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第79話『過去は過去』


 紫菀の記憶の中にある懐かしい場所。そこらじゅうに漂う薬品の香り。

 

 「相変わらず薬品臭い場所だな」

 

 紫菀は辺りを見渡しながら病院の廊下を進んでいき、エレベーターへと乗り込む。

 エレベーターの階数が書かれているボタンをパスワードを打つようにいくつか押すとパネルが反転しさらに下の地下へと降りるためのボタンがでてきた。

 

 「案外覚えてるもんだな。過去に打ち勝つ……か、一体どうすれば打ち勝てるっていうんだか」

 

 そうこう言っているうちにエレベーターは目的の階に着き、着いたことを知らせるベルが鳴ると共に扉が開く。さっきまでの病院のような雰囲気から一転してそこは薄暗く研究室のようだった。

 そしてそこにビーカーや試験管に薬品を入れたりしてずっとウロウロしている白衣姿の男性が居た。

 

 「やぁ、紫菀がこの部屋に入ってくるなんて珍しいな」

 

 紫菀に気づいた男性は振り返り丸メガネ越しに紫菀を見て微笑んだ。

 

 「ウィリアム博士……」

 「とりあえず座りな。コーヒーでいいか?」

 「はい……」

 

 ウィリアムは机の上に置かれた資料や本などを乱雑に集めて別の机に積み上げた。

 一時的に綺麗になった机の上でウィリアムはコーヒーをいれる。コーヒーはカップではなくビーカーに入れられ紫菀の前に出された。

 

 「すまんな。今はカップがなくて代わりになるものがそれしかなかったんだ」

 

 ウィリアムはそう言いながらビーカーに入れたコーヒーをすすりながら椅子に腰掛ける。

 

 「大丈夫ですよ。味は変わりませんし」

 

 紫菀もコーヒーをすする。

 

 「それにしてもデカくなったな」

 「え……?」

 「身長の話だよ。もう六年もたつもんなぁ、そうだマシロは元気か?」

 「記憶が最後まであるんですか?」

 

 記憶が最後まで、傍から聞けば意味のわからない紫菀の質問にウィリアムは優しく笑いながら、「もちろんだ」と言った。

 

 「と言っても全て覚えている訳では無い、どのようにして死んだかまでは覚えていない」

 「じゃあ、この状況は理解出来ているってことなんですか?」

 「それもイエスだ。これは魔導書絡みの出来事なんだろ? 私も研究はしていたから大方の予測はつく」

 

 紫菀はウィリアムの的確な予測に力なく笑うしかなかった。

 

 「それで、マシロは元気なのか?」

 「はい、昔に比べてよく笑うようになりました。むしろ変わりすぎて怖いくらいですよ」

 

 紫菀は少し嬉しそうに話す。

 それから紫菀は遥や健司、ヴァサゴのことなど今まで起こってきたことを話し、ビーカーに入れられたコーヒーがあと少しになる頃にため息をついた。

 

 「俺は過去に打ち勝つためにここに来たんです。でも、何に打ち勝てばいいのか分からないんです」

 「過去に打ち勝つか……ここで起こったことなら紫菀と共に居たマシロを実験に利用したこの数年の期間の間のことだろうな」

 「利用しただなんて、俺とマシロは博士に感謝してます。化け物の俺たちを人と同じように接してくれたんですから」

 

 ウィリアムは少し悲しそうに微笑む。

 

 「だか利用したのも事実。魔導書や悪魔の研究、ヴァサゴを殺すためという大義名分を盾にしてな」

 「だけど……」

 

 紫菀はそれ以上言葉が出なかった。

 

 「まぁ、紫菀がここに来て過去に打ち勝つために何をしなければならないのかは自分が一番よく分かってるんじゃないか?」

 

 ウィリアムは紫菀の目を真っ直ぐ見すえる。

 

 「……少し上で空気吸ってきます」

 

 紫菀は迷いの消えない苦しそうな表情でコーヒーを飲み干してエレベーターで上へと上がった。

 

 ウィリアムは大きくため息をついて深く椅子に座り込む。近くに置かれた紫菀とマシロに関するファイルを手に取り眺める。

 

 「私は紫菀が思うほど善人ではないんだ」

 

 ファイルを眺めながらウィリアムはポツリと呟く。ウィリアムの持つファイルに挟まれた報告書には『ヴァサゴ討伐計画』と書かれていた。

 

 「私がこうしていられるのもあとわずか……」

 

 ウィリアムは立ち上がり部屋の奥へ行くとそこには大きな円柱の水槽があり、その中にはマシロがたくさんのチューブに繋がれながら入れられていた。

 ウィリアムは水槽に触れる。

 

 「私はどうすればいいのだろうな?」

 

 ウィリアムが問いかけたその時、マシロの目が開かれる。その目はいつものマシロように綺麗な蒼色ではなく赤黒く怪しげに輝いていた。

 

 「こ、これは……!」

 

 ウィリアムが驚いているのを他所にマシロの腰付近から尻尾のように束ねられたワイヤーが生え、その先端には鋭い刃がついていた。

 その尻尾は水槽を貫きウィリアムの腹部を突き刺そうとする。

 

 その瞬間、ウィリアムは全ての動きがスローモーションに見えた。

 自分が過去に死んだ理由を理解し、紫菀に伝えることが出来ずに死ぬことに悔しさを感じた。そして、刃先はもう腹部の手前数センチまで迫っていた。

 

 死ぬ。そう思ったその時、刃が何かに弾かれウィリアムの腹部の横をぎりぎり服をかすめる位置を通過し奥の壁に突き刺さった。

 

 「博士! こっちです!」

 

 紫菀の声にハッとしたウィリアムは急いでマシロから距離をとった。

 

 「実際の時と色々と違ったのでギリギリでしたけど間に合って良かったです」

 「助かったよ、紫菀。実際なら私はあそこで死んだというわけなんだな」

 「いえ、博士は俺を庇って自分を犠牲にしながらマシロを止めてくれたんです」

 

 割れた水槽からチューブをちぎりながら出てくるマシロから目を離さずに紫菀は悲痛そうな表情を浮かべる。

 

 「俺はあの時マシロに一切攻撃することができなくて、そのせいで博士を殺しました。だから、こんな空想の、作り物の世界の中だけでもマシロも博士も救ってみせます」

 

 紫菀はウィリアムをここから離れるように促し全てのチューブを体から外したマシロを見つめる。

 ゆらりゆらりと揺れる先端の刃、獣のように体制を低くしているマシロ、いつでも攻撃に移れる状態になっている。

 

 「支配域(アカトル)!」

 

 マシロの周囲にちらばったガラス片が紫菀の声と共に動き出す。

 それに気づいたマシロは尻尾で地面を蹴るようにして飛び跳ね回避する。ギリギリで避けられたガラス片、しかし、紫菀はそのガラス片でマシロを追尾する。

 空中にいるマシロは体をひねり飛んでくるガラス片を振るった尻尾で弾き飛ばす。

 

 ガラス片を吹き飛ばした勢いのまま尻尾を伸ばし先端の刃を紫菀目掛けて放つ。紫菀は刃を横腹に掠らせながらもなんとか避け、避けた刃は地面に突き刺さる。

 

 「くっ……」

 

 痛みで一瞬体が硬直する。

 

 マシロは伸ばした尻尾を高速でメジャーを巻きとるように短くし紫菀に接近し踵を紫菀のこめかみに打ち付けた。

 マシロの小さな体と軽い体重では引き寄せられる速さは尋常ではなくあまりの衝撃に紫菀は脳をゆらされ倒れそうになる。

 

 「いってぇなぁ!」

 

 紫菀は倒れそうになるのを堪えてマシロの尻尾を掴み振り飛ばした。

 マシロとの距離はこれで確保出来たもののマシロをどうやって止めるか検討もつかなかった。

 

 あの時ウィリアムがどうやってマシロを止めたのかも分からない現状で紫菀はなんとか打開策を考える。

 そんな紫菀のことなどお構い無しにマシロは紫菀との距離を詰め攻撃を開始する。

 紫菀は周囲にある金属を支配域(アカトル)を使いかき集め圧縮し腕に小手として取り付けた。

 

 マシロの尻尾による攻撃を受け止める度に甲高い金属音が鳴り響き、火花が飛び散る。

 マシロの攻撃を何十撃と受け止めながら紫菀は周囲を見渡し麻酔になるものを探した。

 

 紫菀が考えた打開策は強力な麻酔で強制的にマシロの動きを止めるというものなのだがマシロの連撃を受けながらこの広い部屋から麻酔薬を探すなど無謀すぎた。

 

 大量の金属を圧縮して作った小手はマシロの攻撃を受け続けることはギリギリ出来ていたがあくまでもただの金属であるためマシロの攻撃に耐えるのは限界があり、ついにヒビが入った。

 

 そしてついにそのヒビから小手が完全に砕けた。

 防御する術を失った紫菀目掛けてマシロは先端の刃を放つ。

 

 辺りに凄まじい金属音が鳴り響く。

 

 刃が紫菀の心臓を貫く直前に紫菀は砕けた小手の破片を掴みギリギリで防いだ。しかし、マシロはこれで止まらない。

 止められてもなお勢いをとめず紫菀を壁に押し付けた。

 

 紫菀は壁を砕きながら押し付けられ前後から肺が押され全ての空気を無理やり吐き出させられた。

 尻尾の先端は紫菀貫くため一度紫菀から離し再び放たれる。

 

 紫菀に与えられた余裕は立ち上がるくらいだった。立ち上がった紫菀は支配域(アカトル)を使い壁を作ってみせるが一瞬で作った壁などいとも簡単に突き破られ紫菀と刃の距離は一メートル程となった。

 

 確実に避けることは不可能となった。

 

 「紫菀!」

 

 死を覚悟した紫菀をウィリアムが突き飛ばした。

 

 飛び散る肉片に舞い散る血しぶき。

 

 腹部を貫かれるウィリアムの姿は昔に紫菀を庇った時と完全に一致した。

 

 マシロはしっぽを振り払い突き刺さったウィリアムを飛ばして引き抜いた。

 

 「は、博士!」

 

 紫菀は急いでウィリアムの元へと駆け寄った。

 

 「すまなかった、紫菀。私のせいで、紫菀には辛い思いをさせたな……」

 「博士! それ以上離さないでください」

 

 紫菀はウィリアムの傷口を抑えるも血は止まらずどんどん溢れ出てくる。

 

 「ヴァサゴを倒すため、なんて言って……普通の人として、生まれるはずのお前を悪魔にしたような私はただのエゴイスト。この死も当然も報いだ」

 「博士……」

 「だが紫菀、お前は違う。他人のために戦える、それが出来た紫菀は……もう、大丈夫だ。お前はもう過去に、打ち……勝っている」

 

 ウィリアムは血だらけの手で紫菀にペン型の注射器を押し付ける。

 

 「ただ……マシロは、マシロだけでも助けてやって……くれ」

 

 紫菀に注射器を渡しウィリアムは全身から力が抜けた。

 こうしてウィリアムと紫菀が話している時にマシロは既に紫菀の背後にたち尻尾を高く上げている。

 

 放たれる刃。

 

 「うおぉぉぉぉぉお!」

 

 紫菀はそれを素手で掴み取りマシロの体を引き寄せそのまま注射器を突き刺した。

 

 注射器を打ち込むとマシロの目がすっと蒼く戻り、そして気絶するように紫菀の胸に倒れ込んできた。

 

 「これでいいのかよ……」

 

 白い光が当たりをつつみ気がつけば琴音や弘やマシロがいる魔導書が置かれていた部屋へと戻っていた。

 マシロは紫菀の姿を見た途端に紫菀に抱きついた。

 

 「にぃに、おかえり……」

 

 さっき紫菀が何をしているかを見ていたのかマシロや琴音や弘の表情が暗い。

 だから、紫菀は笑ってみせる。

 

 「ただいま」

第79話『過去は過去』を読んで頂きありがとうございます。

第80話は10月19日に投稿するのでよろしくお願いします

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