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第89話『魔導書エイボン』


 地面に転がるいくつもの肉塊。その中心に立つ健司の体は血で真っ赤に染まっていた。

 その血が自分のものなのかゾアのものなのかも分からなかった。

 大きく、神々しい満月の光に照らされた健司の姿は実に禍々しいものだった。

 

 両手は五本の大きく発達した爪のような刃を持ち、ゆらゆらと揺らめく刃の尻尾。

 ゾアと健司、どちらが化け物か傍から見ればわからないような状態だった。

 

 「はぁ……はぁ……残り、半分……だ」

 

 半分ものゾアを何とか倒した健司だったがバレットシステムの弾丸は残り二発。絶望的としか言えない状況、前に進むだけで悲鳴をあげるからだを無理やり動かす。

 

 健司に飛びかかる二体のゾア。

 健司はハンマーを叩き、残り二発の弾丸を使い、巨大な爪でゾアの胴体を貫き刃の尻尾で首をはねる。

 首をはねられたにも関わらずゾアは体をひねるように動かし健司の両手の爪を砕き、地面に倒れて動かなくなった。

 

 爪が砕け元の腕に戻っていく。

 ふっと力が抜け膝をつく健司。それと同時に尻尾も形を保てずアイスが熔けて落ちるように崩れた。

 

 「諦めるな……まだ、ヒツギが……戻ってきて、ないだろ……!」

 

 力を込めて立ち上がる。膝はガクガクと震え傷口から血が溢れる。

 簡単に殺せそうな健司にとどめを刺すために一瞬で健司の懐に入り込む。避けることも、防ぐことも、ましてやハンマーを叩いてバレットシステムを発動する猶予なんてものはあるはずもなかった。

 

 死ぬ。そう思った次の瞬間、健司の背後から健司を避けるように放たれた砲撃がゾアに直撃し、吹き飛んでしまった。

 

 ヒツギが戻ってきたと思い振り返った健司だったがそこに立っていたのはヒツギではなく銀色の短い髪、青いラインの入った白い修道服のようなものを着ている幼い少女だった。そして、刀身の横幅が大きい不思議な青龍刀のような刀が皮で作られた鞘に入れて背負っていた。

 

 「契約に従い主のもとへ馳せ参じました」

 

 月明かりに照らされて光る黄金の瞳を閉じて少女はおじぎをする。

 

 「魔導書エイボン……?」

 

 ボスが話していた魔導書エイボンの見た目とは少し違う部分があった。

 

 「尻尾と耳……? それに髪は白と言うより銀色?」

 

 ツンとたった獣の耳にもふもふの尻尾が生え、ボスの発言と違い髪は真っ白ではなかった。

 

 「あ、すみません。普段は狼に化けて移動していたので……中途半端に変身が解けてませんでした。髪はこの長い年月で変色しました」

 

 尻尾と耳を触って確認するエイボン。

 

 「ですが、変身をちゃんと解くよりもあれらを先になんとかした方が良さそうですね」

 

 エイボンは背中の剣を鞘から抜き健司に渡す。

 

 「お預かりしていた修羅刀です」

 

 健司は血まみれの手で修羅刀を握る。ただ、修羅刀を運良く手に入れれたが状況が良くないことには変わりない。

 ボスが話した健司の先祖の吹雪鬼の使っていた技も使い方なんてわかるはずもなく。修羅刀を握れば頭に使い方が浮かぶなんて都合のいいことも起こらない。

 

 「これを渡すってことは、俺もまだ戦えってことか? ここは、カッコよくお前一人であいつらを殺して、くれるんじゃないのか?」

 

 立っているのもギリギリの状態でフラフラの状態の健司を見てエイボンはまだ戦うのがさも当然のような顔をしている。

 

 「魔法は自在に使えても私は戦闘向けじゃありません、と言うより私は魔導書ですから。せめて前衛がいないときっと二秒ももちません」

 「立ってるだけで精一杯なのにな……」

 

 既にゾアは警戒しながらも健司とエイボンにかなりの距離を詰めていた。

 

 「弾丸はあと一発、耐えられるのは一分が限界だからな。コイツらを一瞬でけちらせる魔術は使えるのか?」

 「はい、問題ありません。ゾアの体になるべく多くの傷を作ってください」

 

 表情こそ変わらないものの雰囲気から自身があふれでていた。

 

 しびれを切らした一体のゾアが健司とエイボン目掛けて駆け出す。

 獣のゾア、熊がベースで作られており全身を硬い毛で包まれさらにその下には分厚い筋肉と脂肪の壁がありさっきまでは攻撃がほとんど通らなかった。しかし、とっさに反応した健司が修羅刀を振るうと、致命傷にはいたらなかったが刃が通り獣のゾアの血が舞った。

 

 「刃が通った……! これなら!」

 

 健司はレイジングブルのハンマーを叩きバレットシステムを発動させる。

 修羅刀により多少は優勢になったものの健司のダメージは相当なものであり、健司は体が崩れそうな程の痛みを感じる。

 

 痛みで鈍る動きをゾアは見逃さず攻撃を仕掛ける。健司は奥歯が砕けそうなほど強く噛み締めて痛みを堪え、ギリギリで避ける。

 そこから体が動かなくなる前に決着をつけるため死ぬ気で修羅刀を振るう。

 エイボンに言われた通り、浅くともゾアの体にいくつもの傷口を作っていく。攻撃を受けないため動き続けながら斬撃を与えた。

 

 ゾアにある程度攻撃を加え体がスピードに乗り始めた時、健司の膝から力が抜け完全にバランスを崩した。

 

 「クソ……! 限界か……」

 

 健司の体は健司が思っているよりも限界だった。ゾアが巨大な爪を振り上げている。どう頑張っても避けることが出来ない。

 

 「お待たせしました」

 

 健司を殺さんとばかりに振り上げられた爪に銀色の液体がまとわりつく。そして、爪の軌道を無理やり健司から逸らす。

 そして、そのまとわりついた銀色の液体はゾアの傷口から体内へと入っていき内部から体を貫いた。

 

 健司はエイボンの方を見ると周囲には複数の小さな魔法陣、そしてその中からコポコポと銀色の液体が出てきていた。

 エイボンはそれを自在に操り全てのゾアの傷口から周囲に浮遊する銀色の液体を体内へと入れていく。そして体内に入った液体は花のつぼみが開く時のように体内で一斉に開花する。

 赤色が滴る銀の花。周囲に舞い散る赤い血は辺り一面を汚す。

 健司はゆっくりと立ち上がり修羅刀を杖にしながら歩く。

 

 「見た目の割に、随分と、グロい魔法を使うんだな」

 「見た目の割にとはどういう事ですか?」

 

 ほんの少しだけエイボンはムッとしたような顔をする。

 

 「まぁ、いいです。行きましょう」

 「行くってどこに?」

 「地下にです」

 

 エイボンは魔法によって閉じられた階段の扉を開け、中へと入っていく。

 

 「お、おい。中はヒツギが戦って──」

 「とっくに終わってますよ」

 

 エイボンの言葉に一瞬唖然とした健司だったが修羅刀を杖にしたままエイボンの後ろを追いかける。

 戦いが終わっているのにヒツギが上に戻ってこないということは、と健司の中で嫌な結末が思い浮かんでしまう。

 

 長い階段をおりた先、一番奥の部屋の扉が空いている。その部屋へとはいると中はボロボロだった。

 そしてまず目に入るのは明らかに壁が崩れてでてきたであろう奥行き。

 近づくとその部屋のような奥行きから大量の液体が流れ出ていた。生体ポットのハッチが開き、ちぎられたチューブがいくつもあった。

 そしてそのすぐ近くに裸にコートを着たヒツギが立っている。だが、それだけでなくそのヒツギのすぐ足元にコートを脱いだ状態で左腕、右脚、顔半分がグシャグシャになっているヒツギが横たわっていた。

 

 「なんだよ、これ……」

 「あ、け、健司……」

 

 ヒツギは少し気まずそうに倒れているヒツギに目をやった。

 

 「け、健司! こ、これは──」

 

 ヒツギが何か言いかけた時、健司達の後ろの方で魔法陣が展開され誰かがワープしてきた。

 

 「ここか、ここにゾアがあるんだな?」

 

 現れたのは獅郎だった。

 

 「な、なんであいつが……」

 

 焦った健司は思考が追いつかなかった。どこをどう見ても状況は最悪としか言えない。ここを全員で切り抜ける最善の方法が思いつかなかった。

 

 「やぁ、久しぶりだな」

 

 獅郎は健司を見つけニッコリと微笑む。その笑みはまるで近所の子供に挨拶する時のように優しいものだった。

 ヒツギは急いで転送魔術を発動させる。それを隠すように刃の壁を作りそれを隠した。

 刃の壁が消えた時、健司達の姿は無くなっていた。ゆっくりとため息をつく獅郎。

 

 「違う目的で来たというのに挨拶もせずに逃げるとは感心できないな」

 

 獅郎はその場に近づいていき横たわるヒツギの死体を眺める。

 

 「まさか私とあった時の娘がクローンだったとは……それにしてもよく出来ている」

 

 感心するように呟く。

 

 「さて、約束通りゾアは何体か貰っていく」

 

 獅郎は通りすがりに肉塊となったドラスに話しかけ、何体かのゾアを転送魔法陣に放り込み、最後自分が魔法陣を通り抜ける時に柱全てを爆破した。

 

 ドラスの研究の全てが、残されたものが爆破によって崩れた土によって全て埋め尽くされた。

第89話『魔導書エイボン』を読んで頂きありがとうございます。

第90話は3月7日に投稿する予定なのでよろしくお願いします。

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