5-2.誕生
気がつけばそこにいた。
そこが生のスタートで、記憶もそこからだ。
突然にして出現する。それがこの世界の常識だった。
「…………、」
ヴィンフォース――ヴィンフォース=シュバルゲンはそのまま外界を認識した。
彼女の名は生まれついたその瞬間からあった。
生まれた瞬間から自己のことは把握し尽くしている。それが普通であり平常なことだ。完璧と完全の世界では、幼少期などすっ飛ばして不変の身体を手に入れる。そのため、生まれた時から役割を認識してくれないと天界の運営に支障が出てしまうのだ。
ヴィンフォースはあたりを見渡して、とにかく気味が悪い気持ちになった。
許されず、信じられない光景のような気がした。
こんな世界、終わらせなければいけない、と。
そんなふうに思った。
と、視線を巡らせては変な気持ちに苛まれていたヴィンフォースだったが、近場にも同じような行動をしているような者がいた。
そこだけ、色を塗り忘れてしまったかのような白色が。
何か、その妙な存在に惹かれ、ヴィンフォースは白いものへと近づいた。
「貴様も今し方気がついたのか?」
「ん、ああ、うん。あなたも?」
「そうだ。ここはどこだ?」
「え、そこのところの情報って、勝手に頭に入ってない?」
「ある。あるのだが、どうも自分の持っているものが疑わしいものなのだ」
「ふうん……」
と、神妙に頷いて。
その白はヴィンフォースに説明を始めた。
「この世界――天界って名前らしいけど、なんとびっくり、完璧と完全が支配する世界。治安も経済も何もかも上々だし、言い換えればエラーのない、夢のような世界、かな。こっちは核――コア=ヴィル=シュラインとして生まれたけれど、そっちはヴィンフォース=シュバルゲンちゃんってことでいいのかな?」
「なぜわたしの名を知っている」
生後数十分足らずのヴィンフォースのことを、話してもいないのに知っているふうな白――コアのことを、ヴィンフォースは不審に思った。
対してコアはただ微笑むだけで、
「まあ、ね」
含みのある態度を取った。
何でも知っているよ、と言わんばかりの雰囲気を醸し出している。
「おそらくヴィンちゃんの感じている不具合のようなものが何かの間違いだと思うのなら――そう考えることが間違いだよ。その刻まれた使命は、如実に真相を穿っている。だからヴィンちゃんがやるべきことと言えば、せいぜいその背負ったものを果たすことだね――それは茨の道かもしれないけどね」
知ったような口を聞くコアに聞く耳など持てるはずもない――ましてや、なぜか誰にも話したことのない自分の情報に詳しい不審者の意見を聞くなどできるはずがない。
ないのだが――なぜかその言は断定じみていて。
何かの宣告じみていて。
紛れようもなく正鵠を射抜いているような気がしてならない。
しかし安易にその言葉に乗せられるわけにもいかなかったので、
「ふん」
と鼻を鳴らして、シニカルな笑みを浮かべた。
「なんだ、全知全能の神のつもりなのか? 馬鹿馬鹿しい、どの世にあってもそんな存在、認められるわけがないだろう――実在はな。いないから、想像で作り出すから神は認められるんだ」
「あらそう。こっちも神なんて大層な身分、名乗る気はないんだけど、全知全能と言ったらその通りの自信はあるよ」
「大した自信だな」
「まあね」
まったく悪びれる様子もなく、普通に頷いて認めてしまうコアに、やはりどこか信用ならない気にならざるを得ないが、ひとまずは同行することになるやつと、これ以上溝を深めるわけにはいかなかった。
「……さて。それではどこへ行く?」
「ヴィンちゃんの目的地は決まってるの?」
「いいや。むしろどこでもいいことなのだが、如何せんまだ情報が少ない。貴様はああ言ったが、実際のところやはり間違いなのかもしれないしな。何よりどちらにしたところで、ここから行動を起こすのは危険が伴うのでな。だからしてしばらくは貴様とともにいようと思うのだが」
「そうだね……ヴィンちゃんの場合、それがいいかもね。それじゃあ行こうか」
大きく伸びをしたコアは先頭を切って歩き始めた。
それを漆黒の瞳に写したヴィンフォースもその後に続く。
道中、ヴィンフォースはどうやらコアが全て徒歩で移動しようとしていることに気づいて声を漏らす。
「……律儀なことだな。翼で飛翔すればすぐだろうに」
「嫌だよ。だってそんなことしたらつまらないもん」
「妙な感性だな」
「うーん、こっちのような身になってみれば、絶対に同じ考え方になるっていう確信はあるよ。それに妙な感性と言うのだったらヴィンちゃんもだよね」
軽く笑って、コアはヴィンフォースに話を振った。
あなたも同じようなものでしょ、と言うように。
「…………、貴様。さっきから聞いていれば、とことん気味の悪い物言いをするな」
その態度がヴィンフォースにとって気に食わなかった。誕生してから間もないというのに、早くも不快という感情を実感した彼女だった。 何もかも自分の思い通りになると思い込んでいるやつほど、見ていて気持ちが悪くなることはないのだった。
何より機嫌を悪くしたのは、
「まあね」
なんて言う含ませた、余裕ありありの態度だった――なんというか、誇張とか過大評価から来る余裕ではなく、あくまで客観的視点からの当然だというように発言されるのはどこか鼻につく。
それと同時に自分が得体の知れないものと接していることを意識させられる。
理解はできない。できるものなど果たしているのだろうか。
だからこそ、通常ならばここで距離を置き、コアとはもう縁を切るのが賢明な判断と言えようが――ヴィンフォースも通常とは言いがたい存在である。
こんなことで怖気付く性格はしていない。
「で、どこを目指している? さっきから一言も、目的地について触れていないのだが」
「え、適当だけど」
「貴様……ふざけているのか?」
どれだけいい加減な性格をしているのだ。
そんな怒り――もはや殺意だったかもしれない――を鋭く浴びせたヴィンフォースだった。
コアは弁解をしようともせずに、言い訳のようなものをした。
「決まっているって、許せなくない? 簡単すぎてさ。何より面白みがないよね。それなら目的もなくただぶらついていた方が、まだ建設的だと言えるよ。まあ、強いて言うのなら、今まさに向かおうとする大まかな方向はと言えば、この世界の中枢あたりかな」
……やはり自分一人で何とかしようとした方が良かったのかもしれない、とヴィンフォースは今さらながら自らの選択を悔いた。
駄目だ、価値観が違いすぎる。
しかしまあ、この世界に誕生して初めて会った存在がこのようなぶっ飛んだやつだったのは僥倖だったのかもしれない、とヴィンフォースは思う。
ついさっき、と言うより今現在もそうだが、頭の中を埋めつくしている『存在意義』を確認しながら。
たとえこれがシステムのエラーで間違いだったとしても、出会ったのがコアほどの変なやつでなかったなら、ヴィンフォースは疑問を持たずにもう始めていたことだろう。
ヴィンフォースの『存在意義』が。
堂々と開示されていたことだろう。
「それにしても……微妙な場所で生誕したねえ。中心までは遠くもなく近くもなくって感じでさ」
コアは前方、彼方に見える光の柱を眺めてそう言った。
あれが、この世界の中心か。
おそらく大事な中枢機関が詰まっているのだろう。国で例えるならば最重要都市、と言ったところか。
あそこに行けば、何かがわかる。
これがエラーなのか正常なものなのか。
白黒ハッキリとつくだろう。
ヴィンフォースは特に理由もなくそんなことを考えた。
と、その時。
目的地から視線を逸らし、手を腹に当ててコアは言う。
「あー……でも、でもでも、生誕から目的を持って一直線に行動するのもいいけれど、大いに結構なんだけど、それでも欠かせないものってあるよね。ほらたとえば、生きるために必要なエトセトラとか」
「……何が言いたい?」
「つまりさ」
コアはヴィンフォースを振り返る――もうこの時点でこの砕けた感じ、馴れ馴れしいにもほどがあると思わなくもないヴィンフォースだが、それはこの際、この特殊なやつゆえの例外なのだと思うとして。
コアは進行方向を指さした。
そこにはさっきまでコアとヴィンフォースが歩いていた何もない裸地ではなくて、住居や商店など、生きとし生けるものの営みが行われていた。
それを指し示したコアは、やはり軽く、いい加減に適当な調子で本音を発した。
「超お腹空いた」




