1日目
警察の目が厳しくなる最中、鼻唄を歌いながら、繁華街のコンビニから男性は買ったばかりの商品が入ったビニール袋を手に持ち自宅に向かう。
誰が見ても立派な高層マンションの中に入っていく。
「おや、斎藤先生。お帰りですか?」
マンションのエレベーターの手前にある管理人室から男性に声を掛ける管理人の老人。
「管理人さん、先生はやめてください。もう医師はやめたんですよ」
「まったく、勿体無いねぇ? 先生みたいなイケメンなら患者も喜ぶだろうに」
男性は30代で名は──斉藤 学
元医師であり、数多の才能に恵まれていたにも関わらず突如として医療の場から姿を消した若き天才である。
短めの黒髪に鍛えられた肉体と少し派手な身形は年齢よりも遥かに若々しく見える。
誰もが男性の素性を知らなければ、彼を元医師だとは誰も気づく事はないだろう。
軽く挨拶を済ませると男性はエレベーターに乗り、最上階のボタンを押す。ゆっくりと最上階へと向かうエレベーターの中、男性は不敵な笑みを浮かべていた。
最上階は部屋数が少なく、カードキーを差し込むことで開く特別なゲートが設置されている。
管理人すらカードキーの予備を所持出来ない仕組みになっている。
日常の中にある非日常の扉にカードキーを差し込む男性、開いたゲートをゆっくりと歩みを進めていく。
最上階の一番奥に位置する部屋の扉を開き、静かに扉を閉める。
静かな室内は本棚とオーディオ機器、小さな冷蔵庫と大きなソファーが置かれている。
最低限の生活感のみを残した室内、冷蔵庫から氷を取り出しウイスキーをグラスに注ぐ、薄茶色に輝くグラスを軽く手に取り、一気に飲み干す。
軽く余韻に浸る男性は歯を磨き、酒の香りを薄めると再度、室内を後にする。
向かった先は隣の部屋であり、キーケースから持ち手が黒く塗られた鍵を取り出し、扉を開く。
室内は白一色に包まれた異様な世界観、普通ならばある筈のない医療機器が並べられている。
そんな室内には特注品であろう、閉鎖的な扉が二つ取り付けられている。
扉を開きながら男性は好奇心に身を震わせるように下卑た笑みを浮かべる。
「いい子にしてたかな? ……と、言っても聞こえないか……」
白一色の室内とは一変し、黒く塗られた室内、椅子に固定された状態で目隠しをされ、※イヤーマフを装着された女性がライトに照らされている。
※イヤーマフ……ヘッドフォンのような形をした、防音用の器具
「今日が潮時かな……最後の一枚を撮る前に綺麗にしよう、別れは本当に悲しいよ……」
そう呟くとお湯を沸かし始める男性。
その日、神隠し事件の被害者がまた一人、発見される事となる。
警察はこの事実に怒り、同時にパトロールの時間を大幅に見直す事になる。