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5-3.来訪

 集落に入るとあたりは喧騒に包まれ、賑やかな風景が広がった。


「そういえばヴィンちゃん」


「なんだ」


「魔術については把握した?」


「……一応、基本知識は有しているが……貴様も使用はしたわけではないだろう」


 まだ生まれてから時間が経っていない二人は魔術の知識を生まれつき持ってはいても、目の当たりにしたことはなかった。

 コアは歩きながら空中でスローモーションになったり倍速になったりするジャグリングのストリートパフォーマンスをしている道化師を見て、


「奥深いよね、自分で構築するなんて。幅が広がりすぎてどう使ったものか、考えるだけで面白い」


「そうか? 行使するタイミングなど、生活中でしかないだろう。決まり切った現象を起こすのだからむしろ退屈の方が当てはまっていないか?」


「ふふん、それはどうかな」


 なんてコアが笑って立ち並ぶ商店の中から果実を売っている青果店に向かっていった。

 どうやらお腹が空いたという言は真実だったらしい。


「気ままなやつだ……」


 とその林檎にも似た果実を購入する様子を眺めつつ、ふとヴィンフォースは身体を探る。

 たしか、親切にもしばらくは生活していける量の貨幣がポケットに入っているはずだった。

 が。


「……ん?」


 まさぐっても、それが見当たらない。

 記憶を探ってみても、誰かとぶつかったわけでもないし、ポケットから取り落とすなんてことはおそらくないはずだ。

 そう、まるで誰かに盗まれたような――


「おまたせー、ヴィンちゃんも同じやつで良かったよね?」


「貴様だろ」


「え、なんのこと?」


「とぼけるな。貴様、わたしの貨幣を何食わぬ顔で盗っただろ」


「あ、バレた?」


「バレるも何も、貴様しかこのようなことはしないだろう」


 ましてやここは完全と完璧が支配する世界だ。窃盗などする者はここにはいまい。いるとするならば、悪ふざけの戯れで、こんなことをするやつだろう。


「バレなかったらこのままもらってたけどね」


 そんな軽口を放ちつつ、コアは貨幣を取り出してヴィンフォースに戻した。


「貴様はとことん変人だな」


「ヴィンちゃんこそ、だよ」


 ポツリと言って、コアは早速、買ってきた果実に口をつけた。シャクシャクと小気味いい音が鳴る。

 ヴィンフォースもそれを見てから、こちらは丸齧りなどというワイルドなことをせず、半分に割って片方を上品に齧った。


「美味しいねえ」


「ふむ」


 と答えたところで、いったい自分はここで何をやっているのかという気になった。

 自分にはやるべきことがあるはずだろう。

 今からでも、やるべきことが。

 大いなる、使命が。

 あるはずだろう。


「……いや」


 自己から湧き出てきたその声を、ヴィンフォースはゆるゆると首を振って取り払った。

 それはまだ確定したわけではない。

 確定したとしても、始めるのが遅かったところで、遅すぎる、なんてことにはならない。

 そのようなことを考えるヴィンフォースはまだ呑気だと言えるだろう。

 まだ、世界を知らない彼女だった。

 ここが中心部からは離れた、郊外とも言えるような街だったというのも原因としては挙げられるだろう。

 自分の異常さに対して意識はしながらも、まだ気楽に生きていける期間だった。

 まだ。


「それじゃあ、今日はここらで泊まろうか」


 いくつかの果実を食べ終えた頃、コアがそう提案した。

 彼女らが生まれたのはいわゆる夕刻の時だ。ここまで来る時間、腹ごしらえをする時間を足すとあっという間に夜の帳が落ちていた。

 そう実感、認識すると、自然と身体はその時間に引き摺られるもので、ほどよい眠気がヴィンフォースに発生した。


「ああ……そうだな」


 そう言って、彼女らは宿を探しに、ふらふらと街を歩いた。

 極端な白と黒。

 それらが歩いているところに目を惹かれぬものはいなかった。

 二人の存在感は並々ならなかった。それからのことを考えれば、それも当然のように思える。

 しかし、誕生したばかりだったために、この街の住人には『目立つ色の二人』以上の認識はない。

 だが、それでも正反対の色をした彼女らが二人揃っている光景というのは、これから何かが起こると暗示しているようだった。

 そのしつこい視線に気づきながらも、コアとヴィンフォースはあえて無視をしていた。

 鬱陶しいことこの上ないが、一度突っかかってしまったらとても面倒なことになることは間違いがなかった。


「貴様が白すぎて目立つのではないのか?」


「ヴィンちゃんがあまりにも黒いからじゃない?」


 ……代わりにお互いにこんなことを言って、責任の押しつけあいをしていた。

 実質、文字通りお互い様なのだが。


「いやいや、ヴィンちゃん真っ白な肌と対照的に真っ黒な髪で存在感がくっきりしてるからさ、こっちは全身白なせいでもはや空気と同化しちゃってるし」


「残念だが、正反対だぞ。貴様は神々しく輝かしい外見をしているために思わず目を向けてしまうが、わたしの場合は黒という闇に紛れる色で存在感がない」


 なぜだか相手を上げて自分を下げるという謎の議論が交わされていた。

 そんなわけでいい塩梅の宿屋に到着した。

 その頃にはいつしか二人の物理的距離はゼロになっており、顔と身体を密着させて睨み合いまでに発展していた。


「貴様のせいだ」


「ヴィンちゃんのせいだよお」


「あ、あの……」


 ぐぬぬぬぬ、といがみ合っているところに、宿屋のオーナーの、困り切ったような声が投げかけられる。

 ただでさえ驚いて距離を取ってしまうような容姿の二人に、それもなんだか喧嘩しているらしい相手に話しかけるのは相当の勇気が必要だっただろう。


「ああ、今日部屋を貸してもらいたいんだよね」


「あ、はい……」


 貨幣を差し出されたオーナーはそれを受け取り、空いている部屋に二人を案内しようとカウンターから出ようとしたのだが、


「ところでお姉さん。こっちかあっち、どっちが目立つと思う?」


 などという質問を、コアが投げかけた。


「えーと、そう言われましても……」


 オーナーはコアとヴィンフォースに視線を巡らせた。

 パッと見、見た目のインパクトは双方同じようなものに思えるのだが……答えるに際し、なぜこんなことを尋ねるのかという理由の方を汲む必要があるのではないかと考えた。

 果たしてこの質問は、当人が目立っていることを証明したいのか、逆に目立っていないと言われることを望んでいるのか。

 間違えたら一巻の終わりという雰囲気の漂う、究極の選択だった。

 なぜ、こんな取り留めのないことを聞かれるだけで命懸けのような気がしてしまうのか。


「……お言葉ですけれど、わたくしは両方どちら様も美しい外見だと思いますよ。優劣つけるのが失礼だと感じてしまうほどです」


 結局、どっちつかずの返答をするに留まった。

 どちらか一つを選んで失敗したら馬鹿らしい。

 事実をそのまま褒めたはずなのだが、その回答を聞くやいなや二人はムッとなって再びお互いのことを睨み合った。

 そんな彼女らをどこかおっかないと思いつつ、


「あの、お部屋に案内しますね」


 と、中断していた歩みを再開した。

 二人は未だ喧嘩っぽくしながらも、オーナーについていった。



 部屋に到着すると、二人はそれぞれの寝具に飛び込んだ。元気のなさからすると崩れ落ちたの方が正しいかもしれない。


「……はあ、なんだか疲れちゃった。これでよく眠れそうだよ。誰かさんのせいでね」


「同じセリフを貴様に返してやる。いい加減認めればよかったものを、無駄に長引かすな」


「ヴィンちゃんだって認めれば終わったんだよ?」


「……くそ、こいつと行動をしようと思ったのがそこから間違いだったか」


「そうだよ。そんなに嫌なんだったら離れてくれれば良かったんだって」


「そうだな……明日は別行動をしよう。わたしは独自に目的地を決める」


「えー、つれないこと言わないでよヴィンちゃん」


「貴様、さっきと言ってることが違うぞ」


「冗談だったんだよ。もうちょい一緒にいようよー」


「うるさい。わたしは寝るからな」


 ヴィンフォースは近づいてくるコアとは反対の方向を向いて、瞳を閉じる。


「触れたら殺すからな」


「おお、怖い怖い。わかりましたよー、眠りますよーだ」


 コアも元の位置に戻って、睡眠を取るべく横になった。

 こうして彼女らの誕生一日目は終結した。

 ……と、首尾よく終わるわけがない。

 白と黒。

 世界の限度を超えた彼女らが一堂に会しているにも関わらず。

 一晩も、通常や平常が続くわけはないのだと。

 異常と異状があっての彼女らなのだと。

 翌日、思い知らされることになる。

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