第40話『家族』
魔宝石により青白く照らされる空間にヒツギが魔術を使いふわりと舞い降りてきた。
「ヒツギはこれのこと知ってたのか?」
「一応ね。でもここまで広いとは思っても見なかったよ」
ヒツギは感心するようにあたりを見渡す。
「これって魔宝石だよな? なんでこんな異常なまでの量が一般市民の住んでる場所の地下にあるんだよ」
「ここの話は後で紫菀や遥もいる時にボスからちゃんと話してもらうよ。今はあいつをなんとかしないと」
瓦礫となった崩れた地面の下敷きになっていた健介が瓦礫を吹き飛ばし立ちがあった。
健司の一撃を受け止めた右腕はズタズタに折れていたが再び骨のアーマーで包み込み応急処置がされている。
「魔宝石の存在を確認したあとはお前を殺せば俺の任務は完了だ」
「なぜ、悪魔と同類と言っても過言ではない鬼を殺す皐月族の人間が悪魔と手を組んでいるんだい?」
ヒツギの投げかけた質問に健介は相手を馬鹿にするように笑いながら答える。
「俺は妻を狂わせ死に追いやった健司を殺せれば死んだって構わない。だからヴァサゴと出会い力を求め、無理矢理ではあるが魔法を使えるようにした」
「じゃあ、この大量の魔宝石を見つけることが任務っていうのはどういうこと? ヴァサゴは何をしようとしてるの?」
質問ばかりのヒツギに面倒くさそうにため息をついて健介はさらに口を開く。
「何をどうするかは詳しくは知らない。ただ、人間を皆殺しにして悪魔の世界を作るんだとさ」
「自分の殺される人間の一人っていうことは理解しているのかい?」
「当たり前だろ。俺の目的はお前の横に立つ男を殺すことなんだから、そのあとこの世がどうなろうと知ったことじゃない」
清々しいまでの単純で明確な目的を掲げ、それだけのために生きている健介はある意味全ての行動に迷いがない。
まだなにか聞こうとするヒツギを健司は止め、健介との距離を詰めていく。その後ろ姿からは冷たい嫌な魔力を感じた。
「随分と嫌な魔力を見せ付けてくれるな。まさに鬼そのものだな」
「黙って聞いてりゃずいぶん言ってくれるじゃねぇかよ」
健司の表情は父親に対する怒りでもなければ悲しみでもなかった。
歪んだ笑顔。
「しまった!」
ヒツギの表情が一瞬で強ばった。
この空間は大量の魔宝石があるために鬼の力の暴走を促進してしまった。それに加え、魔法石のせいで周囲にいる者の魔力の変化を見極めることが困難になっていた。
魔力操作の出力を倍以上にすれば殺人衝動も抑え込めるか? いや、抑え込めてみせる、ヒツギの目から焦りの色は消え去った。
「対象の魔力制御。さらなる正確な制御を可能にするため魔法陣を複数展開」
ヒツギが前に出した両手に二つと足元に一つの魔法陣。それに加えヒツギの周囲をクルクルと回る帯状の魔法陣が二つ。
「演算を開始する」
暴走寸前の鬼の魔力を再び正常な状態まで戻すため制御を開始する。しかし、強大すぎる鬼の力に流石のヒツギでも苦しさが顔に出る。
「殺すための口実なんてなしにしてさ、今は純粋に楽しもうぜ? この殺し合いを!」
健司は健介との距離は五メートルほど、そしてその距離を健司は一瞬にして埋める。
一瞬で埋められた間合い、スピードは早くはなっているが見えないことはなかった。それにも関わらず、健介は健司の接近を許してしまった。
「なっ!」
自分の顔目がけて飛んどくる拳をギリギリでガードするもあまりの威力に骨が軋む音がした。
威力に後方へ吹き飛ばされ魔宝石の上を派手に転がり、数メートル飛ばされたところで停止する。
ここで健司は直ぐに追撃せず、不自然に少し動きを止める。そして、右腕に魔力を込める。
「くらえ……」
立ち上がろうとする健介への追い討ち。
「聖絶の刃」
頭上から地面に叩きつけるように聖絶の刃をはなつ。
避けることは不可能。ガードを固めるがそんなガードなど聖絶の刃の前では無意味。
鬼の力が漏れ出す今、聖絶の刃の威力は普段より確実に高くなっている。
健司の銀色の模様の浮かぶ黒い拳が健介の十字に重ねガードする腕に触れる。
直接拳に触れた左腕から鈍い音をが鳴り、既に折れている右腕はアーマーが砕け激痛が走った。
左腕は完全にへし折れ、健介が背中を預けていた魔宝石の地面には蜘蛛の巣のようなひび割れが出来た。
「もう、やめよう……」
健司はゆっくりと拳を健介から離す。
「あんたの負けだ」
「だったら俺を殺せ、さっきの一撃を直接顔面に受け込めば殺せるだろ。鬼の殺人衝動で動く化け物が最後の最後で人間らしく振る舞うな」
健介は皮肉混じりの笑みを浮かべる。それに合わせて健司も笑みを作る
「殺人衝動は最初の一撃以降はヒツギに抑えられている。俺の意思であんたを殺さない威力で殴った」
健司の言葉に健介はゆっくりとため息のように息を吐いた。
「そうか、お前は菜乃の思う通りになったのか……」
そう言うと健介の顔や体が早送りのようにみるみる老いていく。
鍛えられた腕はしぼみ、肌はしわくちゃになっていった。
「お、おい……?」
「無理に力を手に入れようとしたツケが回ったな。元々俺は今日お前を殺して死ぬ予定だったんだよ」
健介は力なく笑う。
「ふざけんなよ! ヒツギ! 何とかしろ!」
健介に駆け寄るヒツギはその姿を見て俯きながら首を横へ振った。
「おい! あんたには聞きたいことが山ほどあるんだ! それも聞けずに死ぬなんて許さねぇぞ!」
健司は胸ぐらを掴んで顔を寄せる。
「すまんな、この戦争のことや悪魔のこと鬼のこと、俺たちの一族のことはそこのお嬢さんやお前のボスに聞けばいい」
健介は優しく微笑む。
「菜乃や梓はお前のことを愛していた。死ぬ寸前までお前のことを思っていた。だから、俺の事は一生恨んでもいい。だが、梓や菜乃の事は愛してやってくれ」
そう言って健介は折れた腕をなんとか持ち上げ健司の頭を撫でた。その手にはほとんど力なんて入っていなかった。
その優しい話し方は、その優しい笑顔は昔の健介そのものだった。
「お嬢さん、名前は?」
「ヒツギ」
「ヒツギさん、健司を、頼みました」
「うん、任せて」
ヒツギの言葉を聞いて健介は嬉しそうに笑顔を作るが口角を上げると皮膚が砂のようにポロポロと落ちる。
「信じてもらえないとは思うが俺も健司のことを愛していた」
健介の体は砂のようになり、足は既に無くなっている。それでも力も入らない手を健司へ伸ばす。
「さらばだ、息子よ」
「おい! まだ話は――」
健司が手を握ろうとした時フッと風が吹くように健介の体は全て砂のようになり消え去った。
「話は終わってねぇんだよ、親父ぃ……」
握り返せなかった手を地面へ強く押し付ける。
「健司、ボクが彼の魔力の動きを見ての推測だからこれを言うのは野暮かもしれないけど、君の父親は本当に君のことを思っていた」
ヒツギの言葉を健司はただ黙って聞く。
「それでも殺さなければ君が鬼の力に飲まれた時に苦しむとわかっていたから。だから、自分に言い聞かせるために戦ってる時はあんな風なことを言っていたんだ」
「そうかもな、戦いを重ねるごとに弱くなっていった……最後は避けようともしなかった。本当にふざけた父親だ」
健司はゆっくりと立ち上がる。
「この戦争の理由や鬼や悪魔のこと、皐月族や鬼虎族のこと、全て話してくれ」
「分かったよ」
第40話を読んで頂きありがとうございます。
第41話『約束の料理』は2月24日に投稿されるのでよろしくお願いします。




