第92話『願いと決意』
「ノエル! 大変です!」
ノエルがラボとして使っている部屋に琴音が血相を変えて飛び込んできた。
「ど、どうしたの〜? そんなに慌ててぇ」
「ヴァサゴが、ヴァサゴがこっちに来てる……!」
ノエルの動きが止まった。そして、普段おっとりとしている顔がみるみる焦りで染まっていく。
「紫菀くん!」
『どうした!?』
普段とは全く違う勢いのノエルに紫菀はインカム越しに驚いていた。
「ヴァサゴが乗り込んできた!」
『なっ?!』
「ヘリを送るから早く戻って──!」
言い切る前に凄まじい衝撃が本部を襲った。何が起きたかは考えなくてもわかった。
ノエルもすぐに武器とタブレット端末を手に取り部屋を出る。琴音もノエルの部屋にあるアサルトライフルと換えのマガジンをいくつか持ってついていく。
「一般市民の避難状況は?」
「正直かなり遅れています。急っていうのもありますしかなりの混乱もありましたから」
ノエルはタブレット端末を本部全ての防犯カメラに繋ぎ状況を確認する。ヴァサゴは既に本部を囲っている壁を破壊して中に入っていた。
「ボスやビリーさんは?」
「戦闘に向かいました」
防犯カメラに移る映像には最悪なものもがヴァサゴ以外にも映っていた。
大量のアンデッドとクリーチャーが中へ流れ込んできた。そしてその大量のクリーチャーとアンデッドを相手をさせられビリーとボスは先に進めなくなった。
「まずいね〜、いくらボスとビリーさんでもあの数全てを相手して一体も通さないなんて無理だよ」
「ビリーさんやボスの手助けに行きますか? 主力の戦闘員が全員いませんし戦力を固めた方が」
「いーや、ワタシたちは非難の手助けに行くよぉ」
ノエルは持っていたタブレット端末を琴音に見せる。映る一つの防犯カメラ映像に二十人ほどの逃げ遅れた人達が映っていた。
「ここは……映画館……ですか?」
「そぉ、それにこの映画館の周囲には既に無数のアンデッドがたむろしてるんだよねぇ」
ノエルがタブレット端末を触り別の防犯カメラ映像に切り替えると周囲には三十体程のアンデッドと十数体のクリーチャーがいた。
「も、もうこんなに!?」
「もしかしたら別のルートから侵入されたのかもしれないなぁ。警備システムを見直さないと……」
ノエルは何人かの戦闘員に指示を出し他に逃げ遅れた人がいないか探させるためにドローンを自動操縦させその映像を全戦闘員の端末へとリアルタイムで送信出来るようにした。
「準備は整ったし、琴音ちゃん走るよぉ」
タブレット端末をそこら辺に置き捨てノエルは市民街へ向かって走り出す。幸い市民街までの距離は大して遠くなく、その上市民街の建物の強度はかなり高く時間もかなり稼げそうではあった。
道中に数体アンデッドに遭遇したが難なく倒し二人は市民街へと入った。ほとんどのアンデッドは映画館付近に集まっているみたいだった。
「さぁてと、二十人近い一般市民をどうやって安全に誘導しようか……」
「やっぱりクリーチャーだけは全て倒しきった方がいいですかね?」
作戦もまとまらないまま映画館付近に到着した。状況を見たところ、どう見ても一般市民を無傷で安全に非難させれる状況ではなかった。
とはいえ、アンデッドとクリーチャー程度なら時間は多少かかるだろうが問題はなく、次々と倒していく。
外で聞こえる銃声に義両親に守られるように抱きしめられた金と銀の髪色の少女は顔を上げる。
「けんにぃ……?」
千寿は窓に少しだけ近づいて覗き込む、外にいるのは健司ではなく見知らぬ二人の女の人だった。
「助けが……助けが来たよ!」
千寿は義母のサラと義父のクリスの元へと駆け寄った。一度強大な力を手に入れた千寿だったがその力は治療により失われ、髪の色こそ戻らなかったが普通の人間と変わらずここでは助けを待つことしか出来なかった。
千寿の言葉にさっきまで脅えていた人たちの表情が一変して希望に満ちたものへと変わった
「ふー、あらかた片付きましたね」
「そうだねぇ、そろそろ避難できそーな感じにはなってきたけどぉ……」
ノエルの表情は晴れやかではない。
「アレはちょっとぉ……」
五十メートル程先に体長二メートルは超えているで影がゆっくりと歩いてこっちに向かってきていた。
茶色い筋肉のような鎧をまとい、脚や腕にある無数の鋭い突起、肥大化した肩甲骨は羽のようになり、顔の中心から大きく生えた巨大な角。
「か……甲虫……」
「琴音ちゃん……急いで中の人たちを非難させてくれないかなぁ……?」
肩甲骨がバッと開く。
中から半透明の羽が姿を現し地面スレスレを低空飛行しながら凄まじい速さでノエルと琴音との距離を詰める。
ノエルは持っている右手に持つショットガンのストリートスイーパーと左手に持つサブマシンガンのヴィーフリの銃口を向け引き金を引く。しかし、放たれた弾丸は装甲を貫くことは出来なかった。
二人は大きく横に飛び振り下ろされる拳を避ける。避ける間際にノエルは手榴弾二つ投げつけ、拳によって潰され大爆発を起こす。
「手榴弾にしては火力高すぎませんか……」
あまりの大爆発に琴音は驚きながらもすぐに映画館内に向かい一般市民を誘導し始めた。
立ち込める煙の中、ゆらゆらと巨大な影が揺れる。その影が腕を大きく振るうと突風により周囲の煙が吹き飛ばされる。
「クリーチャーなら一個で跡形もなく殺せるくらいの威力はあるんだけどなぁ……」
手榴弾を殴った拳は腕全体の硬そうな外装を砕き、血らしきものを流してはいたが大きなダメージは入っていないようだった。
「これが噂のゾア……かぁ」
アンデッドやクリーチャーを超える新たな生物兵器が産まれたなんてただの噂に過ぎないと思っていたノエルだったがクリーチャーとは格が違いすぎる化け物を見れば信じざるおえない。
「勝てないなぁ……これは……」
目の前に立ちはだかる絶望にノエルは為す術がなかった。ノエルの手持ちの武器で最も火力のある手榴弾でも致命傷にはならず持っている銃は全く効かない。
どうすることも出来なかった。
「手榴弾はあと二つ、銃の弾はまだまだ余裕はあるねぇ……時間は稼げて一分から二分くらいかなぁ」
ノエルは逃げに徹しながら銃で撹乱しなんとか時間を稼ごうとする。しかし、ゾアの戦闘能力の高さはノエルの予想をはるかに上回った。
ノエルの動きを予測し、体の動きが止まるコンマ数秒を狙い拳を振り下ろす。
「まずっ……!」
その直前、ゾアに琴音が飛びつきゼロ距離で銃を放つ。さすがにふらつき振り下ろした拳はノエルの横スレスレに振り下ろされた。
「避難は?」
「問題ないです」
琴音はノエルと肩を並べる。
「あとはぁ……紫菀くんやみんなが帰ってくるかビリーさんかボスが助けに来てくれるまで耐えるしかないねぇ」
「望み薄……ですね」
紫菀達に連絡をしたのは一時間ほど前、前回の魔導書回収に比べれば近くはあるが一番速い戦闘機を使ったとしても二時間はかかる。
ボスとビリーは正面にいる大量のクリーチャーとアンデッドにヴァサゴまでいるとなれば二人が生き残れる可能性すら低い。生き残れる可能性がかなり低いのはノエルと琴音も変わらない。
「倒すしかないかなぁ!」
「はい!」
二人が動き出そうとした瞬間、ゾアは大きな看板をひきちぎり逃げている一般市民に投げる。
看板は建物にぶつかり建物が崩れる。下には何人かがまだ走っている。
「千寿!」
崩れる建物のすぐ下にいた千寿を義父のクリスが突き飛ばしこけはしたもののギリギリ下敷きにならなくて済んだ。
ただ、クリスは、ギリギリのところで瓦礫の下敷きになった。
顔と右腕のみ瓦礫から出てきている状態になり全く身動きが取れなくなった。
「お父さん!」
「あなた!」
「……逃げ、ろ」
瓦礫の下敷きになりながらも辛うじて意識はあった。
「早く逃げろ……!」
「いやだ! いやだよ!」
泣きじゃくる千寿の横で必死に巨大な瓦礫を持ち上げようとするサラ。
「諦め、ろ……いい、から……! 早く、早く逃げろ!」
今出せる全力の声で叫ぶ。
「ダメよ! あなたを置いては行けない!」
もう既に目の前でノエルと琴音がゾアとの戦闘を開始している。いつ巻き込まれてもおかしくない状態だ。
「頼むサラ……もう、千寿を守れるのはお前だけだ……」
夫の願いに泣きそうになるのを無理やり堪えて、サラは千寿の手を引く。力を失った千寿を引っ張ることなんて造作もなかった。
「ま、待ってよ! お父さんが! ねぇ! お母さん! やだ!! 待ってよ!! 」
抵抗する千寿だったが横から見たサラの頬をつたう涙に何も言えなくなり、ただただ涙が溢れ出た。
「千寿がけんにぃやはるにぃみたいに強かったら……助けて……けんにぃ……はるにぃ……」
言葉を発した時、ドクンと心臓が跳ねた。
声が聞こえた気がした。
呼ばれた気がした。
「違う……」
横にいるサラにすら聞こえないほどの声でつぶやく。
「助けてじゃない……今度は千寿がみんなを助ける番だから!」
サラの手を振り払い別の方向へと走り出す千寿。
「千寿!? どこ行くの!?」
走る千寿は余りにも速く、追いつける気がしなかった。どんどん小さくなる千寿の背中をただ眺めることしか出来なかった。
「ダメよ……千寿、あなたまで失ったら私は一体どうすればいいの?」
サラはその場に泣きながら膝をつく。
「お母さん、ごめんね……」
千寿は走りながら小さくつぶやく。
迷路のような研究施設を一切の迷いなく駆け抜ける。目指す場所はわかっている。
走り続け、一つの扉の前で立ち止まる。肩で息をしながら、その扉の向こうへと進む。
「ねぇ、力を貸して?」
千寿の目線の先には翼をもがれた鳥のような見た目をした機械、魔神器がガシャガシャと千寿の声に反応して動く。
破壊されてから修復することも出来ず動かないまま放置されていたはずだった。
千寿は魔神器に近づきそっと触れる。触れた瞬間、光に包まれ、あまりの眩しさに目を閉じた。
ゆっくりと目を開けると千寿は白い空間にいて目の前には魔神器が宙に浮いていた。
「ねぇ! 力を貸して! お父さんを! みんなを助けたいの!」
千寿がそう言うと千寿の周囲にいくつもの魔法陣が現れた。
『 Please name me』
女性的な、それでいて機械のように無機質な声が聞こえた。
魔神器が自分に語り掛けてきている。千寿はそう思った。
「名前って……あなたの?」
『Yes』
千寿は指示に従い名前を考える。
「じゃあ、アクイラ! 強くて速いあなたにぴったりな名前!」
『Thank you. My master』
アクイラが感謝を伝えると刃が折れた箇所に光が集まり新たな刃を形成していく。
その刃は前よりも少し大きく、そして何よりも美しい刃だった。
「きれい……」
千寿は思わず口に出す。
アクイラは千寿の背中にゆっくりと近づき千寿に触れた瞬間、千寿とアクイラは光に包まれる。
『Connection completion.Wearing The Protectwear』
光が消えると千寿の服はさっきまでとは違い、銀の美しい刺繍や装飾が各所に施された黒い丈の短いノースリーブのワンピース。
腰周りにマントと翼のようなガジェットを付けて、黒をベースに金の光のラインで模様が描かれている。
「これは……」
そしてあの時と同様に右の白目は黒く染ってはいるが意識もしっかりしていて力を制御できている。
「アクイラ、みんなを助けに行くよ!」
『All right.』
千寿は刃の翼を使い天井を突破って力強く舞い上がった。
第92話『願いと決意』読んで頂きありがとうございます。
第93話は4月18日に投稿する予定なのでよろしくお願いします。




