第43話『旅立ち』
放たれる砲撃により巨大な水柱が上がり、雨のように海水が降り注ぐ。
「いつまでたっても埒があかんのォ」
「だったら、終わりにしようか?」
赤と黒の入り混じる鎧のような皮膚に鍛えられ異常と言える筋肉をまとった巨漢に額から飛び出る二本の角を持つ鬼の羅刹。
それに対し限りなく人間に近い細身の体を持つヴァサゴ。しかし、その身体の所々は禍々しく狂気的な形をしている。妖艶とも取れるその美しい姿をしている。
「儂に喰われる気になったか?」
「いいや、あんたが俺に殺されて終わりさ」
さっきまで互角だったと言うにも関わらず余裕の表情を見せるヴァサゴに羅刹は背筋に嫌な予感を感じた。周囲を警戒するが魔力の動きは一切感じられない。
ただのハッタリか、羅刹はそう思いヴァサゴが何か動く前にケリをつけようと距離を一気に詰める。
一瞬で距離を詰められたヴァサゴは完全に無防備、そう、ありえないほどに無防備だった。
その違和感に羅刹は動きを止め、出した左腕を引き戻そうとした。その時、激しい閃光が羅刹の視界を埋め尽くす。
すぐさま距離を取った羅刹の表情は怒りで満ちていた。
宙を舞う太く鎧のような皮膚を持つ腕、羅刹は肩から先の無くなった腕の切断面を抑える。
「この、若造がァ……! この代償は高くつくぞ!」
叫ぶ羅刹をヴァサゴは見下すように笑う。
「時代遅れなんだよ。そんな肉体の強化に肉体変化の魔法もその単純な近接戦闘のみの戦い方も」
そう言いながらヴァサゴは複数の魔法陣を自分の周囲に展開する。
「調子に乗るなよ、若造がァ!」
「数百年長生きしてるだけで偉そうにしてんなよ?」
怒りに身を任せた羅刹はさっきよりも速く、右脚を全力でヴァサゴへ向かって振り下ろす。
さっきの謎の光が現れることは無かったが変わりにヴァサゴは羅刹の様に力強く拳を前に出し振り下ろされる羅刹の蹴りに合わせた。
「終わりだクソジジイ」
ヴァサゴの拳が羅刹の脚に触れた瞬間、羅刹の右脚が跡形も無く消し飛んだ。
羅刹は理解することが出来なかった。なぜなら、単純な力でヴァサゴに負けるはずがない思っていたから。
そしてその疑問は体の動きを止め、肉の貫かれる音と共に戦いは終わりを迎えた。
「楽しませてもらったよ」
「この若造が……! この借り……は、必ず、返すから、な……!」
「はぁ……とっとと死ね」
ヴァサゴは心臓を貫いた腕を軽く振り、羅刹を海へと投げ捨てた。
「儂が死のうとも力は消えぬ。受け継がれる力はより強大になる」
ニヤリと笑う羅刹は力なく海へ落ち、どんどん海の奥底へと落ちていく途中で黒い影に変り消えていった。
両者の戦いは羅刹の死によって終わったが羅刹の意思は子へと紡がれた。
羅刹が初めて敗北した相手。
殺すことの出来なかった相手。
悪魔が人間を愛する事は禁忌とされていた。しかし、羅刹はその禁忌を犯してしまった。
そして羅刹は死と同時に己の力も夢も全て、最愛の人と共に愛した娘に託した。
悪魔として生まれ、鬼として育った強者への道は途絶えることなく受け継がれた。
羅刹を殺したヴァサゴは魔法陣を使い世界中に自分の姿が見えるようにし、ニンマリと笑みを浮かべ話し出す。
「俺の名はヴァサゴ。さぁ、貴様ら人間共に十年時間をやろう。力を付けろ、俺は強い人間と戦いたい。十年後にこの世界を賭けた一匹の悪魔と全人類の戦争を始めよう」
羅刹の意志を継ぐ者がいることなど知るはずもないヴァサゴは人間に向かって戦前布告をした。
「もし俺を倒せなかったら人間は皆殺しにし、この世界自体を破壊する」
人々は状況のほとんどを理解出来なかった。しかし、そんな中でも理解できることがいくつかあった。
一つ、さっきまで神の裁きだと思っていた出来事は全てヴァサゴが元凶であること。
二つ、さっきまでの出来事が十年後に再び起こり、今度は人間にその力が直接向けられること。
「期待しているぞ。人間」
世界中にヴァサゴを映していた魔法陣はその言葉を最後に消滅した。
「吹雪鬼、お父さんの意志をあなたが継ぐのよ。強くなってみんなを守ってあげて」
眠る七歳前後の子供の頭を撫でる女性。この女性こそ羅刹が初めて殺すことの出来なかった人。
「お母さんが戦い方を教えてあげるから」
優しく暖かい微笑み。
撫でられる少女はまだまだ幼いが整った顔をほころばせて寝返りを打つ。
黒く綺麗な髪は毛先に行くにつれ紫色に変わっていて、その髪に女性は愛おしそうに指を通す。
ヴァサゴの宣戦布告から九年の月日が流れ、あの時幼かった吹雪鬼も大人っぽく美しい容姿へと成長していた。
吹雪鬼は二つのお墓の前に座り、菊の花とお酒をお供えした。
お墓に刻まれている両親の名前。お供えした菊の花は母親が一番好きな花で、お供えしたお酒は父親がよく飲んでいたものを選んだ。
「お母さん、お父さん、しばらくここには帰って来れないけど約束は必ず果たしてみせるよ」
父が残した金棒を腰につけ、母が残した服に身を包み、吹雪鬼は少し寂しそうな表情で立ち上がる。
「じゃあ、もう行くね」
お墓をあとにしようとした時、後ろから吹く風が背中を押す。
『いってらっしゃい』
吹雪鬼は両親からそう言われたような気がした。吹雪鬼は振り返り大好きな家族に笑顔で答える。
「いってきます」
第43話『旅立ち』読んで頂きありがとうございます。
第44話『軍事大国ウィルサレム』は3月8日に投稿しますのでよろしくお願いします。




