選択肢のない選択
沖野 恵がマンションに辿り着いた時、一台の車がパッシングをする。
車に向かい歩いていくと、運転席側の窓が開けられた。沖野 恵は軽く覗き込むように車内に向けて語り掛ける。
「なんの用かしら? あんまりこの場所には来て欲しくないんだけど」
笑みを浮かべながらも、少しきつめの口調でそう車内の男性に向けて声を掛ける沖野 恵。
「俺だって、同じだ……アンタのせいで、危ない橋を渡ってるんだ! それより、金を……頼むから、借金取りに返す金が無いとヤバイんだよ!」
車内に居た男性の正体は尾田であった。沖野 恵のカウンセリングの際に警察内部に内緒で闇金から金を借た事実と返済に困っている事実を沖野 恵に話してしまっていた。
普通なら聞き出せないであろう情報であったが、沖野 恵は尾田の態度から、何かを隠している事を悟ると、徐々に会話の中から真実を聞き出したのであった。
カウンセリングが終了する際に沖野 恵は尾田に対して、とある質問を口にした。
「貴方は返済額と仲間、どちらかを選べと言われたらどちらを選びますか?」
沖野 恵はそう言うと尾田の眼球の動きを見つめる。数回の瞬きが行われ、眼球が若干、左右に動く。
沖野 恵は軽く突き放すように、そして、逃げ道を与えるように語り掛ける。
「尾田さん、貴方はきっと、仲間を……組織を裏切らない……でも、貴方がお金を借りてる事実を知れば、貴方の大切な仲間と組織は尾田さんを切り捨てるでしょうね……早く全額返金した方がいいですよ」
“切り捨てる” その言葉に拳を“ぐっ”と握る尾田。
「そんな筈ない、と言い切れない自分が情けない……出来心だったんだ、普通のローン会社からは金が借りれないし、銀行だって……とにかく、真面目に頑張るしかないんです」
その瞬間を待っていたと言わんばかりに、沖野 恵が悪魔の誘いを尾田に提案する。
「なら、私が手を貸します。その代わりに、尾田さんには人生を賭けて頂きたいんです」
「な、何をいっているんですか、人生を賭けろなんて、映画やアニメじゃあるまいし……」
逃げ腰になる尾田に対して沖野 恵は優しく笑い、レコーダーを取り出す。
「あくまでも、カウンセリングの延長ですので、音声は録音させてもらっています。それに、報告書をあげるのですから……貴方の借金のことは確実に上司の立場にある人物に知らされます」
尾田が怒り、テーブルを強く叩くようにしながら、立ち上がる。それと同時に再生されるレコーダーの音声。
「全てを失った人生を歩むか、今ある物を手にしたままの人生を歩むか、選んでください。無理強いはしません。選ぶのは貴方の自由なんですから……尾田さん」
選択肢のない選択を迫られる尾田。
沖野 恵は尾田に対して、借金の金額を紙に書くように指示をする。
書かれた金額を確認すると直ぐに沖野 恵は尾田に対して強気な口調で語りかける。
「選びなさい! 今すぐに、貴方の未来を、必要な額は私が出してあげるわ」
その言葉に対して、尾田は悩みながらも首を縦に振った。その際に軽く笑った事実を沖野 恵は見逃さなかった。
金の為に仲間を裏切れる存在であり、金が体に染みつき、普通の生活が困難な贅沢に依存した存在、それこそが尾田であり、金を麻薬のように使う沖野 恵からすれば、最高の人材であった。
そんな操り人形のような存在だった尾田が、沖野 恵に対して現金を要求したのだ。
その瞬間、沖野 恵は尾田に対して、“廃棄したい”と考える。
「わかったわ、なら……部屋まで来て、通帳と印鑑がないとどちらにしても渡せないわ」
二人は沖野 恵の部屋がある八階へと向かって行く。




