精神病院
食器とナイフ、フォークが微かに奏でる金属音に、警官隊が我に返る。
銃口を向けた隊員の一人が一歩前に出る。
「黒目 恵だな。大人しくしろ、殺人、殺人未遂、共謀罪(テロ等準備罪)、その他、多くの逮捕状が出ている。わかるな?」
黒目 恵は、大人しく、両手を前に出すと、にんまりと笑った。
「私は、今凄く満たされてる……今なら捕まってあげるわ……あはは、あはははは」
誰の目にも、彼女は狂った存在であると認識させるような、笑い声が室内に響く。
無抵抗のまま、両手に手錠が掛けられる。そして、警官達は斉藤の存在を捜す。
しかし、隠れ家の中に斉藤の姿はなかったのだ。
黒目 恵に行方を聞くも斉藤の事は一切、語ろうとはしなかった。
後の黒目 恵の裁判にて、責任能力がなく、心神喪失状態であると弁護士側が発言し、検察側がそれを否定し、両者の言い分が真っ向からぶつかる。
しかし、精神鑑定の結果、黒目 恵の心神喪失であると言う発言が認められる。
それを考慮に入れた状態で裁判官が判決が言い渡される。
「判決、黒目 恵、彼女を精神病院にて、30年の治療を目的とした入院を命じます、また、入院期間が終わるまで一時的な退院、外出に関して、一切認めぬものとします」
法廷が、ざわめきに包まれ、裁判を傍聴していた警官達は判決を聞き、怒りと悔しさに、拳を握り、涙を流した。
数十人の命を奪った異常者であり、殺人鬼の女が目の前で精神病院にて、30年入院すれば、解放されてしまう事実を目の当たりにしたのだから当然と言えば、当然であった。
黒目 恵は、国家管理の精神病院へと、護送車に乗せられ送られる。
裁判が終わった後、傍聴していた警官達が裁判官に対して、質問を投げ掛ける。
「何故です! なぜ、あんな女が……」
裁判官と警官達のみの空間、裁判官は軽く溜め息を吐く。
「ふう、今から私は独り言を言う、あくまでも、独り言だ……」
一瞬、空気が静まる。
「精神病院は、毎日のように気分安定剤、抗うつ剤、睡眠薬、抗不安剤……多くの薬が投与される……30年も、そんな生活を続けられるように人間の体は出来ていない……言わば、絞首刑と言える……」
独り言をいい終えると、裁判官はゆっくりと立ち上がる。
全ては終わったのだ。
誰もが、そう考えて止まなかった。
黒目 恵が精神病院に送られて1ヶ月、次第にその異常性が明らかになっていく。
斉藤の存在は明らかにしなかったが、会話の中に“斉藤先生”と言うワードが仕切りに現れ出す。
両手足を拘束された状態で、精神科医と向き合う黒目。
「黒目 恵さん、気分はどうかな? 少しは此処での生活になれたかな?」
精神科医の言葉に黒目はニッコリと笑みを浮かべた。
「凄く満たされてます……最高の気持ちなんです、優越感と包容感……全てが私の体内に脈打っているの……ねぇ、先生……私は幸せなんです……」
「それは良かった……取り敢えず、薬をしっかりと飲むようにね」
男性の看護士が黒目を病室に連れていく。
病室は窓が1つ、鉄格子が付けられ、更に嵌め込み式になっている。
室内には床に埋め込まれる形で机と椅子が備え付けてあるのみで、棚や動かせる家具等は一切ない。
病院内での食事はトレーの上に紙の器に乗せられた状態で扉の下から室内に渡され、各自の部屋で行われる。
プラスチックのスプーンのみが一緒にトレーの上に置かれている。
黒目 恵は、食事を数口のみ、食べる程度であり、完食する事はなかった。