第88話『崩れる願いと真実』
ヒツギはドラスを睨みつける。
「ドラス、これはどういう事だい?」
「どういう事とはなんだ?」
「とぼけるな! ボクのクローンを作って何に利用するつもりなんだ!」
声を荒らげるヒツギをドラスは冷たい目で見つめる。そして大きなため息をつき、ゆっくりとヒツギとの距離を詰める。
「クローンは既に利用している。それにそこにいるヒツギはクローンじゃない」
「え……それって……」
ヒツギの目の前まで来たドラスはヒツギの胸ぐらをつかみ引き寄せる。
「クローンはお前の方だよ」
「ボクが……クローン……?」
ヒツギは明らかに動揺する。
「魔術の実験でヒツギは一度死んだ。そして傷は治し、心臓も動いているがヒツギは目覚めなかった」
「じゃあ、僕を連れ戻そうとした理由って……」
「お前の持つ魔力をヒツギに流し込み生き返らせるためだ」
ヒツギは胸ぐらを掴まれたまま全身の力が抜け、膝をつく。ドラスはヒツギの胸ぐらを離した。
「もし、ボクの魔力を流し込めて生き返ったらボクはどうなの? 今までの記憶とか……」
「全て消す。だが作り物のお前の記憶や存在がどうなろうとなんの問題もないだろ」
この言葉にヒツギは怯えるようにビクッと体を震わせる。
今までの楽しかったことや悲しかったこと、全てが否定され作り物だという真実を突きつけられたことに目が虚ろになる。
「自分が生き返るためだ。これで潔く私に協力する気になったか?」
ヒツギは返事を返さない。
ボクは全て作り物で今までのことは全部偽物なのだろうか。
「違う……」
音として発せられてるかも怪しい小さな声で自分の中に生まれた疑問を否定する。
だったら全てを終わらせて背負う覚悟はあるかい。本当の肉体と偽物の肉体にある記憶と想い、そしてドラスのことを。
「背負いきれるかは分からない……でも、全て終わらせてみせる……」
ドラスはヒツギにかかと落としを放つ。そのかかと落としをヒツギは防御魔術を使いギリギリで防ぎ、ドラスから距離をとる。
「ドラスを殺してでも止める!」
「作られた命のお前が調子に乗るなよ」
ヒツギが声高らかに言い放った時には既にドラスはヒツギの目の前まで距離を詰めていた。
ドラスはヒツギの顔を掴み多くの薬品や試験管などの道具が並ぶ棚へ投げつけた。
ヒツギは棚にぶつかり割れてちらばったガラス片が刺さり血を流す。
「作り物が調子に乗るなって? 一度終わった命にすがりついてるドラスに言われたくないね!」
距離を詰めてくるドラスに対し応戦するため砲撃魔術を放とうと前に出した左手を掴まれる。
「黙れ」
そしてドラスは肘を下からたたき上げた。
肘は逆方向に曲がりヒツギはあまりの激痛にその場にしゃがみ込む。そこから更にドラスはそのしゃがみ込んだ頭に容赦なく蹴りを当てる。
ヒツギは地面を転がるように吹き飛ばされる。痛みと衝撃で意識は朦朧とし、視界はぐにゃぐにゃに曲がっていた。
ヒツギは痛みを堪えて立ち上がる。徐々に視界は正常に戻っていくが完全に戻るのをドラスが待ってくれるはずもなく、ドラスは折れたヒツギの左手を掴む。
「無駄な抵抗さえしなければここまで苦しむ必要などなかったというのに」
呆れたように呟き、そのままヒツギの手をグシャグシャに握りつぶした。手は既に原型を留めていなかった。それでもドラスは手を離さず攻撃を加え左手腕全体が歪な形になるほど骨を折り続けた。
「無駄な……抵抗なんか、じゃないさ……」
全身をつんざくような激痛に朦朧とする意識を必死に保ちながら口を開く。
「魔力を、他に渡す時は魔力を、持っている者の同意が必要……だから、今も一瞬で殺さず痛めつけてるんでしょ?」
ヒツギは引き釣りながらも無理やり勝ち誇った笑みをドラスに向ける。
ドラスはグシャグシャにした左手を離さずにそのまま背負投のように地面にヒツギを叩きつけた。
「だったらここで死ねない苦痛を与え続けてやろう。お前が魔力を渡すからもう止めてくれと望むまでな」
「やっ、てみなよ……ボクは負けない、から……」
背骨にヒビが入っていてもおかしくはない状態でもヒツギは笑みを絶やさない。
「まずはその笑みを壊してやるよ」
ヒツギを無理やり持ち上げ側頭部を掴む。
ヒツギの視界右側から壁が高速で迫ってくる。次の瞬間、右側の視界が真っ暗になり鈍く生々しい音が聞こえた。
壁にぶつけられた皮膚は容易く抉れ血が流れていることを頬を伝う感覚で理解した。
再び壁が見える。
再び壁が近づき、鈍く生々しい音が再び聞こえる。
二回三回四回、何度も何度も繰り返され、鈍かった音は次第に液体に触れるような音に変わった。既に血が皮膚を伝う感覚なんてものはなくなっていた。そもそも、皮膚がどれだけ残っているかもわからなかった。
そしてようやくドラスの手がヒツギの頭から離れる。ヒツギは膝から崩れ落ちるように倒れ込む。痛み以前に感覚が残っていなかった。
自分の顔がどうなっているのか確かめるために動かせる右手で触れて確かめているが口と頬付近の皮膚がかろうじて残っていた。
「右側がほとんどグチャグチャだ……これは健司、には見せられないな……ハハ……」
フラフラと自分の血が大量に着いた壁によりかかりながら立ち上がる。
「まだ、続けるか?」
「この程度……なんてことないさ……」
嘘だった。
何度も何度も与えられた苦痛に体だけでなく心も壊れかけていた。いっそ殺して楽にして欲しかった。
それでもまだ大丈夫、まだ行けると嘘をつき続ける。健司が外で自分のために戦っているのにヒツギが諦めるわけには行かなかった。
「あの男はもうじき死ぬだろうな」
「それは、健司のことかい?」
ヒツギは話すだけで息が切れる。
「地上には私が作ったゾアがいる。アンデッドやクリーチャーを難なく倒せていたとしてもゾアはそうはいかない」
自信ありげに話すドラスをヒツギはぷッと吹き出してしまう。さっきまでの無理矢理の笑いではなく心の底からバカにするような笑いだった。
「何が面白い?」
「いや、天才的なドラスでも、相手が人間と思ってしまえばタカをくくって、計算を見誤るんだなってね」
「つまり、あの男がゾアに殺される訳がないと言いたいのか?」
ヒツギは無言の笑みで返事を返す。
「私と並ぶ天才のヒツギのコピーとして作ったとしても困難な研究の成果だとタカをくくって計算を見誤るんだな」
「何が、言いたい?」
ヒツギと言葉と同じように返すドラスにヒツギは顔をしかめる。
「お前、私が作ったゾアの数があの地上の二体だけだなんて思ってるわけないだろうな?」
「ま、さか……」
ドラスはパチンと指を鳴らす。すると壁の一部が開き六十個程のゾアが入った生体ポットがずらりと並んでいてそのうち半分ほどが空になっていた。
「ゾアが戻ってきてないということはあの男は三十体のゾアと今も戦っているのだろう。お前が諦めるならあの男は助けてやるぞ」
さっきまで余裕を見せていたヒツギだったが目に見えて動揺していた。三十体のゾア、どう考えても勝てるはずがない。
「健司は……健司は……」
「早く決断しろ、時間が無いぞ」
冷静さを失い始めたヒツギ、もう諦めてしまおうかとも思ったその時ふと健司の姿が思い浮かぶ。
健司は今までの諦めたことがあっただろうか、途中で逃げ出しただろうか、ヒツギは大きく息を吸い心を落ち着かせる。
相棒を信じないバカがどこにいる、惨めで醜くても死にものぐるいで戦って全員で生き延びなきゃダメだろう、と気合を入れる。
「健司は、負けないよ」
どれだけ痛めつけても、どれだけ心をゆさぶっても何度も何度も立ち上がるヒツギにドラスは大きなため息をつく。
「ここからはまた地獄だぞ」
ドラスはヒツギの右手の手を掴み親指からゆっくりと一本一本折っていく。右腕の骨を細かくゆっくりと折っていく。
骨が軋み、限界を迎えゆっくりと折れていく激痛は尋常ではなかった。
右腕の次は左足も同じように砕いていく。折れる度に全身に激痛が走る。
もうまともに立つことも出来ず倒れるように座り込むヒツギの顔を掴み持ち上げるドラス。
もう既にグシャグシャの顔の右側を再び壁に何度も叩きつける。ドラスが手を離し糸の切れた人形のように倒れ、ほぼ虫の息となっているヒツギ。
顔の右側は血液に髪がへばりつきどうなっているか分からなかったが原型はとどめていないだろう。
ヒツギは芋虫のように地面を這いずりまだ動かせる左足でなんとか壁にもたれかかるように座る。
「我与えられし痛み、我与えられし苦しみ、無にすることなく相手に与え、さらなる苦痛を与えたまえ……」
「詠唱? 今更反撃か?」
ヒツギを中心に禍々しく気味の悪い色の魔法陣が展開される。
「ドラスが出てった後に作ったほぼ自分の命を代償に相手に確実にダメージを与える魔法さ」
笑うヒツギからドラスは今まで感じたことがないほどの恐怖と狂気を感じた。ヒツギの放った狂気と恐怖はあのヴァサゴと互角、またはそれ以上のものだった。
焦ったドラスはヒツギを殺そうとするが魔方陣によって防がれてしまう。
「《リバース·ペイン》」
ヒツギが魔術名を唱えると魔法陣から気味の悪い禍々しい靄を纏った髑髏が四体現れドラスを襲う。
ドラスは慌てて距離を摂るがどれだけ逃げ回っても追尾してくる。迎え撃とうと体制を建て直したドラス、しかし、振るう拳は空を切るだけだった。
「な、なんだこれは!」
「この魔術は相手に受けたダメージを倍にして確実に相手に返す魔術だよ。さぁ、ドラスら生き残れるかな?」
今にも死にそうな話し方で息も荒れながら無理やり挑発するように話すヒツギ。
「だったら術者を殺せばいいだけだ!」
ドラスは壁に貼り付けられた杖の剣を引き剥がしヒツギに切り掛るが、しかし、ヒツギに刃が触れる前にドラスによって防がれてしまう。
そしてそのまま杖ごと四体の髑髏にドラスは捕食され始める。血が飛び散り、肉がちぎれると音、ドラスの断末魔が響き渡り、血の海を作り辺り一面に血なまぐささ充満した。
食べ終えた髑髏は消え、ドラスの残った肉体、溝内から上と右腕のみが血の海に捨てられる。
「ふ、ざける、な……まだ、死、ねない……ヒ、ツギを、ヒツ、ギを……魔力を、よ、こせ……」
伸ばした右側はべチャリと血の海に倒し、そのままドラスは全く動かなくなった。
それを確認したヒツギは芋虫のように這いずって円柱状の生体ポットにもたれかかるように座る。
「全部、終わっ、た……あと、は……任せ、たよ……さよなら健司……」
ヒツギは満足気に瞳を閉じて眠るように力を無くし、清々しい表情をしていた。
第88話『崩れる願いと真実』を読んで頂きありがとうございます。
第89話は2月22日に投稿するのでよろしくお願いします。




