警視庁、特別犯罪専門チーム【浅野 正樹】
日付が変わる。
地下死体調査室に戻り、数枚の写真を見比べる志乃。
「被害者は皆、無傷で解放されてる。今回の被害者だって……外傷はない、もし、二つの事件が同一犯だと仮定して、被害者が死んだこと事態がイレギュラーだとするなら……」
あらゆる可能性を考慮に入れて無数の紙に書き出していく。
一時間程の時間を数分に感じさせる程の集中力で書かれる可能性のリスト。
“トン、トン”と地下死体調査室の扉が叩かれる。
扉を開き、室内に入る刑事。
「まだ、帰ってないみたいだから、差し入れの珈琲を持ってきたんだが……仏さんを引っ張り出してるのか……?」
「あ、浅野刑事。今ね、新たな可能性に気づいたの。誘拐事件の被害者は皆、少なからず点滴をされていた痕跡があるの」
志乃女医と喋っているのは警視庁、特別犯罪専門チーム、通称【特犯】の一人である浅野 正樹だ。
警視庁は全国の警察官の中から有能な人材を集め、特別犯罪専門チームとし、凶悪事件、無差別事件などの際に招集される犯人逮捕のスペシャリスト集団である。
「志乃さん、余り言いたくないが? せめて、仏さんを閉まってやらないか……話はそれから聞くよ」
「わかったわよ、ただ、この被害者の女性にしても、かなり医療を知っている者が犯行に関わってると言えるわね」
志乃の言葉に驚く浅野刑事、志乃は語りながら、被害者女性の遺体をしまう。
注射の跡だけならば、志乃は医療を知る者とは語らなかった。しかし、被害者女性に施された処理を眼にすれば、医学や医療に携わる者だと直ぐに理解できる。まして……斎藤は若き天才と喚ばれていた程の名医であり、死体に対しても一切の手抜きなどをしなかったからだ。
しかし、解ったのは医療に関わる存在である事実迄であり、斎藤 学まで辿り着く事は出来ない。
斎藤と沖野 恵がマンションに帰宅する頃、警視庁、死体調査室の電気が消される。
“神隠し”と名付けられた誘拐犯、斎藤 学。
警視庁、死体調査室のエリート女医、志乃 彩音。
互いに医学を愛し、医療を人の為にと考えた両者は違う道を進み、正義と悪と言う表と裏のような位置に立つ二人、互いを知ることのない二人は同時刻に片方は電気を消し、片方は照す。
まるで、世界の光と闇を照らし出すように夜が終わる……
その日、斎藤は沖野 恵と共に朝の街に車を走らせていく。
沖野 恵の手には斎藤のリストが握られ、調べられた仕事場の住所が読み上げられる。
「斎藤先生……私は最後まで貴方と行きます。斎藤先生の思うままに罪人に罰と言う名の刃を与えましょう……」
「沖野さん……いや、確かにやり方が甘かったのかも知れない……すべてを根本から消し去る事が、必要なのかもしれないな……」
斎藤の言葉に一瞬、笑みを浮かべる沖野 恵、しかし、斎藤はそんな笑みに気づく事はなく、車を走らせるのだった。
朝方の静けさに包まれたコンビニの駐車場で車が停車する。
「着きましたね、先生」
「後悔はないのか……今なら君は戻れるんだぞ……」
「私は先生とずっと、一緒に生きていくと決めているので……後悔はありません」
会話は途切れ、斎藤は無言のままに静かにうなづいた。