表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/51

過去……後編

 一変した院長室の空気、しかし……出した言葉を戻す事は出来ない。


 圧倒的弱者と言う事実がありながら、折れたくないと心から思っていた。


「医療ミス? 何の話しかね……斉藤先生?」


 余りに冷静な返答、だが、その瞳は笑っていない。


「何を! ちゃんと聞いたんです!」


「斉藤先生……この世界に居たいなら、その口を閉じなさい……斉藤先生は、海外旅行はしたことがあるかね?」


 いきなり話題を変える院長。


「今年の始めに友人の結婚式でハワイにいきましたが」


「それは良かった。パスポートも問題ないねぇ、実に急なんだが三日後から海外研修に向かって貰うつもりだから、用意をしなさい……」


 余りに突然の事に困惑すると同時に怒りに似た感情が溢れ出てくる。


「いきなり、どういう事ですか!」


「なぁに、海外研修に向かう筈だった先生が辞退してしまってねぇ、代わりに送っても恥ずかしくない人材を探していたんだよね? 斉藤先生なら、申し分ないからね」


「そんな急に……それに受け持ちの患者がいます……ですので、この話は御断りします」


「斉藤先生……余り自分を大きな存在に思わない方がいい、過信満身は身を滅ぼすからねぇ? いい経験になるさ、海外の医療は日本とは違い本当の戦場だからね……これは命令だ! 断るなんて認めないよ」


「……行き先は……何処ですか」


 院長はニヤリと下卑た笑みを浮かべ、封筒を取り出す。


「行き先はアメリカだ。確りと学びなさい……三年間の海外生活だ、部屋は此方で用意するから安心したまえ」


「な、三年ッ! そんな長い期間なんて」


 徐にレコーダーを取り出す院長、再生される会話、全ての録音が終わると封筒を開くように言われる。


 封筒を開き、中身を確かめる。


 “私は三年間の海外研修に参加する事に同意し封筒を開封する”と書かれた紙が入っており、更に研修中の間の給料の前払いの金額が記されていた。


 ●12×42万=504万

 ●昇給×2【基本給×2・3】=194万

 ●12×45=540万

 ●昇給×2【基本給×2・3】=208万

 ●12×52=624万

 ●昇給×2【基本給×2・3】=240万


「良心的な話だ。三年間の研修は前払い、更に全て支払い額は切り上げだ。住居の確保と長期滞在の手続き、何一つ苦労なく行けるように配慮してある……だが、断るなら、違約金を払って貰うよ、斉藤先生?」


「違約金……ですが、受けるなんて一言も……」


「行き先を聞き、給金の明細を受け取ったんだ? 立派な契約じゃないか……斉藤先生、私は君に期待しているんだ……普通なら有り得ない金額を提示して研修に送り出そうとしているんだ……失望させないでくれたまえ」


「因みに……違約金とはどれ程です……」


 斉藤の辛そうな表情を見つめると院長はあっさりとした口調で語る。


「前払い金額の全額返済と、研修費用の全額負担のみだ、まあ、二千万程になるかな? わかったかね? 破格の待遇で海外研修に行くか、人生を捨てるかの二択だ」


 選択肢の無い選択に斉藤は両目をグッと瞑り、院長の提案を受け入れたのである。


 海外研修に向かう斉藤を見送るのは、院長から監視役を任された教授達であり、せめてもの救いは院長が口にした前払いの金額……2310万と言う金額が口座に振り込まれていた事であった。


 斉藤はそれからの三年間をスラムに近い病院で過ごす事になる。


 日本で有り得ない銃弾の傷と抗争で死に行く幼いギャング、巻き込まれた一般人達、斉藤の経験した三年間は地獄と隣り合わせであった。


 斉藤は研修期間を終えて、日本に帰国すると院長の元に行き、退職届けを提出する。


「本気かね? 私を怒らせると医師として、まともに勤務など出来なくなるぞ?」


「本気です……俺は、もう……普通の状態で勤務する事は出来ないでしょうから……研修に行かせて頂きありがとうございました……」


「金を無駄にしたな、まあ、いい……違約金は無しだが、退職金は払わんぞ? それでいいなら、好きにしろ……あと、日本で医師として生きてはいけない事を忘れるな!」


 その日、斉藤は大学病院から除名される。


───現在、斉藤のマンション───


「それから、俺は流れで、手術等を行った、フリードクターだな……患者達は名も知らぬ、俺のオペを受けていたんだ……除名された俺の記憶は正式には残らないから、闇医師なんて、呼ばれるようになっていったんだ……」


 静かに斉藤の話を聞く沖野 恵。


「それでも、先生は医師であった際に多くの人を助けたんですよね……なら良いじゃないですか」


 沈黙の中、斉藤の背中に抱きつく沖野 恵の体温だけが、暗く凍りつきそうな斉藤の心を包み込んだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ