2日目
人通りが激しくなる夕暮れ時、斎藤は用意したキャリーバッグに眠らせた女性を優しく入れる。
壊れやすい貴重品を扱うように頭や手足の触れる箇所にはガーゼが当てられる。
マンションに設置された業務用エレベーターに乗り込む斎藤と女性が入ったキャリーバッグ。
一階のボタンを押す。モーター音が微かに響き動き出すエレベーター。
一階を目指し動き出したエレベーター、普段ならノンストップで目的地である駐車場へと辿り着く。
その日、斎藤が予想にしない出来事が起こる。
業務用エレベーターが途中の階で停止する。
今まで一度として起こりえなかった事態に斎藤の表情は一瞬の危機感に包まれる。
開いた扉の先には二十歳くらいの女性が立っている。
無駄に目立つ大きめのリボンとポリエステルの肩かけ鞄を掛けている。
エレベーターの敷居を挟み、向き合うように視線が重なる男女。
「あ……」と、口を呆ける斎藤を見て、女性は微かな笑みを浮かべ、エレベーターの中に足を踏み入れる。
「すみません。まさか、先客がいるなんて」
「あ、いや、普段……人が乗ってくる事がないから、すみません」
互いに軽く会釈を済ませ、エレベーターは地下駐車場の搬入口に辿り着く。
地下駐車場の搬入口付近は駐車禁止エリアであり、通常の駐車場までは一度階段を上り、2、3分歩かねばならない。
そんな2、3分すら惜しむ者ばかりが住む高級マンションで業務用のエレベーターを使う者など、全体の数%にも満たない。
「あ、私は七階に住んでる沖野 恵です」
「え? あ、斎藤です……」
高級マンションに似つかわしくない程、明るく無邪気な女性の笑みに咄嗟に自身の名を名乗る斎藤。
女性はエレベーターから敷居を跨ぐように軽く“ぴょん”とジャンプをする、くるりと振り向き、最初の向き合う形に戻る二人。
「斎藤さん。また会える気がしますので、絶対に名前を忘れないでくださいね。それじゃ」
返答も聞かず、走り去る女性の後ろ姿が見えなくなった瞬間、斎藤の全身から冷や汗が噴き出す。
「沖野……恵か、覚えておくとしよう、ただ……当分は時間をずらす必要があるな」
女性の入ったキャリーバッグを引きながら、斎藤は搬入口の外に車を回す。
そして、ビニールで覆われた後部座席に女性の入ったキャリーバッグをそっと乗せ、車を走らせる。
十分足らずで辿り着いた人気のない、河川敷。
車内から数歩離れた場所で煙草に火をつける。
一服を済ませた後、吸い殻をポケット灰皿に片付けると車内からキャリーバッグを取り出す。
「さよならだ。お前の罪は此れで償われた」
…………
………
……
朝のニュース、警察により発見された被害者の報道で賑わう。
その日、斎藤は1日、何をするでもなく、自室で時間を過ごしていた。
「沖野……あの女、少し気になるな……何故、業務用エレベーターを使っていたんだ……」
静かに窓の外を見つめる。
パトカーのライトが光の世界を作り上げるように周回する。
当然ながら、マンションの周りにも警察官らしき姿を確認する。
証拠も見つけられない警察を嘲笑うように見下ろす斎藤。
そんな時、マンションの下で警察官に質問されている女性の姿がパトカーのライトに照らされている。
その時、斎藤は自身の目を疑った。
あっさりと話が終わったようにパトカーが去っていく。
去り際のパトカーのライトが照らし出した、その女性の顔は沖野 恵であった。
ベッドで横になる斎藤の脳裏に幾つもの不安が過る。
5時過ぎのテレビのニュースをつける。
“事件の進展はない”と言う言葉に安堵する。