5-4.事件
ヴィンフォースは目が覚めた。
と、瞳を開けると、目の前に白の壁があった。
「……殺すぞ」
「ひえー、でも触れてないからセーフだよ」
両手を挙げて無抵抗のポーズを取りながら、自分の寝床へと戻るコア。
「なんだ、この明け方に」
聞く限り自分には触れられていないようだったが、近くで見て待っていた、という行動自体には何か理由があるのだろうか。起こしたかったけど、触るなと言われたから起こすことができなかった、のような。
「いやさ、さっき早く起きたらヴィンちゃんが寝てるじゃん? これ幸いと寝顔をしっかりチェックしてたんだよね。いやー可愛いね、いつも気を張ってる子の無防備な姿は」
「これはぶっ殺すしか方法はないな」
「冗談、冗談だよ。ちょっとその戦闘態勢解除してよ怖いから」
指をバキバキと鳴らすヴィンフォースに、コアは逃げるようにそう言った。
それに仕方なく腕を下ろしたヴィンフォースだったが、ふと思う。
わたしは何をやっている?
どうもこの白色といると、どうでもいいことばかりが起こって、時間を浪費してしまうようだ。
つまらなくない、退屈でこそないが、それ以外は空っぽだ。
馬鹿馬鹿しい、やはり今日は別れて自分で中心部へと向かうか――なんて考えたところで、
「で、だ。ヴィンちゃん」
と――今までより幾分かシリアスな口調でそう言った。
それにどこか異常事態を察知したヴィンフォースも、気持ちを切り替える。
それは本題に入るという意味では正しかっただろう。
しかし――別の意味で。
彼女が何かしらの手がかりを掴んでしまうことを、現実を知ることになることを思えば、それは正しくなかったのだろう。
「何か、あったのか?」
ヴィンフォースが聞く。
闇より黒い漆黒が聞く。
それと対になる光より白い純白は答えた。
「ちょっと、まずいことになったかもしれない」
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まずいこと――それだけ言われると意味のわからない言葉だったが、それはロビーに出てみればわかることだった。
変わらずカウンターで、昨晩、コアが取り留めのないことを聞いた、あのオーナーが。
眠るようにして、死んでいた。
「は……?」
が、すぐにそれを見て息絶えているのかなどわかったものではない。コアに聞かされた情報が実は誤りで、オーナーは単に眠っているだけだという可能性だってある。
そう思って、近づいた。
わずかな希望に縋るように。
しかし、そんな希望は虚しく散ることになる。
カウンターにうつ伏して、見ようによっては酒に酔い潰れたように見えなくもない彼女は、やはり死んでいた。
息はしていないし。
心臓も動いていない。
ただ冷たい肉塊がそこにあるだけだった。
「これは……どういうことだ?」
触診で見た限り、決定的な傷跡などは発見することができなかった。もちろん、再生能力があるので些細な傷は死に際でも治ってしまうものなのかもしれないが、治った痕跡すらなかった。
「うーん。知識しかない身から、適当なことを言わせてもらえば、この死に方は寿命なんじゃないかな」
「……寿命か。なるほどな。たしかに緩やかに死んでいったように思える」
天界に生ける者たちは、一定の期間が過ぎると死にやすくなる。これは寿命にほかならないのだが、天界の者は姿が老いるようなことがないので、見た目だけで判断するのは難しい。そしてこの世には病気という概念もない。
たしかに傷を負った痕跡がない以上、そう考えるしかあるまい。
彼女はもう、いつでも逝けるような状態だったのだろう。
そうと思えば、割り切るのは簡単だった。輪廻転生が法則と化しているこの世界では、死はあまり重大なことではないのだ。
「……けれど、それで説明してしまうと不審感が拭えないんだけど……これは見てもらった方が早いよね」
ちょっと来てよ、とコアが言いつつ、ヴィンフォースの手を強引に引いていく。
「なんだ、急に」
「ロビー見て、不審点に気がついた?」
唐突とも言える質問。
だがヴィンフォースは即答で、
「ああ」
と答えた。
「あそこには誰もいなかった――もう起床していることは当たり前の時間なのに、な。それに、周辺近所が騒ぎになっている様子もない」
「お見事。てっきり『え、わかんないよお、教えてコア様ー!』みたいなことを言うのかと思った」
「死んでも言うものか」
「とにかく。これっておかしいと思わない?」
「……そうだな。集団で寝坊する、なんてこともないだろうしな」
「はは、そうだったらどれだけ良かったろうね」
面白くもないだろうに、普通に笑って、コアは手近な部屋の前に行くと、手をかざす。
ドアが爆散した。
「大丈夫、ヴィンちゃんが起きる前にあらかた見終わってたから心配はいらない」
なんて言い訳のような何かを聞き流して、ヴィンフォースは部屋の中に視線を巡らせた。
すぐに見つかった。それはベッドで横たわっている。
朝寝坊でもしているように。
念のため、近くまで寄って、確認することを確認した――傷はなく、呼吸はなく、鼓動もなかった。
「……ふむ」
コア風に言うのなら、寿命、だった。
「しかし……こんな偶然があるのか?」
「あら。そこでもう偶然じゃないって言っちゃうのか。察しがいいね」
「……どういうことだ?」
「来てみて」
コアの手招きにヴィンフォースが近寄ると、コアは次から次へとドアをぶち抜いていく。
その遠慮のないやり方に、ヴィンフォースはこの先のことを若干先読みしながら、それでも中を覗いた。
全員、だった。
この宿屋にいる白と黒以外の者が、一斉に命を落としていた。
自分たちの部屋に戻るのはなぜだかはばかられた。自分もああなってしまうのではないかという心理が働いたのかもしれない。
「まあ、見立てだとそんなことはありえないとは思うけれどね」
ロビーのテーブルに向かい合って、備蓄の食料を拝借し、口に入れながらコアは言った。
「なあ。まあ、完全な答えを求めるわけではないのだが、こんな一斉に寿命を迎えることなどあるのか?」
「ある、かもしれないねえ。さっき見てもそうだったけど、みんな同時にぽっくりってわけじゃあないだろうし。どちらにしろ、偶然の賜物とも言えるだろうね。それにしては賜物過ぎるけど」
ちなみに、残っていた死体は、時間が経過すると光の粒子となって消滅した。次に転生されるエネルギーとなって消え失せた。
そして、そのタイミングは一人一人多少のズレを置いていた。
死亡時刻の違い――が、この際言えるのだろうか。
「だが、消滅にかかる時間は一定ではなくて、個人差があるのではないか?」
「その通り。だからまあ、同時刻ってこともありえるわけだよ」
「ふむ、不可解な現象だな。だが、わたしたちが生きている手前、ほんの偶然なのだろうな。たまたま、先が長くないものが集まっていた、と」
「本当にそう思う?」
と。
コアは偶然、限りなく低い確率的事象だと納得しようとしていたヴィンフォースに挟み込んだ。
どちらかと言えば、コアはそれで納得を終わらせてしまうような性格のように思えるのだったが……それにはヴィンフォースも驚いたらしく、訝しげな視線をコアに送った。
「なんだ? 何か、気づいたことでも?」
「気づくも何も、これは正真正銘、偶然でもなんでもない、必然による現象に決まってるでしょ」
「?」
コアの言っている意味がわからなかった。
彼女も先ほど、できすぎているほどの偶然の賜物だと、そう言っていたはずなのだが。
「貴様、これが事件性のある結果とでも言うのか?」
しかし、外傷もなく殺す手段などあるだろうか?
そもそも、天界にそんな輩が湧くだろうか?
「いやいや。いやいやいや。ヴィンちゃん。薄々、気がついているんじゃないのかな。偶然のように見えるけど実際のところは必然による事象だと、わかっているんじゃないのかな」
「……何が言いたい」
「まあ、認めたくないのも無理はないけどね。生まれたその瞬間からそんな業を背負うなんて、聞いてないもんね。でもね、神様っていうのは意地悪だから、そんなことお構いなしなんだよね」
「……何を、言っている」
「だからさ」
特にこれといって真剣味もなく、すんなりとコアは言い放った。
そこにあることをただ突きつけた。
可能性の、一つを。
「これ、こっちとヴィンちゃんが、何よりの原因なんじゃない?」




