無関心
マンションの室内に充満する鉄臭く生々しい血の臭い。
昼過ぎのベッドの上で一人、目覚める斎藤、その寝覚めは最悪であった。
鼻につく臭いが現実を物語る。
しかし、斎藤を驚かせた事実は沖野 恵が残したメモにあった。
【職場に一度、顔を出して来ます】
冷静になった斎藤は慌ててカードキーを探す。
ゲートを開けるカードキーは無く、斎藤はマンションの最上階から身動きが取れない現実に直面する。
──マジかよ……恵さん、まさか……裏切られる……
最悪な思考が脳内を駆け巡り、斎藤は怒りに似た感情に頭を抱える。
そんな最中、斎藤の部屋の扉が開かれ、玄関から光が室内に広がる。
「先生、ただいま。勝手にカードキーを借りましたよ。あ、メモは読んでくれましたか?」
いたって普通な態度の沖野 恵に斎藤は呆気に取られていた。
「先生? 大丈夫ですか、あと、食料品を買ってきましたよ。先生の部屋って、どちらも食材も調理器具もないから、自分の部屋から、フライパンとかも、取ってきたんです。今から何かつくりますね」
「あ、ああ……」
キッチンに立ち、普通に料理を開始する沖野 恵。
死体さえなければ、仲の良い夫婦にすら見える光景だ。
当たり前のようにフライパンに油を引き、軽く熱される。
野菜が炒められ、独特の青臭い匂いが次第に香ばしく広がる。
醤油が“じゅうぅぅ”と音を発てると醤油と野菜が次第に混ざっていくのがわかる。
野菜が皿に盛り付けられると、そのまま、豚肉が炒められる。
生姜、醤油、砂糖、蜂蜜、味醂、七味唐辛子が加えられていく。
電子レンジが“チーン”と音を鳴らし、パックの米が出来上がる。
当たり前のように並べられる料理、向かい合うように座る二人。
「先生、早く食べましょう? 冷めると味が半減しますから」
「嗚呼……いただきます」
「いただきます」
楽しそうに食事をする沖野 恵を前に斎藤は違和感を隠しきれず、質問を口にする。
「なんで、平気なんだ……元医者である、俺でも、気が動転しそうな現状なのに……」
斎藤が質問をする最中も、箸を進める沖野 恵、質問が終わると同時に箸が止まる。
「凄く簡単です……興味が無いからです。先生以外の誰にも興味が無いんですよ私、変ですよね……先生の為ならなんでも出来るんです……」
返答を返せぬまま、食事が終わる。
後片付けをする沖野 恵、斎藤は背中合わせの状態から、静かに息絶えた佐野 美奈子を見つめる。
「すまないな、俺は狂ってしまったらしい……怨んでくれて構わない……」
優しくも儚い視線が佐野 美奈子に向けられた瞬間、無言のままに包丁の刃が斎藤の頬を掠めるように振り下ろされる。