表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/51

割り切れない現実

 一緒にして、恐怖が背筋を駆け巡る。


 刃が肩に触れる寸前で停止する。


「先生……そんなに、その肉の塊が大切ですか……」


 震える声と重なるように包丁を握っていた沖野 恵の手が震える。


「私は先生が……先生が……」


「それ以上は言わなくていい、俺は祈りを捧げていただけだ、あと……包丁を下げてくれ、流石に刃物を肩に当てられてると背筋が凍る」


 僅かな沈黙が生まれ、一瞬で破られる。


「もし、私がこの刃で先生の脛動脈を切り裂いたなら……先生は私をずっと見つめてくれますか?」


「そっちに振り向きたいがいいかい」


 ゆっくりと時間を掛けて後ろを振り返る。


 そこには、両目に涙を溜めて必死に声を押し殺す沖野 恵の姿があった。


「泣かないでください……俺は生きて恵さんを見つめていたい……なんてね」


「そうですね……先生、私も生きている先生が好きです……取り乱してすみませんでした……」


 静かに立ち上がる斎藤、向かい合う二人。


「先生、先ずは()()の処分を済ませないとですね」


 斎藤の後ろを満面の笑みで指差す沖野 恵。


──恵さんは、きっと狂ってしまったんだろう……俺と同じように……なんでこうなってしまったんだ。いや……もう、戻れないんだ……悩むだけ無駄だな。


 静かに死体の処理を開始する。


 まるで、料理を作るように解体する二人、既に罪悪感と言う概念はそこに存在していない。


 すべての作業が終了した頃、警視庁死体調査室に新たな遺体が届けられる。


 志乃は目を瞑り、怒りに拳を震わせていた。


 ストレッチャーに乗せられ、白い布で覆われた青年の遺体。


 ネームには【大野 健】の文字が記されている。


 遺体が発見されたのは、山奥の小さな墓地だった。


 数年ぶりに、墓の掃除に訪れた男性が偶然にも大野の遺体を発見する。


 遺体には喉と心臓部分に激しい電流による火傷の痕があり、弄ばれたように無数の切り傷が刻まれていた。


 行方不明者リストの顔写真から大野 健である可能性が浮上し、指紋と歯形から本人であると特定された。


 管轄外であったが、直ぐに警視庁死体調査室に送られる事となる。


「大野君……やっと帰ってきたのね……遅刻だけなら許してあげたのに……有給もボーナスも余ってるのにね……本当にバカなんだから……」


 志乃と他の職員達が見守る中、大野 健の司法解剖が開始されていく。


 身近な存在にメスを入れる志乃。迷いのないメスは大野の体内を露にする。


 その場に居た全員が無言のままに目を真っ赤にする。


 すべてが終わり、体が閉じられる。


 志乃は軽く挨拶を済ませると、静かにその場を後にした。


 デスクに座り、札に書かれた“禁煙”の文字を見ながら、タバコに火を付ける。


「……うぅ……大野君……ごめんなさい、痛かったよね、うわぁぁーーぁぁぁ!」


 デスクに響く志乃の悲しみの叫び、誰もが理解していたが割り切れない現実が其処に存在していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ