまでの様子を
横で見ていた高齢 店長が
何を思ったかプルプル震える手で突然
愛倫の手を握る。
「どうしたんだい? 店長」
「わっ!
店長が萎んでいきますよ!」
「おかしいね、
ドレインタッチはしてないんだけどね」
「ダメダメ!店長早く手を離して!」
高齢店長興味本位で危うく死にかける。
いつもと調子が違う愛倫に
困惑していたリリアンだが、
次第になんとなくだが気づく。
自分が生まれてから百年ちょっとが経つが、
愛倫はその百年以上の間、
恋をしていなかったのだと。




