第95話『人の甘さ』
移籍から本部へと向かい始めて既に三時間近く経過した所でようやく本部に到着した。遥と紫菀とマシロは壁や地面の破損が激しい方へと向かい、残りのメンバーは避難所の方へと向かった。
「おいおい、どうなってんだよこれ……」
建物が全てなくなり辺り一面瓦礫まみれになっている市民街に遥は絶句した。
「にぃに! あれ!」
武器に変身したマシロは元の姿に戻り指を指す。その先には人影が見える。
「ボスだ!」
「ボスの近くにいるのは隊長と千寿……?」
何かがおかしいと思いながらもとりあえずボスの元へと行く遥と紫菀とマシロ。
そして距離が縮まるにつれ、何がおかしいのか三人の中ではっきりしてきた。
「なんで千寿と隊長は倒れてるのにボスは無傷なんだ? それにヴァサゴはどこにいるんだ?」
紫菀の言葉に足が止まる。
「お前たち、戻ってきてたのか」
三人の存在に気づいたボスが振り返った。
「ボス、なんで千寿がこんな所にいるんですか? それにヴァサゴはどこにいるんですか?」
遥の疑問にボスは笑みを浮かべる。
「遥……紫菀……こいつは、ヴァサゴ……だ……! ボスは、殺された……!」
ボロボロのビリーがなんとか体を起き上がらせる。ボスの体を奪ったヴァサゴはそんなビリーの顔面に蹴りを入れる。
「ボスが、ヴァサゴ……?」
あまりに突拍子のないことを言われ困惑する遥と紫菀だったがマシロだけが紫菀の手をぎゅっと握り少し脅えているようだった。
「にぃに、ヴァサゴの魔力だよ……」
「もう少しディランのフリをして楽しもうかと思ったが思ったより呆気なくばらされちまったな」
ヴァサゴはボスの姿で残念そうに肩を落とすジェスチャーを大袈裟にしてみせる。
「しかし、咄嗟に体を奪ったのはいいが……魔力も大幅に下がって瞬間自己再生能力は使えなくなったうえに体の一部は使えなくなるとは」
ヴァサゴは起き上がり斬りかかってきた千寿の刃を防御魔術で防ぎながらだらんと力の抜けた左腕をチラッとだけみた。
「まぁ、動かす方法はあるんだけどな」
ヴァサゴはだらんと垂れた左腕で千寿の胸ぐらを掴み遥に向けて投げ飛ばした。
「千寿!」
遥は千寿を受け止める。
「はるにぃ……」
魔力もほとんど使い切り、体力的にも限界を迎えている千寿、遥の胸から起き上がるほどの力も残されていなかった。
「ごめん……なさい……千寿、勝てなかった。みんなで、頑張ったのに、勝てなかったよ……はるにぃ……」
遥の胸のなかでポロポロと泣き始める千寿。そんな千寿を遥は頭を撫でながらそっと抱きしめた。
「遅くなって悪かったな。千寿はよく頑張ったよ。あとは兄ちゃんに任せろ」
遥は千寿を平らな瓦礫の上まで運びそこに下ろした。一瞬だけ遥を引き止めようとした千寿だったが傷の痛みで上手く体が動かせず離れていく遥の背中を眺めることしか出来なかった。
「ヴァサゴ、ボスを返してもらうぞ」
紫菀の言葉にヴァサゴはブッと吹き出し、そこから声を上げて大笑いする。
「お前ら何か勘違いしてないか?」
「勘違い、だと?」
眉をひそめる紫菀。
「別に返してやってもいいが返ってくるのはただの死体だぞ? それでもいいのか?」
「ただの死体ってどういう事だ? お前はボスの体を乗っ取ったんじゃないのか?」
再び大笑いするヴァサゴ。
「死体を使って動いてるんだから俺が離れれば死体に戻るに決まってるだろ。とは言っても死体の体に不安定な魔力の移動で体に不具合が多いからすぐに新しい体に移らないとな」
ヴァサゴはプラプラと再び動かなくなった左腕を掴んでは離して遊んでいる。
「さて、ここでひとつ交渉と行こうか?」
「交渉、だと?」
ヴァサゴの言っている意味がわからないと言わんばかりの表情を浮かべる遥。そんな遥を見てヴァサゴはニヤリと笑う。
「今ここには戦える状態ではなくなったのが二人、そして避難所には逃げ延びた人が何人もいる。お前らが持っている魔導書を全て渡せば非難させる時間はやるぞ?」
「そんな話にのるわけ……」
今のヴァサゴであれば倒す事が可能かもしれない、それをみすみす見逃すわけには行かない。
「だったらどうする? 戦うか?」
ヴァサゴの言葉に反応するようにマシロは滅龍大剣へと変身し、遥も剣を構えた。
「なるほど、だったらまずはここ以外の施設にいる人間を殺すか」
ヴァサゴは通信用の魔方陣を二つ展開した。魔方陣には獅郎とグロウスが映っていた。
「お前たち、好きにしていいぞ」
『承知致しました』
『了解しました』
獅郎とグロウスは通信を繋いだまま多くの人が暮らしている施設の破壊とそこに暮らしている人たちを殺し始めた。
大量よ悲鳴が聞こえてくる。
「きたねぇぞ、ヴァサゴ……!」
遥は怒りをぐっと抑えながら声を発する。虐殺と破壊が繰り広げられる魔方陣の映像を楽しそうに眺めるヴァサゴ。
「可哀想に、お前たちがすんなり渡していれば死なずに済んだ命だったかもしれないのに」
「何が可哀想に、だ。俺達が魔導書を渡したとしても殺すつもりだったろ」
いつの間にかヴァサゴの背後に回り込んでいた紫菀は野球のアッパースイングのように大剣を振るう。しかし、それはギリギリで防御魔法に防がれてしまった。
「良い見世物だっただろ?」
「良いわけないだろ!」
嫌な笑みを浮かべるヴァサゴ。そんなヴァサゴの背後で遥は魔力を一点に集中させ、巨大な炎の球体をつくりあげた。
「くらえ!」
投げつけられた巨大な炎の球体に飲み込まれるヴァサゴ。そこから更に紫菀が周囲の瓦礫を支配域で操作しヴァサゴ目掛けて放つ、その光景はさながらガトリング砲のようだった。
炎が少し小さくなり始めた瞬間、炎の中で風船が弾けるように何かが爆ぜ、炎を吹き飛ばした。
「ディランの魔法はこういう使い方もできるんだな。おかげで命拾いした」
無傷のヴァサゴが手の上で光の玉を浮かせて遊びながら現れた。瞬間自己回復が使えなくなっているにもかかわらずあれだけの攻撃を受けて無傷、紫菀と遥は自分たちがみている状況の意味がわからなかった。
「嘘だろ……俺と遥の攻撃をあれだけ受けてかすり傷ひとつないなんて」
「前までは効いてたはず……まさか、さらに強くなったって言うのかよ」
遥の言葉にヴァサゴは大笑いする。
「残念ながらその推測はハズレだ。今の俺は前に比べてむしろ弱くなってる」
「だったら……」
「簡単な話だ。前までは瞬間自己再生能力があるから避ける必要も防ぐ必要もなかったが今はそうもいかないから防いでるだけだ」
「防いだ? 全方位からの攻撃だぞ。遥の炎だって相当の魔力を込めていたはずだ……弱くなってるなら尚更無傷なんてありえるはずが」
困惑する二人を見てニヤリと笑い手の上で浮かせて遊んでいた魔力球を拡大させ、自分を包み込み、そしてそれを一気に外へと弾けさせた。
「お前らのボスの魔法だ。どうだ、初めて見た感想は? なかなか凄いもんだろ?」
「確かに凄いがお前が弱くなってるのが確かなら今ここで倒さない訳はないな」
紫菀が一歩前へ出る。
「何か策があるのか」
「あぁ、とっておきの策がある」
「にぃい……!」
マシロが明らかに焦ったような声を出す。紫菀はマシロを言い聞かせるように笑いかけゆっくりとヴァサゴとの距離を詰める。
「一分間は使えるようになったんだ。あの力なら一分あれば今のヴァサゴを確実に倒せる」
「わかった……」
マシロが了承すると光の粒子が集まり滅龍断糸と似たようなワイヤーが出来上がる。それは紫菀の尻尾のようになり、先端には鋭い刃が着いている。
「一分で決めるぞ!」
走り出す紫菀。
その衝撃で周囲の瓦礫を含め遥も吹き飛ばされる。そんな猛スピードで接近されたにもかかわらずヴァサゴは焦ることも無く紫菀の振り下ろす大剣、滅龍大剣を魔方陣から取り出した無骨で禍々しい剣で受け止める。
受け止めたことでがら空きになった腹部を貫こうと尻尾を突き立てるがギリギリのところで剣を滑らし体制を変え避けられた。
そこからも紫菀の追撃は続く。荒々しくも洗練された一撃一撃は徐々にヴァサゴの体制を崩していった。
「ヴァサゴをたった紫菀とマシロだけで押してるって言うのか……」
自分も魔法で援護しようと考えていた遥だったがあまりにも速く異次元的な戦闘に割り込むことが出来なかった。
繰り返す連撃の中、ついにヴァサゴがバランスを崩した瞬間に紫菀は尻尾を使いヴァサゴから剣を弾き落とし遠くへ飛ばした。
バランスを崩し、手に持つ武器もなくなったヴァサゴ。確実に仕留めるチャンス、紫菀はヴァサゴに向けて全力で滅龍大剣を振り下ろす。
「紫菀! 私ごとヴァサゴを殺せ!」
ヴァサゴが叫ぶ。
その姿が完璧にボスと重なって見えてしまった紫菀は振り下ろす滅龍大剣をほんの一瞬だけ止めてしまった。
「甘いな」
ヴァサゴは嬉しそうに笑い。滅龍大剣をギリギリで避け、紫菀の腹部に拳をめり込ませる。
「ウグッ……」
紫菀の体がくの字に曲がる。更にそこからボディブローで下がった顎を殴りあげ、打ち上げられた頭を蹴りで地面へと叩きつける。
「そろそろ一分……時間切れだな」
ヴァサゴは満足気に言う。
「その力を簡単に言えば魔法を使い体を無理やり限界異常に動かしてるみたいだが、俺が魔力で動かない腕を無理やり動かしたのに少し似てるがはるかに強力なものだな」
「クソ……」
立ち上がろうとする紫菀を踏みつける。
「グァッ!」
「紫菀を離せ!」
遥は炎で加速し背後からヴァサゴに蹴りを入れる。ヴァサゴには蹴りの方向へと飛ばれ威力を殺されたが結果的には紫菀との距離を空けさせることができた。
「ここからは俺が相手だ」
剣の切っ先をヴァサゴへと向け睨みつける。
「待ってたぞ、この時を」
ヴァサゴは喜びに満ちた表情をしていた。
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第96話は5月30日に投稿予定なのでよろしくお願いします




