第90話『重要なこと』
転送魔術によって健司達はドラスのところへ向かう前に野営した廃都へ飛ばされた。獅郎から逃げ切り、一息つくと健司が眠るように倒れ込んだ。
「早く健司の傷の手当をしないと!」
ヒツギは急いで回復魔術を使い健司の傷を癒していく。ある程度の大きな傷は塞がり、健司の体に着いた血を拭き取ろうとした時に重大なことに気がついた。
「バイク……置いてきた……」
荷物を全て積んでいたバイクをドラスの研究所の近くに忘れてきたことを思い出した。バイクがないということは健司の血を拭けないだけでなくヒツギの着替えもないということになる。
「ボクがバイクを取ってくるから……えっと、名前聞いてなかったね?」
「魔導書エイボンです」
「違う違う。それは君の持つ本の名前でしょ? ボクは君の名前を聞いてるんだ」
「え、あ……そういう意味でしたら名前は、ありません。エイボンとお呼びください」
「んー、なんかそれって味気ないなぁ。せっかく可愛い人間の姿を持ってるんだからちゃんと名前が無いと勿体ないね」
何が勿体無いのかよく分からないエイボンだったがそれよりも転送魔術を使おうとするヒツギを止める。
「待ってください。転送魔術による移動は体への負荷が大きすぎます。そのバイクを取ってくるのは私に任せてください」
そう言うとエイボンは魔法陣を作り出しその中に手を突っ込んだ。そして魔法陣から手を引き抜くと健司のバイクも一緒にでてきた。
「私は腕のみ通すことが出来ますし、魔導書の私の方が影響は少ないです」
「ありがとう、助かるよ。まだこの体になれてなくて上手く魔術を使えるか不安だったんだ」
ヒツギは健司のバイクに着けたバックの中からいつもの服と下着を取りだし着替え、健司に包帯などを巻き傷の手当を終えた。
「とりあえず、ヒツギさんも眠ってはいかがですか? かなりお疲れなようですし」
「いや……でも……」
ヒツギの顔は確かに疲れが見えていた。しかし、周囲を警戒しているヒツギは眠ることを躊躇する。
「周囲の警戒は私に任せてください。それにヒツギさんのことを話すにしてもマスターが起きない限り話せませんから」
ほとんど変わらない表情がかすかに笑ったように感じたヒツギはエイボンの言うように眠ることにした。
「じゃあ、お言葉に甘えるよ」
そうして眠りにつくヒツギ。
エイボンは周囲の安全を確認するついでにあたりの森に食料を探しに行く。
転移魔法陣を作り出しそれをくぐる。いくらか山菜を手に入れたところで鹿に遭遇し、それをエイボンは魔法を使い捕まえた。
「いただきます」
エイボンは手を合わせる。
そこから放血し、内蔵を摘出し、魔法で冷却して持ち帰った。取り出した内臓は土に埋めておいた。
持ち帰った鹿の皮を剥いで解体を始めた。解体し終えると十数キロほどの肉を得ることが出来た。
「魔力回復と体力回復には食事が欠かせませんからね」
そう呟きながら健司のバイクの荷物から調理器具を取りだし、魔法を使って火をおこし鹿肉と山菜をふんだんに使ったスープを作った。
「随分といい匂いがするな」
健司が後ろから除くようにスープを眺めていた。それに続くようにヒツギも目を覚ました。
「ちょうどお二人とも起きましたしご飯にしましょうか。ちょうど完成しましたから」
お椀にスープを注ぎ二人に渡した。暖かなスープは体にしみわたり、山菜と鹿肉は柔らかく煮込まれ噛む力などほとんど要らなかった。
鍋に作られたスープはあっという間に無くなりヒツギと健司は満足そうな顔をしていた。
「私は洗い物をしてますからお二人でしっかりと話すべきことを話しておいてください」
エイボンは食器を持って水場へと向かった。
「さてと、腹もいっぱいになったところであいつの言うように色々ちゃんと話してくれるか?」
さっきまでの満足そうな顔から一変して真面目な顔をヒツギに向ける。
ヒツギは持っていたコーヒーで口を湿らせて、一息ついてからゆっくりと話し始めた。
「今まで健司といたボクはボクのクローンだったんだ。それで魔力と記憶を僕に託して……」
ヒツギはそのまで話して健司の顔をチラッと見て確認する。健司の表情は大きくは変わらずただ静かにヒツギの話を聞いている。
「だから、ボクは健司の知ってるボクじゃなくてクローンの元になった方なんだよ」
「記憶と魔力を託してって、どこまでの記憶を託されたんだ?」
健司の声色はとても優しかった。
「死ぬ直前の記憶までしっかりと託されてる。元々は魔力のみだったけど記憶も託せたんだ」
「そうか、だったらなんの問題もないな」
健司はそのまま横になった。
「な、なんの問題も無いってどういうこと? 健司の知ってるボクはもう死んだんだよ?」
少し動揺しているヒツギに健司は心底面倒くさそうに体を起こしてヒツギの方を見る。
「ヒツギはヒツギだろ。死んでないからここにいるんだろ? 半分だったもの同士があわさってようやく一になったってだけの話だ」
「健司……」
「深く考える必要なねぇよ。一度死んで生き返ったやつなんていくらでもいる。現に俺がそうだからな、ヒツギはそれのちょっと珍しい例ってだけだ」
「話は済んだみたいですね」
ひょこっと顔を出すように覗き込むエイボンに話が終わった事を伝えるとエイボンは二人の近くに腰を下ろした。
「私のことはディランさんに聞いていると思いますので省きます。今から話すのは今後どうやってヴァサゴを倒すかについてです」
エイボンの言葉にヒツギと健司の体にほんの少し力が入る。
「事実、今のお二人ではヴァサゴに挑んだところで持って数十秒。紫菀さんや遥さん、そして二人の悪魔もいるでしょうがそれでも数分が限界でしょう」
辛辣なエイボンの言葉に二人は動揺を隠せなかった。この数年でかなり強くなった自信があったがそれを真っ向から否定されるとは思ってもみなかった。
「じゃあ、具体的に何をするんだ?」
「簡単な話です。倒すための力を手に入れる訓練をすればいいんです」
エイボンは修羅刀を健司の前に置いた。
「まずはマスターにはこれを使いこなせるようになってもらいます。ヒツギさんは魔術使用速度の上昇と威力向上に努めてもらいます」
「使いこなすって言ってもなぁ……」
「速度と威力アップか……」
そして、とエイボンは魔導書エイボンを出現させとあるページを開けて健司に見せた。
「それともう一つ重要なことがありまして、私と正式に契約を交わしてください」
真剣な眼差しを健司に向ける。
「俺と契約するよりヒツギと契約する方が有効にお前を使えると思うぞ? てか、マスターって言ってたけどマスターじゃないじゃん」
「マスター以外マスターになる選択肢がないんです。初代マスターの命令と言うより願いで私は初代マスターの血族としか契約が交わせません」
「んん……だったら仕方ないか……?」
健司はエイボンの指示に従い契約をした。エイボンと健司を囲むように何枚もの本のページの切れ端が舞う。
「魔力情報、肉体情報、取得完了。最後にここに血判を押してください」
健司は親指の先を少しだけ切り、血判を押した。さっきまで舞っていたページの切れ端が次々とエイボンの持つ本へ吸い込まれていく。
「契約完了しました」
「……案外呆気ないもんだな」
契約が完了したと言っても何かしら実感が沸くわけでもなく、健司からすれば反応に困るものだった。
「呆気ないと言われましても……私のさじ加減でどうこできることでもありませんから……」
表情こそ大きく変わらないエイボンだったがまだ消していない尻尾と耳が分かりやすくしょぼんとした。
「その尻尾と耳残してたんだな」
「え、あぁ。消すのを忘れていました」
そう言ってエイボンが生えた尻尾と耳を消そうとする。
「え、それ消しちゃうの?」
「はい、この耳で音はもちろん拾えますが基本的に私には普通の耳も付いてるので」
エイボンは短い髪を少しずらして人と同じ耳を見せる。しかし、その耳は健司にものすごい違和感を与えた。
「それ穴ふさがってないか?」
「そうなんです。四つで音を拾うと意外と聞こえにくくて……」
「ボク的になそのままの方がいいかなぁ……って思うんだけど消しちゃうのかい?」
なんとも言えない表情で尻尾と耳を見るヒツギにエイボンは困ったような雰囲気で健司の方を見る。
「まぁ、似合ってるし残しといても……いいんじゃない、か?」
「じゃあ、残します……?」
「そうだよね! ボクも絶対そっちの方がいいと思うもん!」
いくつか言いたいことは残るも言っていてはキリがないのでエイボンは話題を訓練のことに戻した。
「あと、さっき言った訓練の他にやってしてもらう訓練があります」
「他にってなんだよ」
「マスターは修羅刀を使いこなす他に鬼の力もちゃんと使えるようになってもらいます。今のままでは魔法は使えてませんし、不安定すぎます」
そうエイボンに言われ健司はチラッとレイジングブルを見た。確かに鬼の力を使えるようにはなったがまだまだ欠点が多すぎる。
「そしてもう一つ。これはお二人共に使えるようになってもらいます」
「ボクと健司、両方……?」
「はい、それは私とのユニゾンです」
聞きなれない言葉に健司とヒツギは首を傾げる。
「分かりやすい言葉でいえば合体とか融合です。私を魔力として体内に取り込み魔力処理速度を上げたり全身体能力を上げたりします」
「そんなことが出来るのか?」
「正直かなり難しいです。過去二人のマスターとはやりませんでしたし……」
エイボンの表情が暗くなる。
「とは言ってもそれが出来ないとヴァサゴとの戦闘も難しくなるって事だよね?」
「そう、なります……」
だったらやるしかないだろ、と言わんばかりの表情でヒツギは健司と目を合わせる。
「それでは訓練は明日から始めましょう。期間は半年ほどしかありませんのでかなり辛いものになります」
「俺はそういうの慣れてるけどヒツギはどうなんだ?」
「魔術の研究でそれなりに痛い思いはしてるよ」
とは言いつつも未知数な訓練に全く不安がない訳では無い様子だった。
「あ、そうだ!」
ヒツギばパンッと手を叩く。
「エイボンの名前ちゃんと考えようよ」
「は……? え……名前、ですか……?」
「何言ってんだよお前は」
困惑する健司とエイボン。
「だってエイボンって本の名前だし、ちゃんと名前があった方がいいんじゃない?」
「いや、犬とか猫じゃねぇんだから。それにエイボンって本が自分自身なんじゃないのか?」
「いや、まぁ……一応魔導書と私は別物になってますし、私もある程度生物として確立はしてますので……」
なんとも言えない表情をしているエイボンだったがヒツギは真剣にどんな名前にしようかと悩んでいる。
「いいのか?」
「はい、面白そうなんでいいんじゃないですか?」
「自分のことなのに適当だな」
健司が笑うと釣られるようにエイボンも微笑んだ。エイボンの表情が大きく変わったことに健司は少し驚いた。
「昔なら行動の意味を言及したと思います。でも、面白い面白くないなんて感情で判断できるくらいには人間らしくなった気がします」
「それはお前にとってどうなんだ?」
「多分、良いことだと思います」
ブツブツと名前候補を呟いているヒツギを見ながらエイボンはポツリと呟いた。
「不思議な人ですね」
「俺も初めてあった時は不思議なやつだと思ったよ。でも、あいつの行動にはあいつが発する言葉以上に意味がある。だから、信用できるんだよ」
「ヒツギさんのこと、よく知ってるんですね」
「色んなことがあったからな、嫌でもそんな所まで分かるようになったんだよ。ただ知らない奴から見たら今のヒツギはただのアホだろうな」
健司は鼻で笑う。
「じゃあ、ヒツギさんの考えが何かわかるんですか?」
「エスパーじゃないしヒツギが言ったこと以上のことは分からん」
「それでも信用できるですか?」
「今となっては」
そう健司は笑って狐耳の生えたエイボンの頭をワシワシの撫でた。エイボンも少し驚いたが悪い気はしなかった。
「よし! 決めた!」
ブツブツ言っていたヒツギが立ち上がった。
「名前思いついたのか?」
「もちろんだとも」
自信満々に胸をはるヒツギに健司は数十分前の自信なさげななよなよしたヒツギと足して二で割ればちょうどいいなと思った。
「なんて名前だ?」
「シルヴィア!」
「シルヴィア……ですか?」
意味を尋ねるとどうやらエイボン改めシルヴィアの髪の色が銀色だからシルバーをもじったらしい。安直ではあったが名ずけられシルヴィアの中で何か暖かくなったような気がした。
「どうだ? 新しい名前は?」
「シルヴィア……はい、とても嬉しくて、気に入りました」
満面のとまでは行かなかったが今までで一番の笑顔をシルヴィアは健司とヒツギに向けた。
第90話『重要なこと』を読んで頂きありがとうございます。
第91話は3月21日に投稿予定なのでよろしくお願いします。




