狂った瞳
愕然とする斎藤。
自身の両手を見直し、倒れた沖野 恵を見つめる。
「な、何があったんだ……」
「うぅ……先生……駄目です……」
斎藤を止めるように呟かれた小さな声、慌てて、沖野 恵を起き上がらせる。
「沖野さん……」
「うぅ……先生、私は先生になら、殺されても構わないんですよ……」
沖野 恵は力無く、佐野 美奈子に向けて指を伸ばす。
「あんなに……激しく、刺したら……助からないでしょうね……」
その言葉に振り向く視線の先に力尽きた佐野 美奈子が下を向くようにして絶命している。
全身を刺されており、斎藤が慌てて脈拍と呼吸を確かめるも既に事切れていた。
絶句する斎藤、佐野 美奈子の拘束を解き、ゆっくりと床に寝かせる。
数分間の沈黙は斎藤の乱れた呼吸を落ち着かせる。
「はぁ、はぁ……どうして……こんな事に」
呟いた直後、沖野 恵が口を開く。
「先生がいきなり、暴れたんです……止める私を突き飛ばして……そのまま、佐野 美奈子を殺害したんです……」
「オレは……俺はいったいどうなってるんだ! 何がどうして、人殺しなんかに……うわぁぁッ!」
叫びながら、拳を床に叩きつける斎藤。
そんな斎藤を両手で抱き締める沖野 恵。
「大丈夫です、大丈夫ですよ……先生、私は最後まで先生の側を離れません……落ち着いてください……」
そして、沖野 恵は悪魔の提案を斎藤に持ち掛ける。
「先生……殺人犯を作り上げましょう……そして、先生が正当防衛で殺人犯を始末すれば、刑は軽くなり、更に今までの罪はすべて、殺人犯のせいに出来ますから……」
「そんな、都合よく犯人が出来るわけないじゃないか……」
斎藤の返答に沖野 恵は笑った。
「出来るんですよ……先生、選んでください……先生は殺人犯として死刑に去れるでしょうから……何せ、警察関係者を誘拐したんですから……」
「警察関係者? いったい誰の……まさか」
斎藤の頭に一緒に拐ってきた青年の顔が浮かぶ。
「だが、あの青年は沖野さんが……ちゃんと……」
「すみません、始末しました……顔を見られていたのと、車で意識を取り戻されて、暴れられて……仕方なく……殺されると思ったんです……」
愕然とする斎藤、自身が沖野 恵に気絶していると言っても、男性を任せた結果、沖野 恵を危険に晒し、更に青年の殺人までさせてしまったと罪の意識に包まれていく。
「沖野さん……オレは……」
微かに呟く消えそうな斎藤の声に沖野 恵は軽くうなずく。
「既に私達は殺人犯なんですよ。それなら、最後までやりましょう、先生……平穏なんて生温い人生より、私は先生と灼熱の石炭に覆われた道を進みたいんです」
ドス黒く絡み付くような言葉に斎藤は微動だに出来ない。
視線が刃のように突き刺さり、絡み付く闇は大蛇の如く斎藤の精神を締め上げる。
「先生……私は先生が欲しいんです……誰よりも大切で、愛おしい先生を誰にも渡したくないんです。私は先生に協力しました……次は先生が協力する番です……ねぇ? 先生」
壊れた人形のような瞳が斎藤を見つめる。
「あは、あはは……そうか、もう、俺は闇の中にいるんだな……何をさせたいんだ。沖野さん……」
「恵でいい、先生……私は狂ってしまったんだと思う、先生も私と狂って貰えますか?」
「既に階段を踏み外した瞬間から、俺は狂っていたんだ……何処までも一緒にいくさ、恵さん……」
二人の狂った殺人鬼は愛を確かめるように体を重ねた。